【第1回】通訳者の道具

現役の通訳者の方や通訳者志望者の方なら知っておきたい情報、ノウハウ、思考法などを、
フリーランスのプロ通訳者 関根マイクさんが惜しげもなく提供します。
この連載が明日のあなたを変えるはず。

update:2017/10/16

私が通訳者として現場デビューしたのは当時住んでいたカナダなのですが、もしあの時に日本在住だったら迷わず通訳学校に通っていたと今は思います。一定の経験を積んだ今だからこそ、バックボーンを持つことの重要性や、学校や仲間を通じて得られる情報の価値がわかるからです。要は、通訳学校に通わなくても通訳者になれたけれど、通っていたらもっと近道ができたかもしれない、と思っています。

その一方で、日本独特の考え方やアプローチが存在するからなのかわかりませんが、欧米の通訳養成機関で一般的に教えられていることが日本では必ずしも教えられているわけではない、という事実も把握しています。それはどちらかというと通訳技術から離れた実務的な部分の話が多く、たとえば最初はどのような道具をそろえるべきなのかとか、同時通訳パートナーとの調整をどう行うのか、職業倫理的な問題の扱い方、そして営業戦略などがあります。

本連載の目的は、これから現場デビューする通訳者のタマゴさんたち、またはデビューしたての通訳者さんが、通訳学校で必ずしも教わるわけではないけれど、通訳者として長く活動したいのであれば知っておくべき基本的な実務情報をまとめることです。目指せ、永久保存版!

第1回は通訳者の道具についてですが、平山敦子さんの連載が紹介する「あったら便利」なツールやガジェットの話ではなく(といっても、私も多くを使っていますが)、「これだけは絶対にそろえておけよ」という必要最低限の話です。

①タイマー

私が使っているのはマルチ式タイマー・ノッティですが、現場では表示の大きさが特徴的なXXERT(イグザート)デジタルタイマーや、テンキーが使いやすいAS ONE(アズワン)のデジタルタイマーなどが人気なようです。同時通訳中はブースの中でデジタル音を響かせるわけにはいかないので、音に関する機能に関心を払う必要はありません。むしろ通訳に集中していても絶対に気付くレベルの光の点滅があるかを確認してください。製品によっては、光の点滅がほとんど気づかないレベルの物もあります。

私がノッティを愛用している理由は、光の点滅がとても目立つのと、他のタイマーにはあまりない振動機能があるからです。これが意外と便利です。ベテランならまだしも、駆け出しの通訳者は逐次通訳2人体制などで、立って通訳することもあります。立ちながらですので、タイマーを置く場所がありません。そのときにタイマーを振動設定にして(音と光をオフにして)ポケットに入れておくか、シャツの後ろに留めておけば時間通りにスムーズに交代できます。

②マスキングテープ

同通現場ではその日のスケジュール表をブースの脇に貼ったり、用語集を紙で用意した場合は目の前に貼ったりすることが度々あります。セロテープではなく、マスキングテープなのがポイントです(セロテープは粘着力が強すぎて面倒)。通訳者に人気なのは3MTMマスキングテープ 243J Plusです。15mmx18mがサイズ的に一番使いやすいと思います。ネットではバルクでしか買えないので、大型文具店でバラで買った方が良いです。

③イヤホン

イヤホンの選択肢は価格的にピンキリですし、耳のフィット感など好みの問題もあるのですが、同通の終日案件が増えてくるようになると耳周りの物理的負担軽減を考えるべきです。私はもともと耳の奥まで「刺せる」タイプのイヤホンが好きなので、Klipsch(クリプシュ)製品を使用していたのですが、数年前からBang & Olufsen(バング・アンド・オルフセン)一択です。理由は単純で、耳かけタイプは一日中つけていても疲れないからです。私はA8を使用していますが、平山さんによるとボリュームコントローラー付きの3iの方が「人の声がエッジが立ってシャープに聞こえる」そうです。なんにせよ、耳かけタイプをお勧めします。

④変換プラグ

最低限持っておくべき変換プラグは2つ。ステレオミニからステレオ標準へ変換するプラグと、ステレオミニからモノラル標準へ変換するプラグです。特に後者は、イヤホンをステレオ標準で差し込んでも片耳しか聞こえない場合に、両耳でしっかり聞こえるようにするために必要不可欠です。それぞれ、たかだか数百円の投資なので、プロなら持っておきましょう。

⑤ペン

こちらは速乾性インクのペンであれば基本的になんでも大丈夫だと思いますが、現場には必ずインクの残量がわかるペンを持参してください。つまり写真でいえば、上のペンはインク残量がわからないので現場に適していません。逐次通訳の現場で、話者がまだ話し続けているのにインク切れになるのは真の地獄ですよ!(大昔に経験済み)

ちなみに私は三菱鉛筆の油性ボールペン「ベリー楽ノック」を使っていますが、特にこだわりがあるわけではありません。使うペンとは別に必ず予備のペンをシャツの胸ポケットに用意しています。

⑥メモ帳

コストパフォーマンスを考えると無印良品のらくがき帳とメモパッドが一番だと思います。大事なのは、写真のように大型と小型のメモ帳を両方用意すること。通常は通訳者に机が用意されるので大型で対応するのですが、工場見学など、歩き回って通訳するときは小型が万能です。現場で動き回ることが想定される場合、または机が用意されるかあやしい場合は小型も忘れずに持っていきましょう。

価格は高めですが、センター罫入りのノートもあります。数は多くありませんが、実際に使っている通訳者を見たこともあります。

⑦充電器またはモバイルバッテリー

10年前と比べて通訳者のガジェット事情は劇的に変わりました。今は便利な電子機器やアプリが溢れていて、それらを使いこなせないと損な時代です。そして、電子機器はバッテリーがないと話になりません。

私は現場にiPhoneとiPad miniを持参していますが、2年くらい前まではiPad用の充電器も一緒に持っていました。でも最近はAnker PowerCore Fusion 5000が充電器とモバイルバッテリーと両方の役割を果たしてくれるので、これを持ち歩いています。モバイルバッテリーは今後も進化して、軽量化&容量増大が続くと思いますので、その時の人気商品を買っておけば間違いはないと思います。

「電子辞書は必須では?」と思う読者もいるかもしれませんが、私は否定派です。今や電子辞書にできることはスマホやタブレットでもできるし、むしろスマホやタブレットの方が万能です。またはノートPCとか。

最後に一言。持ち物は少なめに。心配性なのか、交代でブースに出入りするたびに大量の文具やツールを胸いっぱいに抱えている通訳者さんをたまに見かけますが、物を落とすのは時間の問題です。同時通訳は音にとてもセンシティブな仕事なので、物を落としたり、ガサゴソしたりして、パートナーに迷惑をかけないようにしましょう。

関根マイク

Mike Sekine

通訳者。関根アンドアソシエーツ 代表、日本会議通訳者協会理事、名古屋外国語大学大学院兼任講師、元日本翻訳者協会副理事長。得意分野は政治経済、法律、ビジネスとスポーツ全般。

現在は主に会議通訳者として活動しているが、YouTubeを観てサボりながらのんびり翻訳をするのも結構好き。近年は若手育成のため精力的に執筆活動も行っている。「イングリッシュ・ジャーナル」で『ブースの中の懲りない面々~通訳の現場から』を連載中