【第4回】インドネシア語通訳の世界へようこそ「目指す方向と立ち位置を定める」

今回のテーマは、「目指す方向と立ち位置を定める」です。

これまで3回にわたって、インドネシア語の通訳という仕事が置かれた状況を概観してきました。
ここからは、「では、その中で自分はどうするか」という話に入っていきます。

前回予告したトピックのうち、リクエストの多かった「何を強みにし、市場のどの層のニーズに応えていくか」について、同じく多かった「スペシャリストか、ジェネラリストか」を切り口に考えてみる内容としました。

「専業か兼業か」と「フリーランスか、社内通訳者か、法人化か」は割愛し、話を専業フリーランスとして食べていこうと思った場合に絞って進めます。他の形については、もし一定数のリクエストがあれば予備回等で改めて取り上げることにさせてください。

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まず、前提として念頭に置くべきことがあります。
それは、「一つや二つの分野だけでは、(たとえそこで第一人者となれた場合でさえ、)食べていくに足りる仕事の量をまず確保できない」という現実です。
生業として成り立たせようと思ったら、何はさておきジェネラリストとしての態勢を整え、間口を広げることがほぼ必須だと言っていいでしょう。

問題は、そこからです。
薄っぺらな器用貧乏で終わらず、市場価値の高い、選ばれる通訳者となるには、どのような方向を目指せばいいのでしょうか。

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T型人材、Π(パイ)型人材といった言葉があります(先日の日本通訳フォーラム2018でトム・エスキルセンさんのセッションに参加した方は、同じような表現が出てきたのをご記憶かもしれません)。
これは、字画の縦棒をその人が持つ「(ある分野における)知識や経験の深さ、スキルの高さ」、横棒を「知識や経験、スキルの幅」に見立てたものです。

・I(アイ)型……一つの専門分野に秀でたスペシャリスト
・T型……幅広い対応力+何か一つの得意分野
・Π型……幅広い対応力+二つの得意分野(特に、互いに補完し合ったり相乗効果を生んだりするもの)

既に何らかの専門的バックグラウンドを持っている人は、それを適宜生かしながらT型やΠ型でいくのもいいでしょう。
そうでない人でも、もし「どうしてもこれがやりたい」という分野が定まっているのであれば、頑張ってT型やΠ型を目指すことは十分可能だと思います。

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では、それ以外の人もやはりT型やΠ型を目指すべきなのでしょうか。
確かに、一般にはI型よりもT型、さらにはΠ型の人材が求められるといいます。また、ジェネラリストよりスペシャリストの方が良い(格好いい?)というイメージも根強いようです。

私も、かつてはそんな一般論やイメージに引きずられ、何か一つでも胸を張って専門といえる分野をつくろう、つくらねばと必死でした。
でも、試行錯誤を繰り返すうちに、こう思い至ります。
「この方向は見当違いかも。T型やΠ型に向くのは、もともとの専門か絶対にやりたい分野がある人。万人にベストなわけでも、マストなわけでもない。今から無理してまで特定の分野ばかりに時間や労力、資金を注ぎ込んでも、リターンは限定的。自分の場合は、それらのリソースをもっと別の部分に振り向けた方がいい」
そうして一から考え直し、遅まきながら行き着いたのが次のような方針です。

「一つや二つの個別分野に関する専門性」より、「どんな分野を振られても、本番までの限られた準備期間を誰より有効に生かし、相対的に(=その状況下で現実的に望み得る)最善の結果を確実に出す能力」で勝負する。

言い換えれば、「一芸特化のスペシャリスト」ではなく、「盤石な総合力と柔軟な対応力を誇るジェネラリスト(万能選手、オールラウンダー)」として選ばれる通訳者になるということです。
自分や周り(市場)の状況に照らせば至極当たり前ともいえる話なのですが、その方向で本当にいいんだと確信できるまでに結構な回り道をしてしまいました。

クライアントや通訳会社は、通訳者を手配する際「この分野の専門的バックグラウンド(または通訳経験)がある人」を往々にして優先したがります。
気持ちは分かりますが、インドネシア語の場合そうした条件を満たす通訳者などそもそも存在しないことも多いのが現状。運よく見つかったとして、肝心の通訳力も期待できるかはまた別の話です。
「いるかどうかも分からない、いても実力の保証がない通訳者を探し回るより、さっさとあいつに任せて、その分早く準備に取り掛からせた方がいい。そうすれば、たとえアウェーの分野でも、本番までにはそれなりのレベルに仕上げてくるだろう。結局はそれが最善だ」
そういう存在として絶対の信頼を寄せられることは、単に「この分野ならあの人」という形で覚えられるより強いと言えるでしょう。
ジェネラリストとしての力量は、スペシャリストの経歴や資格のように一見して分かる指標に乏しい分、どうやって伝えるかに工夫を要しますが、ひとたび認められれば以後どんな案件であろうと真っ先に名前が挙がるようになります。

ある分野を私より得意とし、通訳力なども含めトータルでより良い結果を出してくれそうな人がいる場合、そこは喜んで譲るつもりです。
実際に、そうして通訳者同士で紹介や推薦をし合うこともありますし、全体最適という観点から言えば今後そのパターンは増えた方が望ましいと考えます(それには、もっと同業者間のつながりを広げたり深めたりして、お互いの得手不得手などが分かるようにしないといけませんが)。
私自身が目指すのは、これといって譲るべき相手のいない分野で(あるいは、いても都合がつかないときに)、先ほど言った「相対的に(=その状況下で現実的に望み得る)最善の結果」を手堅く出せる通訳者です。

日頃から需給の動向なども読みながら、自分が最も求められる場所、生かされる場所へと融通無碍(むげ)に軸足を移し、先の備えを欠かさないよう心掛けていると、いざ具体的な案件が来た際にいち早く的確な初動対応を取れます(→第2回参照)。
さらに、蓄えてきたスキルやノウハウ、リソースを総動員して、眼前の案件に必要な知識・技能等を同じ時間的制約の中で誰よりも効率よく高め、本番の時点で最もよく仕上がった(準備の整った)状態にまで持っていく。その手腕において第一人者になろうというわけです。

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私はそのような(ジェネラリストとして最強を目指す)方針ですが、だからといってT型やΠ型のようにスペシャリスト寄りの道を否定するつもりはありません。
それはそれでまた別の価値があり、貴重な存在です。上でしてきた話を踏まえてなお目指す人がいれば、及ばずながら応援し、後押しをしたいと思います。
互いにタイプ(方向性・特性)の異なる通訳者同士が共存し、競い合ったり、補い合ったり、シナジーを発揮したりすることは、市場の活性化という意味でも望ましいでしょうから。

いずれにしても、縦棒(=専門性)頼みではまず立ち行かない現実を直視し、収入の土台となる横棒(=総合力・対応力)づくりを大事にする姿勢は欠かせません。書き順に例えれば、あくまで「横棒が先」ということです。
のっけから一部の専門分野・専門家層だけに的を絞ろうとせず、幅広い分野・層のニーズに偏りなく応えながら、自らの実力や収入の基盤と同時にインドネシア語通訳市場そのものの基盤も固める。差し当たっては、それが先決ではないでしょうか。

順序を誤ったせいで挫折する人も、私のように回り道をする人も、これ以上出ないよう願いつつ今回はこの辺で。

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次回のテーマは、「インドネシア語通訳者になるには(その1)~ルートと要件~」です。どうぞお楽しみに。


土部 隆行(どべ たかゆき)

インドネシア語通訳者・翻訳者。1970年、東京都小金井市生まれ。大学時代に縁あってインドネシア語と出会う。現地への語学留学を経て、団体職員として駐在勤務も経験。その後日本に戻り、1999年には専業フリーランスの通訳者・翻訳者として独立開業。インドネシア語一筋で多岐多様な案件に携わり、現在に至る。

インドネシア語通訳翻訳業 土部隆行事務所