【第30回】現役通訳者のリレー・コラム「通訳学校を使いこなす・前編」
今年から「通訳訓練を始めてみたい」という方も多いでしょう。本記事では、そう思った時に多くの人の脳裏に浮かぶであろう「通訳学校」について、1)概要、2)得られるベネフィット、3)活用術などについて解説していきます。
「通訳学校」とは何か
最近、日本でも、通訳技術を学べる大学・大学院が増えてきました。しかし、これまでのところ、通訳者養成の主な担い手になっているのは民間の通訳者養成機関、いわゆる「通訳学校」です。レベル別のクラス編成になっており、年に数回(通常、春と秋の二回)入学機会があります。講師は現役の通訳者が多く、現場の生の声を聞ける、というのも魅力であるようです。大手の学校では同じ企業グループ内に通訳エージェントを持っていることが多く、進級を重ねて通訳学校を卒業ないしは一定のレベルに達すると、併設の通訳エージェントから仕事をいただく機会がある、というのがよくあるケースです。
通訳学校で得られるベネフィット
通訳学校で得られるベネフィットには、次のようなものが挙げられます。
- 学習習慣がつく
- 通訳を行う上で必要な基礎訓練ができる
- 仲間と切磋琢磨できる・人とのつながりができる
- 実戦の機会につながりやすい
- 知的好奇心を満たせる
- 英語力(外国語力)や日本語の運用力そのものを伸ばせる
一つずつ見ていきましょう。
1)学習習慣がつく
「通訳者になりたい」「英語力を向上させたい」と思って学習を始めても、一人ではなかなか長続きがしなかったりします。学習の成果を上げるためには、まず何よりも継続すること、そしてそのための「仕組み」を作ることが大切なのですが、「学校に通う」ということで、大きな枠組みがもうできてしまうのです。
通訳学校では、英語(外国語)の基礎力充実に重きを置くコースを除き、逐次通訳練習・同時通訳練習を行うのが授業のメイン・アクティビティ。しかしそれに加えて、クイック・レスポンス(後述)など、通訳の基礎訓練も行っていく必要があり、宿題もたくさん出ます。授業についていこうと思えば、自然に学習習慣や学習のリズムを作ることができます。
この時重要なのが、目的を明確にして課題に取り組むということ。私が講師を務めているクラスでは、宿題に取り組む場合も、「ただ宿題だからやる、というのでは効果が薄いですよ」と受講生に言っています。
例えば、学校によっては、「英語(外国語)の音声教材を聞いて、それそそのまま書き起こす」トランスクリプション(ディクテーションとも言う)という課題が課されている場合があります。課題だからこなさなければならないと思って、小さなチャンク(情報の塊)で聞いてひたすら書き起こしをしていても余り効果がない。できるだけ大きなチャンクで聞いて記憶してから書き起こそうと心掛ければ、リテンション(短時記憶)の訓練になります。
また、「時間がない」という受講生の方には、シャドウイング(英語の音声を聞きながら、できるだけ忠実に自分の口からも聞いた英語を再生する)を組み合わせた方法を紹介しています。
こういう方法です。
i) まず、英語の音声を流せる機材を一台、そして録音をできる機材を一台用意します。聞くのはPC、録音するのはスマートフォンという組み合わせでも簡単に行えます。
ii) ヘッドフォンを通じて音声を再生しつつ、どれだけ忠実にシャドウイングできるか録音してみます。あまりオリジナル音声のスピードが速すぎるものはシャドウイングには適しませんので、調節できる場合は速度を調節してみましょう。音質が少し変わってしまいますが、YouTubeの場合は右下の歯車マークから調整可能です。
iii) シャドウイングが終わったら、スクリプト(読み原稿)を見て、再生できたところ、できなかったところを確認します。再生できたところ、あるいはできなかったところにマーカーを引いていくと、分かりやすくなります。
オリジナルと比べて、自分の弱点がどこにあるのかを発見する、というのがこのエクササイズの目的です。on, of, at, inなどの前置詞や、弱い音が苦手なのかもしれないし、分からない言葉が出てくると頭が真っ白になってしまって、残りが聞き取れなくなっているのかもしれません。原因によって対処の仕方も異なりますので、原因をよく見極めることが必要です。
また、時間を置いて同じ教材で実施してみると、自分の力がどれだけ伸びたか具体的に分かるのがこのエクササイズの楽しいところです。全体的にはシャドウイングまたはリプロダクションで確認をしつつ、特に聞き取りが難しい、音の識別ができにくい部分については書き取りを併用することで、この課題の目的である「リスニングの精度を高める」ということはある程度達成できるのではないかと思います。
目的を明確に、変動性を加えて
ただ何となくやるのではなく、目的を明確にして意図的に練習することの大切さは、近年話題になった本『やりぬく力 GRIT(グリット)――人生のあらゆる成功を決める「究極の能力」を身につける』(アンジェラ・ダックワース著、ダイヤモンド社、2016年)でも繰り返し述べられています。この本は、英語学習や通訳訓練だけではなく、能力開発全般を考える上で役に立つ情報が満載されており、お薦めです。
また、ただ単純な反復練習に陥らない、ということも大事な点です。知性発達科学者の加藤洋平氏は、著書『成人発達理論による能力の成長 ダイナミックスキル理論の実践的活用法』(日本能率協会マネジメントセンター、2017年)で、「意味の不明瞭な単調な実践は、実践に対するモチベーションを下げるだけではなく、能力の開発にはほとんど効果がない」「さらなる能力開発を実現するためには(中略)“変動性を加味したトレーニング”を行うことが大切になる」と述べています。卓越するパフォーマンスを発揮する人は、パフォーマンス中、安定性と変動性のバランスの取れた状態を保っており、訓練においてもそれを考慮する必要がある、というのですね。即ち、「型」を習得する段階では「安定性」に重きを置くべきであるが、ある程度「型」を習得したら、環境や課題に「変動性」を加え対応できる限界を広げていくべき、ということだと思います。易し過ぎず、難し過ぎない課題に取り組むことが大切、とも述べられています。少し難しい本ですが、自分が授業を組み立てる上でも、自身の訓練の上でも参考にしたいポイントが沢山載っています。
特許事務所、自動車会社勤務等を経てフリーランス会議通訳者。得意分野は自動車、機械、経営、IR、人材&組織開発。力試しに受験した通訳学校のプレースメントテストをきっかけに通訳訓練を開始、二つの言語世界を行き来する面白さに魅了され現在に至る。元々は内向的な性格であり、昔の友人に「翻訳ではなく通訳をしている」と言うと驚かれる。緊張しやすく動揺しやすい性格を自覚していたため、早くからメンタル・トレーニングに取り組み、その重要性を伝えたいと思っている。通訳学校講師も務め、自分自身と受講生のために、日々効果的な学習方法を探究している。
※第1回~第29回は株式会社アルクの「翻訳・通訳のトビラ」サイトにて公開中!