【第7回】建築現場は今日も晴れ!「工程と予算はいつもタイト!建築の法規と監理(2)」

建築現場で働く女性が気になるのが、トイレ事情ではないでしょうか?建築現場はなんてったっていかつい男の世界、女性用のトイレってあるんだろうか、いやそもそもトイレ休憩に行かせてほしいなんて言えるのだろうか、と心配になりますよね。でも心配はご無用!むくつけき男たちではありますが、現場の職人さんたちはとにかく女性に優しいのです!毎日現場に入っていると、「あれ、それユニクロの新しいやつ?ええやん!」と、現場ファッションを褒められることも(笑)!当然、トイレ休憩は自由に取れますし、現場の慣習として、午前中は10時、午後は15時頃にそれぞれ休憩時間があり、それ以外でも皆さん各自たばこ休憩をとってらっしゃいます。トイレは仮設トイレになるのですが、ゼネコンさんが入っているような大きな現場では、女性用の仮設トイレには鏡もちゃんとついていて、とても清潔できれいです。先月まで入っていた現場の女性用トイレは、なぜか外側がショッキングピンクで中がイエローというポップな配色でした。工事が終わり、現場事務所が解体される時に初めて女性用仮設トイレを目にした職人さんたちは、「おおっ、こんな色やったんかー!」と一様に驚いていました。

さて、今回は建築に関係する法規(code)と監理(management/supervision)の2回目で、プロジェクト管理のお話です。

1. 工程管理

建築プロジェクトの流れの中で、まず通訳にお声がかかるのは、受注(契約)前段階での、建築主(owner)つまりクライアントとの会議です。請負者は、クライアントの要望をもれなく聞き取り、見積もり(quote)を提出するわけですが、建築に関してはクライアントも専門家ではありませんから、土壌汚染対策法(Application for “Soil Contamination Countermeasures Act”) や埋蔵文化財試掘調査(Investigation of archaeological cultural assets)や官公庁からの指導(Administration guidance)による変更などの可能性を指摘され、慌てて予想していなかったリスクに対応しなければならなくなります。万が一、遺跡が発見され調査が選択された場合など、一定期間工事に着手できないどころか、場合によっては予定していた建築工事を断念せざるをえないこともあります。よって、このようなリスクを考慮すると、当初クライアントが予定していた工程や予算ではかなり厳しくなってしまう、というケースが多いのです。そのため、契約締結前のクライアントとの会議は非常に重要で、ここでしっかりヒアリングがなされず誤解が生じてしまうと後々大きな問題になってしまいます。逆にこの会議でクライアントと良好なコミュニケーションと信頼関係が構築できれば、問題が起こった時も、効率的に対処することができます。全体の工程(Master schedule)もこのクライアントとの会議では必須なので、早い段階で概要が出てきます。工程には、基本設計(Schematic Design)は5月末までに完成しなければならない、とか土壌汚染対策法をいついつまでに終わらせなければいけない、など、その項目の遅れが全体の工程に重大な影響を与えうる項目があり、それらをクリティカルパス(Critical path)といいます。このクリティカルパスを見据えながら、どんな先行工事(pre-construction items)が必要か、遅れが出ているのはどこか、常にクライアントと確認を取りながら管理していきます。地歴調査(site survey)や現場事務所(field office)を含む仮設工事(Temporary work)も先行工事に入ります。また同時に並行して、設計も着々と進み、基本設計から詳細設計(Detailed design)が作成され、それに合わせて見積もりも、試算(trial calculation)→精概算(Rough estimation)→明細(Detailed estimation)と確定していきます。

2.予算と見積もり

予算管理も同様に重要です。クライアントには決められた予算があるわけですが、クライアントの希望をすべてかなえようとすると、通常その予算枠内では到底収まりません。そこでVE(バリューエンジニアリング)を行い、機能を下げず、代替案を出してコスト削減を行います。こうして、請負の範囲(SOW=Scope of Work)が決まり、見積額とクライアントの予算のギャップを縮めていく努力がなされるわけです。通訳にとっては、この契約前のお金の話が非常に気を遣うトピックになります。クライアントはなるべくコストを明確に管理したいので、どこまでが実際にかかるコスト、直接工事費(Cost of Work)か、利益はどれくらいみているのか、を知りたいわけです。当然請負側はコストと利益をオープンにしたくありません。コストといっても、実際に工事が始まったら不測の事態は必ず起こりますので、そのためのbuffer(予備費)をある程度みておかなくてはならないからです。クライアントとしては、「ところで利益はなんぼのっけてんの?」(How much percent is your profit?) とストレートに聞きたいのは山々ですが、そういうわけにもいきません。かわりに、「今後も長いお付き合いをさせてもらうということを前提に、御社が利益に関してどのようなお考えか伺いたい」(We would like to know your idea of gaining profit in this project considering that we expect to have a long-term relationship with your company.)、対する請負側は、「弊社の利益率は他社と比べても大きな差異はない。また日本の建築業界の慣習もあり、その辺はご理解いただけるものと思っている」(Our profit rate is not largely deviated from other companies’ profit rates. We also ask for your understanding on the business custom of the construction industry in Japan.)など奥歯にものが挟まったようなやり取りが延々続くこともありますが、これはもう腹の探り合いと割り切って、その駆け引きを楽しみながら通訳することにしています。

プロジェクトマネージメントは、近隣対策、許認可の申請、建材の発注のタイミング、安全管理、見積もり、追加変更、完了検査、はたまた天候にまで気を配り、すべてを俯瞰しながらプロジェクトを進めていきます。プロジェクトマネージャーは、アメリカでは、常に自殺の多い職種の上位にランクインすると聞いても違和感がないほど、重責でストレスの多い仕事です。予算も潤沢で工程も余裕のあるプロジェクトなんて存在しないのではないかと思うくらい、どのプロジェクトも常にコスト削減と工程のプレッシャーにさらされているわけです。プロジェクトの管理がうまくいけば、だれもが気持ちよく仕事することができるし、逆に段取りが悪かったり、そもそもプロジェクト管理の機能がしっかりしていなかったりするプロジェクトだと、引き渡し(handover/turnover)の直前まで現場が荒れ、突貫工事でもう4日も家に帰っていない、というブラックな状況が生まれたり、部屋内の器具はすべて取り付けた後のタイミングで照明器具の図面が出てきて、器具をまた取り外し、照明をつけてから再度取り付けする、というような現場が最も嫌う手戻り(rework)や手待ち(workers being held up)が多発することになります。そうなると現場の雰囲気も悪くなり、なにより職人さんたちのモチベーションに著しく悪影響を与えることになるわけです。

そうしたことが起こらないように、プロジェクトの初期段階から、なるべくすべての関係者を巻き込み調整作業を行うのがプロジェクトチームの使命でしょうし、私たち通訳が意思疎通の面で齟齬や誤解が生まれないようにするという重要な役割を果たしているのも忘れてはいけないのです。


仲田紀子(なかた のりこ)

会議通訳者。長野冬季オリンピックで審判付き競技通訳でデビュー。製造業、小売業、大学、地方自治体、IR、マスコミなど.幅広く活躍。得意分野は、建築、司法、アート。とりわけ建築業界では、好きが高じて最近は現場のコーディネーターまで経験し、現場監督さんの偉大さを痛感中。