第19回|新年特別記念号☆全部見せます!!ヲタクの仕事道具(後編)
Posted May 21, 2018
1月からお届けしてまいりましたシリーズもいよいよ最終章。とはいえ、早いものでもう5月です。「新年」じゃなくて「新年度」だろう、とツッコミを入れられてしまいそうですが・・・。どうか今回もよろしくお付き合いくださいませ。
今回ご紹介するものをケースから出して、あらためて並べてみました。
見慣れたグッズもあれば、同業者をもってしても謎としかいいようがないもの(笑)もあるかと思います。これら全てに共通する役割が一つ。それは「通訳者の身体的能力を増強する」ということ。今回は通訳者でない方は必要としないであろうアイテムも数多く登場しますが、リアルな業界事情を垣間見て頂ければと思います。乞うご期待!!
①双眼鏡
「会議室で双眼鏡?!」と不思議に思う方もいるでしょうか。まずはこちらの画像をご覧ください。
IT系「製品トレーニング」の一コマです。販売代理店や社内の営業員を対象に、講義や実習を通じてソフトウェアや機器の特徴や操作法を学んでもらい拡販につなげよう、という活動ですね(個人が特定できないようモザイクをかけております。スクリーンに投影されているように見えるのは、私が過去に行ったガジェットに関する講演のスライドをはめ込んだものです)。
こういう現場では「スクリーンが見やすく講師の声が聞き取りやすい席」に陣取るのが鉄則。ただ、画面の下の方をよく見ると、ガラス越しに撮影していることが分かります。実はこれ、同時通訳ブースの中から撮ったものなのです。こうなると、席を選ぶことなどもはや不可能。この距離からだと、タイトル以外の文字はよほど視力に自信がない限り判読は困難です。
事前に配布された資料だけを使ってくれれば良いのですが、そう甘くはありません。ソフトウェアを開いて画面操作の実演(デモ)をしたり、ネットに繋いでウェブの情報を投影したり、なんてことはしょっちゅうです。
頑張って目を細めて「う—っ…見えた!」では間に合いません。こうなったらあきらめて耳だけを頼りに訳すことになるのですが、それにも限界があります。例えばこちらのような画面。
CLI(コマンド・ライン・インターフェース)あるいは「コマンド・プロンプト」などと呼ばれているものです。私たちは普段、メニューやアイコンをクリックしたり「ドラッグ&ドロップ」といったマウスの操作でソフトウェアを動かしていますが、実は裏で「メニューのこの項目をクリックしたらこういう処理をしろ」という命令が動いているんですよね。中~上級ユーザはこの「裏の命令画面」を開いて直接操作をしたり、トラブルの原因を探ったりします。
こういうものを豆粒のような文字で投影されて「vpc-cidre-assoc-62cb6d0a…」などと読み上げられてしまうと、通訳する側としてはちょっと厳しいわけです。
そんな時に重宝するのが双眼鏡です。私が使っているのはこちら。コンパクトなので、毎日持ち歩いても苦になりません。
双眼鏡を選ぶ時のポイントは「倍率」と「レンズの明るさ」ですが、スポーツ観戦やオペラ鑑賞、とは異なる視点で選ばなければなりません。
倍率は低め(4倍程度)がお薦め。倍率が上がるにつれ、手ブレが大きくなりますし、拡大できるぶん視野が狭くなるため、スクリーンのごく一部を切り取って見ている形となり、瞬時に該当の箇所を見つけるのが困難になってしまうからです。
この10分の1くらいの価格の製品もありますが、レンズが(プラスチックではなく)ガラス製の明るくクリアに見えるものを選んだほうが良いと思います。
双眼鏡をのぞきながら訳すのは、実は慣れないとやりにくいものですが、練習する価値はあると思います。以前、同時通訳の際に手元に一切資料を置かず、双眼鏡一本でやっている「名人」にお会いしたことがあります。ご本人いわく「手元で該当のページを探すのにまごついてしまう」ので「最初から画面だけ見ていたほうが楽」とのことでした。私はさすがにそこまでの境地には達しておりません…(笑)。
②パナガイド
通訳者ならお馴染み、パナソニック製の無線送受信機。送信機は3万円台後半~、受信機は2万円台後半~と、決して安い買い物ではありませんが(仮に1セット7万円としましょう)これまでの人生で「最も有意義な7万円の使い道」だったと今でも思っています。
双眼鏡が「目の能力の増強」なら、こちらは「耳の能力の増強」。…そう聞くと「口の能力じゃないの?」と思う通訳者も多いかもしれません。というのも、通訳現場で「パナガイド(以後「パナ」と省略)」といえば、その目的は「通訳者の声をお客様に聞かせるため」だからです。具体的には、通訳者が小声でささやくようにして同時通訳した声を送信機で拾い、受信機を持った聞き手に届けるというものです。
私はこのパナを「自分の声をお客様に聞かせる」のでなく「お客様の声を自分が聞く」ために使っています。いわゆる「集音器」あるいは「補聴器」としての流用です(これ以降、前者を「訳出用」、後者を「耳取り用」と呼ぶこととします)。
ちなみに、パナの使用にはいくつか注意点があります。
- 訳出用パナは派遣会社が有償でお客様に貸出するものである
- パナ受信機を持っていれば誰でも盗み聞きできてしまう
- 性能の良いマイクと組み合わせないと「耳取り」としての効果を発揮しない
自前のパナを持っていると、つい本来の目的である「訳出用」にも使いたくなる誘惑に駆られますが、派遣会社経由の仕事で「これは絶対にやってはいけない」というのが個人的見解です。本来は有償のものをタダで提供することになってしまうからです。
また、盗聴しようと思えば簡単にできてしまう性質の機器なので、たとえ「耳取り用」でも、無断で使用してトラブルになることだけは絶対に避けなければなりません。
業務内容の連絡を受けた時点で「ブラック(=劣悪)な音声環境」が予想される場合には、かならず事前に派遣会社に相談し許可を得ることが重要です。まずは正式なパナの貸出しをお願いし、予算的に厳しいと言われた場合に自前の機器の使用を認めてもらえるよう交渉します(それもNOと言われたら私は辞退していますが、そこは個人の選択だと思います)。
すでに「訳出用パナ」の使用が決まっている会議で、もう1セット機器を追加して「耳取り」に使わせてほしいと持ちかけると、わりとすんなりOKが出たりします。また、そうでなくても、そういう現場では1~2台パナが余っていることが多いので、それを使うぶんには「1」と「2」の問題が既にクリアされています。
かくいう私も、余ったパナを流用したのがきっかけでした。冒頭の写真とよく似た環境で「生耳パナ同通」をした時のことです(「生耳」とは、イヤホンで音声を聞けない状態(環境)を指す業界用語です)。
お客様の強い希望で、通訳者は最後列の席に座ることを余儀なくされていました(こうなると知っていたら請けませんでしたね…笑)。とはいえ、講師はマイクを使うことになっていたので、どこに座っても同じだと思っていました。がしかし!…なんと隣の会議室から「うるさい」と苦情が出て、マイクの音量を大幅に絞らなければならなくなったのです。
音の聞こえやすさ(話者の声量や周囲の雑音など)は、通訳のパフォーマンスや疲労に大きく影響します。聞きづらい中で通訳するのは、車に例えれば、夜間に運転するようなもの。昼間の何倍も疲れやすく、そうやって疲れた状態で視界の悪い中を走り続ければ、さらに悪循環に陥ります。事故(誤訳や情報の取りこぼし)を起こす可能性だって高まります。仮に上手く乗り切れたとしても、翌朝起きられなくなるほど疲弊してしまうこともあります。
不意に訪れたピンチでしたが、予備の送信機とピンマイクがあったので、それを講師の方に着けていただき、別チャンネルで通訳者が聴くようにしてみました。すると、これが感動モノの素晴らしさ! 同通ブース並みとまではいかないものの、かなりの高音質で無事に1日を乗り切ることが出来たのです。お客様も大喜びで(…そりゃそうでしょうね…)、派遣会社に感謝のメールが届いたくらいです。
この経験をきっかけに、これまで「ブース」か「生耳」の二者択一だった私の中に、もう一つ選択肢が加わりました。それ以来「生耳案件」については、パナでの耳取りを普及させるべく派遣会社へ積極的に働きかけるとともに、どうしたらパナの耳取りを「ブースクオリティ」に近づけることが出来るかを追求してきました。
様々なメーカーの製品を試した結果行き着いたパナの「ちょい足し」周辺機器は、現在のところ③~⑥が私の最強カード。順番にご紹介していきます。
パナガイドはモノラル方式なので、マイクもモノラルと相性が良く、とても聴きやすいです。講師に着けてもらうのはもちろん、自分が訳出する時にも使ったりします。ちなみに風防が外れやすいので要注意。
このマイクがいかに素晴らしいかを力説する前に、マイクの「指向性」について少しお話しさせてください。詳しくはオーディオテクニカの素晴らしいサイトがありますので、そちらもご参照のこと。
このサイトの言葉を借りれば「指向性(指向特性)」とは「どの角度の音をはっきりと捉えることができるか、どの向きに感度が良いか」ということ。耳取り用のマイクを選ぶ時、この指向性がとても重要となります。マイクなら何でも良いわけではないのです。
パナの耳取りに理解を示してくれる派遣会社が、集音用のマイクも用意してくれることがありますが、ほとんどが円盤型の「バウンダリーマイク」と呼ばれるタイプです(バウンダリーマイクの例。バウンダリーマイクは「全指向性(無指向性ともいう)」で、雑音も含め「周囲の全ての音」を集めます。これで耳取りをすると、ざわざわした中から目当ての音を拾い出さなければならず、結構な集中力が必要です。せっかく用意してもらったのに、十中八九「自分の耳で聴いたほうがマシ」という残念な結果に終わります(「パナでの耳取り」と聞いて否定的な反応をする通訳者がたまにいらっしゃいますが、たいていこの経験をしています。注意点の「3」も大切、ということです)。
一方、このAT9913は「超指向性」。ガヤガヤした中から狙った音を拾うのに適したマイクです。今回紹介する全アイテムの中で、一つだけ買うとしたら、迷わずこれ!!ペンケースに一本入れておいて、パナ送信機が余っているときに、こんな風に挿して講師の前に置いてみてください。ピンマイクを着けてもらっているのと負けず劣らずのクオリティで聴くことができます。
本当に目からウロコです。人生変わります(笑)。私とペアを組んで体験した通訳者は(半信半疑だった方々も含め)皆さんこの品番を控えて帰っていきます。
前々回の記事(中編1/2)で「脳裏に音の残像が残る感じがするイヤホン」について書きましたが、AT9913の音も脳裏に残像を残してくれる気がします。受信機には付属の耳掛け式イヤピースでなく、ぜひごご自身のイヤホンを挿して使ってみてください。より一層効果が実感出来るはず。ちなみに両耳で聴くには「c)ステレオミニ→モノラルミニ」のジャックが必要です。個人的には片耳だけでも十分だと思いますけどね。
⑤スマホ固定ホルダーとFotopro 卓上三脚 KFPT-1
こんなふうに組み合わせて使います。ホルダーはスマホ用のものですが、これがパナのサイズにぴったりなのです。机に直に置いても十分音は取れますが、このように少し高さを持たせることで、より優れた音質が期待できます。自分の前に置けばマイクスタンドにもなります。
写真の右半分は、こちらもIT系「製品トレーニング」。逐次通訳でしたが、貸会議室の規則でマイクの使用が禁止されていました。席のレイアウトは謎のドーナツ型。しかも席数の都合で講師の後ろに座らなければなりませんでした(黒髪ボブカットの女性はインド人の講師です)。
背中を向けて話す人の通訳は、たとえ距離は近くても聞きづらく、できれば避けたいものですが、お客様の強い希望ともなるとやむを得ない場合もあります。そんな時、逐次通訳でもパナの耳取りは役に立ちます。長丁場の仕事では特に後半の疲労度の違いでその効果をはっきり実感できます。
もっと背の高い三脚を使うと、こんなことも可能。三脚はこちらもカメラ用のものです。
こんな風にマイクを直立させて会議室の中心に置くことで、全員の声を拾ってくれます。頻繁に話す人や声の小さな人に向けてわずかに傾けるとより効果的。話し手の真ん前に置くよりは多少聞きづらくなりますが、それでも同時通訳に十分耐えうるクオリティです。
⑥ケーブル類
パナ送信機は、なんとPA操作卓や会場の音響システム、アンプなどに直接つないで音声を飛ばすことができます。高性能のマイクで拾うよりもさらに音質がUP。実質的にはブースの音声と遜色ないレベルが期待できます。
生耳パナ同通はもちろんのこと、逐次通訳でも屋外のイベントや天井の高いホテルの宴会場、クラブイベントなど、周囲の雑音や音の反響が心配な会場で威力を発揮します。
モータースポーツのイベントで通訳する筆者。これならエンジン音やDJのBGMも怖くない?!
音声ケーブルは主に「XLR」と「RCA」のいずれかです。それぞれ「オス」と「メス」の2種類があり、どれを使うかは接続先の機器によって様々です。XLRのオスとメス、RCAのオスとメス、の計4種類があれば、ほぼ全ての機器に対応できます。また、オス→メス変換アダプターがあれば、ケーブルを全種類そろえる必要はありません。パナガイドに挿す側の先は「モノラルミニプラグ」。こちらも変換アダプターを使用します。
たまたま挿してみて上手くつながることもありますが、音と電気の世界は奥が深く、そう簡単にはいかないのが常。会場の音響スタッフにケーブルとパナ送信機を渡して接続をお願いすると安心です。その際は「ラインレベルをマイクレベルに落としてこの機器に接続してください」と頼めば分かってもらえます。派遣会社経由で事前にお願いしておくと、ケーブルも用意してくれる場合もあります。
持っていると便利なケーブルとアダプターは以下の通り。
⑦スマホ用キーボード
パカっと開くとスマホ用のキーボードになります。こちらは「手の能力の増強」…というとこじつけかもしれませんが「通訳しながら検索」する時の強い味方です。
スマホを立てるスタンドが本体と一体化しているので、持ち運びしやすくコンパクト。また、複数のデバイス(3台まで)を同時に接続可能なので、機能キーで瞬時に切り替えてスマホとタブレットを交互に入力したりもできます。
「通訳しながら検索」については、過去の記事(第9回「発表!!アプリ大賞☆」で「Just Quick Search」という検索アプリに絡めて書きました。そちらも併せてご覧くださいね。
あとがき
今回の記事を書いていて、つくづく思いました。プロ通訳者は、そうでない方から見れば「超人的な離れ業」をやってのけているように見えるのかもしれませんが、視力や聴力は至って普通の人間。聴こえないものは聴こえないし、見えないものは見えない(笑)。しかも、聴こえなければ訳しようがないんですよね。…いや、ホントに笑い事ではなく、そんな当たり前のことでも分かってくださらないお客様が実は少なくありません(ハヤクニンゲンニナリタイ・・・)。読者の皆様には、この記事を通じてそういう苦労もあることを知って頂けたら幸いです。
というわけで、前・中(1/2, 2/2)、後編と、4回にわたってお届けしてきた「新年(…度)特別記念号」シリーズも今回で完結です。また次号からは通常営業(?!)となります。引き続きご愛顧のほど、よろしくお願い申し上げます!!!
平山敦子
Atsuko Hirayama
会議通訳者。得意分野は司法、軍事、IT、自動車など。元米国大統領、経済学者など著名人講演の同時通訳も多数。この仕事を目指したきっかけは大学在学中のアルバイト。スポーツイベントのバイリンガルスタッフとして働いていたが、ある日現役のプロ通訳者と同席、その仕事ぶりを目の当たりにし衝撃を受ける。
「私もこんな風になりたい!」とアルバイトに精を出す(?!)うちに、いつしかそれが仕事に。通訳界では知る人ぞ知るガジェットおたく。パフォーマンスを最大化してくれる優れモノの道具を求め日々研究中。