【第4回】はじめての通訳~通訳と訓練方法に対する誤解「全部訳さなければいけませんか?」
答え
はい、原則として全部訳さなければなりません。
本タイトルを思い出してください。「はじめての」通訳。
情報をまとめ、省略などと考えるには早すぎるということです。
なぜこのような質問が?
他の言語ですが、話者が話した内容をかなり省略、あるいは増やして訳出している通訳者を見たことが何回かあります。
「何回もおなじことを繰り返してくどい」
「私の方がこの話を知っている。時間短縮のためにこちらで説明した」
のが、ソース(元)言語より多くまたは少なく訳出した理由でした。
また、放送通訳では視聴者が理解しやすいように元言語の7割程度の訳にする、または社内通訳では全部訳すと伝わらないからとポイントだけを訳す場合もあります。
ただ、繰り返しになりますが、本タイトルを思い出してください。「はじめての」通訳。
応用は一旦置き、基本の話を中心にします。
なぜ全部訳さなければならないのか
まず、上記の例でソース言語の話し手が「何回もおなじことを繰り返して」いるのはなぜなのでしょうか。
司法通訳、とりわけ取り調べの段階では取調官が「ある意図をもって」何回も同じ質問をすることがあります。被疑者の答えが一貫しているのかを判断し、また答えているときの表情を見るためです。それなのに「さっきその質問をしたから」と勝手に省略したのでは、取調官の意図を無視することになります。
また、「私の方がこの話を知っている」といって勝手に話をするのも通訳としての使命を完全に忘れた越権行為といわざるを得ません。それに、依頼者の側がまれに「通訳さん、これ代わりに説明しておいてよ」と言うことがありますが、その場合も「通訳は、話者が話をしてそれを訳すものです」と言ってきっぱりと断るようにしましょう。
さらには司法通訳のみならず専門性が高い内容、技術的内容については、どの言葉が重要か重要でないのかは専門外である通訳者は判断できません。1語1語がその人の人生やその会議、プロジェクトに影響を及ぼす可能性があります。そのために全部訳す必要があるのです。
また、現場へ行くと「要約でいいから」と要約通訳を求められることがありますが、基本的に要約通訳もしてはいけません。「基本的」と書いたのはケース・バイ・ケースで、議事録に残らないようなときは対応することもあります。ここは意見が分かれるところですし、これ以上は立ち入らないことにします。
ではどうすればいいのか?
「守破離(しゅはり)」という言葉をご存知でしょうか。
あらゆる道の修行における順序段階のことです。(剣道用語辞典)
具体的には:
「守」は、師や流派の教え、型などを忠実に守り、確実に身につける段階。
次にそれを「破る」時期、否定しなければならないとき。良いものを取り入れ、自分に合った型をつくることにより既存の型を「破る」段階。
そして最後は師や流派から「離れて」自分なりの独自の表現をする時期、新しいものを生み出し確立させていく段階。
まず、初心者は「守」段階を突破することを心がけてください。
剣道の話で納得できない方、「導管モデル」という考え方を聞いたことがありますか?
「導管モデル」とは一方が情報を変換し、それが導管を通って他方に到達し、もう一方が情報を再変換して情報を受け取ることで、情報を「そのまま」伝える導管、あるいはその場にいても目につかない黒子の存在、異文化・異言語間の橋渡しをする橋、などのようなものです。
通訳はよくこの「導管モデル」にたとえられます。通訳と「導管モデル」については異論が出てきており、協働構築モデル(双方向モデル・文脈モデル)と唱える方もいらっしゃるようですがここでは立ち入らないことにします。
終わりに
いろいろ小難しいことを書いてきましたが、ご自身が発話者でその発言をあなたの理解できない言語に訳してもらっている場面を想像してみてください。
自分の話した時間より極端に長い、または短く訳出されていたらどう思いますか?
訳出の長さはおおむね発話と同じようだが、情報がぬけているような訳出の揚合、不安になりませんか?
当たり前のことですが、正確性を欠いた訳の揚合、会議が進むにつれて話がますますかみ合わなくなってきます。
また、最初から省略した訳をしようなどと考えている場合(いないとは思いますが)誠意が伝わらないですよね。
次回は、学校に通って勉強したからこそ出てくる質問なのでしょうか?を取り上げます。
菊池葉子(きくち ようこ)
英語通訳者、英語講師、京都女子大学非常勤講師。2008年通訳デビュー。主な通訳分野は技術、IT, 建築、IR。2011年に通訳学校卒業後、同年通訳学校の講師として稼働開始。主に通訳初心者向けの授業を担当。また、2015年より大学講師として会議通訳演習を担当。受講生からは、最初から順を追って丁寧に指導してもらえる、飽きさせない授業をしてくれる、との評価を受けている。