【第1回】翻訳・通訳会社のクレーム処理「 通訳者編 Case 1: 通訳者のパフォーマンスを評価するのは会議参加者だけじゃない」
翻訳・通訳会社は、翻訳者・通訳者には見えない舞台裏で様々なクレーム処理を行っています。本連載は目的は、その一部を紹介することで、翻訳・通訳会社が日々取り組む業務に関して理解を深めてもらうことです。執筆は現役の翻訳・通訳会社コーディネーター。登場人物はすべて仮名です。
人は、自分の行動や態度といったことを客観視することはありません。今日はそんな自分を見詰め直すことが、いかに重要かというお話です。
事例1
某月某日の夕方。私のPCに一通のメールが届きました。その日は、クライアントである外資系化学メーカーの大切な会議があり、トラブル無く、無事に仕事が終わってほしいと願っていました。しかし、まだ会議が終わっていない時間帯にメール来たということは、何か現場で問題が起こっているに違いない。そんな危険な臭いがそのメールからは立ち込めていました。
私は恐る恐るメールを開きます。そしたら案の定、嫌な予感は的中していました。今日、アサインした沢井けいこさんは2日間続けての社内会議の予定でした。ですが、『明日は別の通訳者にしてほしい。』そう、メールの中には短く書いていました。私は大変重く、暗い気持ちになりました。また、彼女はやってくれたな、と。しかし、そうは思いつつも、現実に耳を傾けなければなりません。私は発注担当者の竹内さんに電話で事態を確認することにしました。
「もしもし、お疲れ様です。竹内さんでしょうか。」
「お疲れ様です。はい。そうです。」
竹内さんはすぐに電話に出ました。今回はどんなことを聞かされるのか、不安がいくつも頭をよぎりました。クレームの大半は、発言が聞き取りにくい状況であったり、資料が出なかったなど、クライアント側にも原因があったりします。ですが、今回はそれでは無い予感がありました。それは彼女の普段の“態度”から来る、予感でした。
「この度は、沢井がご迷惑をおかけしてしまして、本当に申し訳御座いません。」
「宮本さん、あなたが優秀で、常識のある人なだけに、今回の沢井さんの件に関しましては、とても残念に思います。」
「それで、沢井さんは現場でどのような感じだったのでしょうか。出来れば、詳細にお聞き出来たらと思います。今度のためにも。」
「沢井さんは・・・・・・。」
その後、竹内さんは沢井けいこ通訳の“態度”が悪いことに続けざまに私に伝えてきました。それは、貸した資料を言うまで返さないでバッグの奥にしまっていたものから、座り方が悪いなどのほか、室内の温度にうるさいというものまで・・・・・・。私はその話を聞いて大いに落胆しました。同時に、彼女を手配した側の責任も痛切に感じていました。ですが、そうも言っていられない現実があります。
幸い、会議参加者からのクレームはなく、繁忙期だったこともあり、担当者の竹内さんに何とかお願いし、次の日は沢井通訳で承諾してもらうことは出来ました。しかし、もう二度とそのクライアントにアサインすることはできなくなってしまったのでした……。
――発注担当者の言葉の裏に他にも何かあるのではないかと感じつつも、よく聞くのは、通訳アサインも自分の査定に響くということです。つまり、質が悪い通訳者を手配したということで発注担当者の評価が下がる可能性があるのです。トラブルを起こす前に穏便にすますためにも通訳者の“態度”を会議途中で観察している事実が御座いましょう。
事例2
外資系食品メーカー発注担当者から電話。「今日アサインしてもらった木村さんは今後やめてもらえますか」
「来るなり休憩時間、部屋の温度、お水を用意しろとか、うるさいです。通訳さんはお客様じゃないので」と。どれも大事なことなのだが、クライアントに言う前に、エージェントに言ってくれれば、お願いできたのに……と思うのでした。
事例3
外資系化学メーカー、社長秘書の方から電話。「いつも指名させて頂いた鈴木さん、数字や人名のミスが多いです。今後注意するようにとお願いできますか」と。
エージェントはクライアントからのクレームのみで通訳者の評価を下げることはないので、鈴木さんにすぐ電話。処理は早ければ早いほどよいので、すぐに。鈴木さんにも言い分はあるでしょう。今回は事前資料が内部機密情報ということで出ない事情もあり、会議でも参加者はタブレットで資料を閲覧し、スクリーンには資料は投影されたが通訳者用への紙の資料はなし。人名も読み上げなので、わかりにくい。状況をクライアントに話すと事情を理解してくださり、その後も鈴木さんは指名されるように。
鈴木さんがクライアントに直接資料がなくてわかりにくい、資料がないから間違えて当たり前のような態度をとっていたら状況も変わっていたかもしれません。
今回のポイント
1.会議中のパフォーマンスは会議参加者だけじゃなく、特に発注担当者が見ている。それは資料を会議室に持ってきたり、お水を用意していたりしながら、さりげなく!
理由は、発注担当者は良い通訳者にお願いできるかどうかが、自身の社内評価、上司からの評価となることも多いからです。
2.エージェントはクレームがあった場合、必ず通訳者にも確認するので、現場でクライアントに言い訳するようなことはしない。