【第4回】建築現場は今日も晴れ!「めくるめく匠の技をどう訳す?」

建築関係の通訳をしていると、テーマパークや外資系ホテル、メーカーの工場など新しい建物の建設プロジェクトに呼ばれることが多いのですが、私の住んでいる京都では、伝統建築の修復や復元プロジェクトでのニーズも少なからずあります。京都だけでなく、近接する奈良や大阪にはさらに歴史の古い木造建造物が現存しており、常にどこかで修復作業が行われています。前回BIM(Building Information Modeling) という新しいテクノロジーに触れましたが、このBIMが伝統建築の修復プロジェクトでも大活躍しています。また、寺社仏閣など古い建造物の修復だけではなく、京都の迎賓館など、伝統建築に根差しながら、現代的な感性と最新の技術を生かした「現代和風建築 (modern Japanese architecture) 」の建物もあります。こうしたプロジェクトでは、「宮大工 (carpenters who are specialized in temples and shrines) 」と言われる専門の大工さんがいて、そのリーダーを「棟梁 (master carpenter) 」と呼んでいます。

さて、こうした伝統建築のプロジェクトで通訳をしていて驚くのは、そのボキャブラリーの多さです。軒下部分だけをとっても、「木負(きおい)」「茅負(かやおい)」「地垂木(じたるき)」、「飛檐垂木(ひえんたるき)」、「裏甲(うらごう)」などの様々な部材が出てきますが、これらにはなかなかぴったりの訳語が存在しません。あえて訳すなら、すべて、 ”wooden members which form the roof and the eave”(屋根や軒下を構成する木の部材)となってしまいます。

このように関連語彙が多いのは、寺社仏閣などの伝統建築が口伝により棟梁に継承されていたと言われていることに起因します。つまり、地垂木の上に木負がおかれ、木負に彫られたホゾに飛檐垂木が組まれる、その飛檐垂木の上に茅負がおかれ、そこに化粧天井板が施工され、それから裏甲が取り付けられる、この一連の工程を伝えるのに、各部材に個別の名称を与えることで、それがどこに取り付けられるものなのかがすぐにわかるわけです。

さて、通訳はこうした語彙を訳すわけですが、やはりその部材の役割がわかるように訳するのが一番かと思います。地垂木は ”base rafter” 、その上に置かれ、飛檐垂木 ”flying rafter” を支えるのが木負 ”flying rafter support” 、そして軒を支える茅負 ”eave support” 、裏甲は ”eaves filler” となります。しかし、地垂木と飛檐垂木の二層だけの場合は、 ”lower rafter” と ”upper rafter” としてもいいのではないでしょうか。または、 ”Jidaruki, the lowest rafters in the eaves” と先に日本語で出して、その後に説明的な訳をつける、というやり方をすることもあります。ただし、この方法を濫用するのは、listener-friendlyではありません。聞き手にとって知らない言葉は、単なる音のつながりでしかなく、その用語がその後も頻繁に出てくる場合を除き、日本語は多用しないように心がけています。とは言いながら、英語に同等の意味を持つ言葉がない場合、その単語を訳すのはなかなかに難しいものです。「さしがね」や「規矩術(きくじゅつ)」などは、 ”carpenter’s square” や ”drafting technique for a carpenter” などと訳すことができますが、例えば、端部で柱長さを徐々に長くする「隅延び(スミノビ)」という意匠上の配慮は、

” ’Suminobi’ is the technique where the length of the posts becomes longer at the corners of the structure due to the architectural consideration.”

と説明をつけなければ通訳することが非常に困難です。

昨年から今年にかけて、奈良のあるお寺の復元プロジェクトで通訳をする機会に恵まれました。通常、寺社仏閣のプロジェクトは宮大工が設計施工 (design built)で請けることが多いのですが、このお寺のプロジェクトでは、外観や内装は完全に木造建造物 (wooden building) ですが、内部の構造は鉄骨造(steel structure)なため、鉄骨ファブリケータ― (steel fabricator) と宮大工という、今まで一緒に働くことのなかった人たちを、ゼネコンさんが間を取り持ち、工事全体を管理しています。ちなみに海外では設計(design)と施工(construction)が別会社であることが多く、近年になってBIMを使ったIPD(Integrated Project Delivery)というプロジェクト推進方式がとられるようになりましたが、これは日本のゼネコンさんの設計施工と近い方法です。さて、修復が完成したお堂は、外壁の朱色も鮮やかな、厳かな雰囲気を漂わせた立派なお堂としてよみがえったわけですが、同行した外国人技術者たちは、「リアルじゃない」、「古めかしい建物のほうがよかった」と不満げです。日本の寺社仏閣というと、風化したイメージが強いせいでしょうか?真新しい外観に違和感を覚えたようでした。しかしながら、復元には、文化財保存計画協会が時間をかけて徹底した時代考証を行っています。例えば平面計画だと、発掘調査により柱跡や雨の落ちた跡(remains of pillars and traces of rain water flowing down and digging holes on the ground)を特定し、当時の外壁の配色も忠実に再現しています。このお堂は現在も布教活動のための法話がなされ、実際に使用されている仏堂。伝統建築の世界では、こうして定期的に解体修復することにより、先人の建築技術を学び、次世代の宮大工に継承していくことができるわけです。建造物自体も新陳代謝を繰り返すことによって、非常に長い年月を生き抜くことができるのです。

日本では、現場での働き手さんは「職人さん」と呼ばれます。海外では ”carpenters” や “installers”、 “electrician”、 ”painters” など仕事の種類に応じた呼び方をしたり、または単に ”crew” ,  ”workers” や ”guys” と総称したりするのと比べ、「職人さん (craftsmen) 」というのは、リスペクトが感じられる呼び方です。日本では古くから職人さんを「匠 (artisans) 」とし、敬意を払ってきたからにほかなりません。伝統建築の仕事をすると、現代の職人さんたちの中にも、古からのartisansの精神が脈々と流れているのを実感します。

「技を見せびらかすな。見えざるところに技を使え。 (Do not make your technique obvious, but use it where it is not apparent.) 」

これが京建具(Kyoto-style fittings and furniture)職人の先人の教えだそうです。京建具というのはいわゆる「見せ場」(highlight to catch people’s eyes) がない、ないということは、きらびやかな装飾に圧倒されることがないので、逆に細部にまで人の目がいくということになります。これは職人さんにとって非常に神経を使うだろうことはよく理解できます。私たち通訳もある意味「職人」。黒子であることを求められることの多い私たちにとって、この教えは身近に感じることができるのではないでしょうか。


仲田紀子(なかた のりこ)

会議通訳者。長野冬季オリンピックで審判付き競技通訳でデビュー。製造業、小売業、大学、地方自治体、IR、マスコミなど.幅広く活躍。得意分野は、建築、司法、アート。とりわけ建築業界では、好きが高じて最近は現場のコーディネーターまで経験し、現場監督さんの偉大さを痛感中。