【第13回】社内通訳という道
土井拓さん
社内通訳者という仕事
皆さんは通訳者という仕事を考えた時どんな姿を思い浮かべるでしょうか。
国際会議でスピーカーの声をブースから訳している会議通訳者。海外の要人の横で政治や経済の話をウィスパリングで訳している通訳者。ハリウッドスターのインタビューを訳している通訳者。上記のような通訳者が花形と思われることも多く、社内通訳者はあまり日の光の当たらない、地味な存在だと思われがちかもしれません。
しかし多くの外資系企業が日本に進出し、同時に日本企業が海外進出を行う今日では社内通訳という仕事は円滑な経済活動を進めるためになくてはならない職務です。今後TPPの妥結でグローバルな経済活動がさらに活発になって行けば社内通訳者の需要は高まっていくであろうと思われます。
なぜ企業は社内通訳者を置くのか
企業が社内通訳者または通訳チームを配置するかどうかの選択は主にコスト、クオリティー、効率によって決められます。
まずはコスト面ですが、フリーランスやエージェントを介して通訳者の派遣を行う場合、コストは1名1日5〜10万円くらいが相場となります。それに対して社内通訳者の年収の相場は500〜1,000万くらいですので、年間100日以上は通訳者を必要とする企業であれば社内に通訳者を配置することによるコストメリットがあります。
クオリティーに関してもその企業の仕事や社員に慣れている通訳者の方がより正確に話の流れや意図を理解して訳すことができるため、企業としては重宝されます。また、社内通訳は一般的には翻訳も行い、常駐しているため緊急会議などにも対応ができるため、展開の速いビジネスに効率良く対応することができます。
就業形態
企業に属する通訳者は以下の3つのどれかの雇用契約を会社と結ぶことが多いです。
- 正社員:安定性が高く、毎年の契約更新などがないため好まれる方も多いです。しかし、そもそも企業が正社員を雇用する理由は人材を長期的に確保し、知識やノウハウを社内に蓄積するためです。そのため個人の資質や能力に強く依存する通訳の仕事ではあまり正社員契約は採用されません。
- 契約社員:毎年契約更新を行わなければいけないという若干の手間はありますが労災保険、共済年金なども適用される場合が多く、安定した職場を望む方にオススメです。契約内容は企業によってかなり差があるかもしれませんので(賞与あり、月額給与のみ)しっかりと内容を確認するようにしましょう。
- 業務委託契約:労災保険や共済年金などは適用されませんが、副業などをしたい場合はこちらが利用できます(私はこちらに属します)。本業に支障を来たさなければ、空いた時間を利用して他社の仕事を請け負うこともできるので、安定は欲しいが徐々に仕事の幅も広げたいという方にオススメかもしれません。
実際の業務
企業の通訳チームに属している場合の業務形態は多岐にわたりますが、プロ通訳(秘書兼通訳などを除く)の場合は部署付き、もしくはプール制のどちらかが一般的です。プール制の通訳チームの場合、規模が大きければ専任のコーディネータがいる場合もありますが、多くの場合では1名がコーディネータ業務(通訳/翻訳のアサインメント管理、会議の調整など)も兼任します。
私もプレーイングマネージャーとして通訳兼コーディネータをしています。日常業務は社内会議の通訳、資料の翻訳、外国人取締役の参加するイベント・出張への同行などがありますが、実は一般的には見過ごされているさらに重要な仕事があります。
それは社内の通訳者への理解の促進です。通訳などの専門職は一般的に業務内容を理解されないことが多いです。よく聞く専門職に対する誤解としてITであれば何でもスイッチ一つですぐに解決出来る、デザイナーならすぐにデザインのアイディアが湧いてくるなどがあると思います。実際はITの技術者は膨大な時間をかけて精密なプログラムを組み上げますし、デザイナーは様々な試行錯誤を通して素晴らしいデザインを作り上げます。同じように通訳者に対して「話しているだけ」「翻訳なんてすぐできる」という誤解を持った方が多くいます。
社内のこれらの誤解を解き、よりよく通訳を使う方法を教えていくことこそが社内通訳者として最も重要な使命だと考えています。現在の職場でも担当役員を通して「通訳者利用マニュアル」を配布することで全社員に通訳者の現実、そして通訳者を使った正しい会議の進め方、プレゼンの行い方を覚えてもらっています。
企業に求められる通訳者像
どういった方が社内通訳に向いているのか、企業に求められているのかについて現在通訳者の採用活動も行なっている私の私見を述べさせていただきます。
通訳を始める際は社内通訳として直接雇用されるか、エージェンシーに登録して仕事ベースで雇用されるかのどちらかが主流です。あなたが語学スキルを活かしながらも、安定した収入や雇用を求める場合は社内通訳として働くことはこれらを両立できる良い方法でしょう。多くの場合はしっかりと平日働き、有給休暇なども取れ、組織に属するという安心感もあります。また、将来フリーランスとして独立したいと考える方にとっても経験を積み、人脈を構築するステップとなりえます。
では、企業としてはどんな方を求めているでしょうか。語学スキルはもちろんですが、外国人役員のスケジュールや日々刻々と変わるビジネスの現場に対応する柔軟な姿勢が求められます。多くの企業の採用情報では同業種の経験を求められるかもしれませんが、これはあまり重要視されていないケースが多々有ります。もちろん経験があるに越したことはありませんが通訳者が安定志向であった場合、同業の企業から引き抜くためには、会社の負担が増えたとしても、より良い条件(金銭、福利厚生など)を提示する必要があります。
またフリーランスを目指す通訳者であれば同業を何社も経験するより他業種での経験を積みたいと思うため人材確保が難しいからです。また同業他社にいたからといってその知識がそのままその企業で使えるとは限らないため、経験よりもある程度長期的に努めてくださる方、その企業のことを学ぶ姿勢を持った方の方が望まれます。
長々と書いてしまいましたが、社内通訳は確かにあまりスポットライトを照らされる職務ではないかもしれません。しかしグローバル経済が円滑に動くための非常に重要でやりがいのある仕事だと自負しています。語学力を活かしながら安定したキャリアを積みたい方も、これからフリーランスとして活躍したい方も一度経験してみてはいかがでしょう。
土井拓さん
Profile/
フリーランス兼社内通訳者。カナダ人の父と会議通訳者の母を持ち、日本で育つことで英語、日本語、両言語のネイティブとして育つ。フリーランス会議通訳者の姉の勧めで2010年に通訳の道に転身。広告代理店で5年間社内通訳者として勤めた後、2015年末から専門性を確立するため損害保険会社に転職。通訳者及びコーディネータとして勤務しつつ、さらに活動の幅を広げるため2016年4月から業務委託契約に変更し、フリーランスの通訳者、翻訳者、英文コピーライター、ナレーターとして活躍する。