【第9回】はじめての通訳~通訳と訓練方法に対する誤解「通訳なのになぜリーディングの訓練が必要なのですか」
ここでの「リーディング」とは「サイトトランスレーション」のことを指します。
サイトトランスレーション(以下、サイトラ)とは、英文を「チャンク」と呼ばれる意味のカタマリごとに区切り、前から訳していくトレーニングの方法です。
答え
音源(スピーチなど)を聞いたときの理解力を高め、理解の範囲を広げるのに必要だからです。
なぜこのような質問が?
連載2回目『英会話ができれば通訳ができますよね』にも記載した誤解が根底にあるように思います。つまり、音さえ聞こえれば通訳できるという誤解です。
では、実際発話が正確に聞き取れたら通訳できるのでしょうか?
初級のクラスでは、たとえ音源を短く切って受講生にあたっても「聞いていたときは覚えていたのですが、訳出しようとすると忘れてしまいました」と発言される方がときどきいらっしゃいます。分析すると知らない単語はなく、音もとれています。ということは「音さえ聞こえれば通訳できる」とはならなかったわけです。
なぜリーディングは必要か
(1) 理解力を高め、理解の範囲を広げるのに必要
授業をすると、ときどき「聞いていたときは覚えていたのですが…」という発言が頻発することがあります。そのようなときは原稿を見ながらサイトラという手法に切り替えるのですが、そのサイトラも全くできていません。
知っている単語でも、違う意味に解釈したり、文脈に合わない意味を選択したり、構文を間違えていたり、理解が曖昧だったりすると当然ながら頭の中には残らず、訳出もできません。
リーディングは文章を見たときに瞬時にその文脈にあう意味を選択し、構文を理解し、それを声に出していうために必要です。
(2) 前から訳していく手法を身につけ、音源を聞いたときに前から処理できるようにする、そして処理の速度を上げる
最後まで聞かないと訳せないのでは、文章の冒頭や真ん中の部分を忘れてしまいますし、訳出しようとすると話がどんどん先へ進んでしまっていることが多いです。また、返り読みをすると関係代名詞の場合に先行詞は…でなどと考えて処理に時間がかかってしまいます。
また通訳になると、大量の資料がしかも直前に渡されることがあります。スピーチ原稿が直前に差し替え、ということもあります。サイトラの手法が身についていないと時間内に処理することはできません。
では前倒しはどのように進めるのか?
ここでは、関係代名詞の場合、不定詞の処理の方法を記載します。
1.関係代名詞:接続詞+代名詞と訳す
We were shown to a large room that had many tables at which no one was sitting.
学校で教わった方法ですと
(我々は誰も座っていなかったテーブルがたくさんあった大きな部屋に案内された。)
と訳すことになるかと思います。
ただ、この方法では1回文章の最後まで読み⇒どの単語を修飾しているのか考えるため時間がかかりますよね。また、訳出された内容も紙面上ではすぐに理解できるでしょうが、音声のみだとこの部屋のイメージが湧きにくいと思います。
そこで、関係代名詞を下線のように接続詞+代名詞に変換し、この文章を3つに分けて前から訳していきます。
We were shown to a large room, and it had many tables but no one was sitting at them.
(大きな部屋に案内された。その部屋にはテーブルがたくさんあったが、誰も座っていなかった。)
最初の方法と比較して訳の処理速度も速くなりましたし、訳出された文章を音声で聞いてもこの部屋のイメージが湧きやすかったのではないでしょうか。
2.不定詞(常に「~するために」、とは訳さない)
第5文型: S+V+O+Cで、Oを主語(S)、Cは動詞(V)として訳す。(意味上の主語述語、nexusの関係)
This causes the candy to become softer than before, and much easier to process.
不定詞といえば「~するために」と副詞的用法の「目的」を表すパターンが多いので、そのパターンで訳すと
(これはキャンディを前より軟らかくし、加工がずっとしやすくするための原因となる。)
となるかと思います。
訳ができたとしても文章を1回見たときに一瞬処理方法に迷ったのではないでしょうか。
ここで不定詞を副詞的用法の「結果」で表すパターン(…して~になる)で訳してみます。その際、原文のS + V (This causes)を副詞節のように処理します。そしてcandyをS、“to become softer than before”をVとして訳します。
すると
(これによりキャンディは前より軟らかくなり、加工がずっとしやすくなる。)
と訳せます。
この手法は原文のVがallow, permit, cause, enable, require などのときに使えます。
ただし、上記はあくまでもテクニックですから、そもそも構文を正しく解析できない方はまず、「普通」の方法で訳せるようになってから、前倒しの方法を試してみてください。
というのも、サイトラは「意味のカタマリ」ごとに訳しますが、ときどき「意味のカタマリ」どころか「意味のブツギリ(フレーズをつなぎ合わせただけ)」になってしまっている方がいます。意味がつながらない、聞いていてもわからない「ブツギリ」の訳しか出せない場合は、一度文章の意味と構文を理解してから前倒しをするようにしてください。
文章の意味を理解しない、構文把握力が足りないのに前倒しのテクニックばかりを身につけると本筋を見失うことがあります。
終わりに
他の講師の先生でもリーディング(サイトラ)に授業の半分の時間を当てている方もいらっしゃるくらい、サイトラは重要です。
私かサイトラと聞いて思い出すのは、よくできるクラスメート(ストレートで進級した)に勉強方法を聞いたところ「サイトラをやっている」という答えが返ってきたことです。
確かに、そのクラスメートのサイトラは訳語訳文がすばらしいだけでなく、言い直しや言い淀みがなく先生からも「1つも直すところがありません」と言われていたくらいでした。
授業でも通常、サイトラをしてから音源を使用した通訳演習に入ることが多いのですが、サイトラのパフォーマンスが安定している人は押しなべてその後の通訳演習でも安定したパフォーマンスを発揮されます。
通訳力を向上させたい方、サイトラは非常に重要な訓練だということでぜひ心して取り組んでください。
次回は、私か今まで受けた中で最も不可解な質問(失礼!)を紹介します。
菊池葉子(きくち ようこ)
英語通訳者、英語講師、京都女子大学非常勤講師。2008年通訳デビュー。主な通訳分野は技術、IT, 建築、IR。2011年に通訳学校卒業後、同年通訳学校の講師として稼働開始。主に通訳初心者向けの授業を担当。また、2015年より大学講師として会議通訳演習を担当。受講生からは、最初から順を追って丁寧に指導してもらえる、飽きさせない授業をしてくれる、との評価を受けている。