【第12回】翻訳・通訳会社のクレーム処理「オンライン通訳でのクレーム」
翻訳・通訳会社は、翻訳者・通訳者には見えない舞台裏で様々なクレーム処理を行っています。本連載は目的は、その一部を紹介することで、翻訳・通訳会社が日々取り組む業務に関して理解を深めてもらうことです。執筆は現役の翻訳・通訳会社コーディネーター。登場人物はすべて仮名です。
前回、オンライン通訳でどのような方が指名されるのかについて述べましたが、今回はクレームについてです。クレームというより、気になった点とでもいいましょうか。リアルな現場では通訳パフォーマンスがよくても振る舞いなどでクレームがあったことは、以前コラムに書きました。しかしオンラインだとまた少し事情が異なります。
Case 1
大手電機メーカーA社から顧客向けセミナー&ディスカッションでのZOOM同通依頼
役員クラスのプレゼン、ディスカッションの通訳の依頼に対し、コロナ前によくご指名頂いた、通訳者サトウをおさえました。サトウさんが対応できればもう問題ないでしょう。コーディネーターの仕事はクライアントご希望の通訳者のスケジュールをおさえられたら、もう80%OKだと正直胸をなでおろしていました。その時までは。
案件終了後、クライアントからのこのようなフィードバックを受けました。
「サトウさん、現場のときは感じなかったのですがオンラインで聴いているとたまに誤訳があるんですよ。単なる資料に沿ってのプレゼン部分では問題ないのですが、例えや技術から少し離れた話になると変だということに気付きました。今後違う方にしてくれますか。すごくダメという訳ではないですが、僕がたまに訂正しなきゃいけないこともあって、会議に集中できないんですよ。」
サトウさんはリアルな現場ではご指名も多く、役員のお墨付きもありA社の案件は10年近くお願いしていました。要因は一概に言えませんが、リアルな現場よりも情報が限られているため、よりパフォーマンスに集中されるようになったからかもしれません。振る舞いといった情報は遮断され、イヤホンから聞こえる一言一句、声の情報だけに限られます。今まで気づかなかったようなことも、気になるようになったのかもしれません。…残念ですが、サトウさんにはA社案件はお願いできなくなりました。
Case2
外資系金融B社海外社員のオンラインセミナーでの通訳依頼
クライアントからの依頼に対し、エージェントは前回対応したオカノさんのスケジュールをおさえました。しかしクライアントからは「オカノさんは英語への通訳は得意だけど、英日訳はそんなに得意じゃないように感じました。違う方にお願いできますか。」と、シビアなお返事がかえってきました。
オカノさんはクライアントと過去案件を担当しており、金融分野にも慣れていました。外資系金融で求められる質は高いですが、日英訳が得意か、英日訳が得意か、以前よりもパフォーマンスへの評価の目が厳しくなっているのを感じます。これもオンライン開催になったことが要因のひとつかもしれません。これまでも通訳を聞いて評価することに変わりありませんが、手配担当者としてはオンラインになったことでより集中して通訳を聞く環境が整い通訳パフォーマンスをチェックしやすくなったのかもしれません。厳しいですが評価の精度も上がり、指名される通訳者も変わりました。
Case3
化学メーカーC社オンラインワークショップの通訳依頼
「先日のスズキさんの通訳ですが、かなり専門的に深い話だったので少々わからない部分があってもいいのですが、ためいきと、小さい声でわからない…って、聞こえたんですよ」
案件後クライアントからのフィードバックです。
この案件は顧客獲得のため、クライアントにとって大事なワークショップでした。全体的に通訳は「悪くない」という評価でしたが、漏れ聞こえた「わからない…」の声は聴き手に不安を与えてしまいました。故意ではなかったとはいえ、通訳以外でのこの一言は聞き手の印象に残ってしまいます。残念ながら、スズキさんはC社にアサインできなくなりました。
オンライン会議において性能のいいマイクには、注意が必要です。思いがけず周囲の音をひろった、自分の担当終了後にミュートにするのを忘れて生活音が聞こえてしまった、「お疲れ様です」というような通訳者同士の会話が入ってしまった等々。些細なミスで注意を促す程度のクレームほどではない場合もありますが、事前にマイクの性能をテストし動作にはくれぐれも気をつけてください。
Case4
リモート同時通訳、通訳パートナー間でのトラブル
「通訳者間の交代がスムーズではなかったような気がします。」
クライアントからご指摘を頂きました。
今回担当したこの通訳者2名が組むのは初めて。コーディネーターとしてはもちろん通訳者同士の相性も考慮しますが、クライアントとの相性や通訳者の実績経験を優先します。皆様プロフェッショナルでいらっしゃいますので、初めてのパートナーでもたいていは大丈夫なものです。
しかしある日、一方の通訳者から「連絡がない」とコーディネーターに電話が来ました。声からもちょっとイライラされているのが伝わってきます。
リアルな通訳案件では少なかったですが、通訳者間で事前に打ち合わせするケースは増えました。お互いにご連絡を希望された場合には、コーディネーターから連絡先を共有し、交代のタイミングについて確認したりや過去案件の経験を共有、通訳者間でお打合せをして頂きます。
なかには「忙しいのにオンラインになったからといって、事前に連絡をとらなくちゃいけないなんて!」「交代はタイマークロノグラフで決めているからいいじゃない?」と思われる方もいるかもしれません。案件終了後になってからも、タイマー通りではなく自分の通訳パートが多くなったという不満もよく耳にします。
たしかにご多忙中に事前打ち合わせの時間を割くのは難しいかと思いますが、出来れば協力的にお願いしたいところです。些細なことですが実際にクライアントからの指摘もありました。通訳パフォーマンスという意味で同じく評価されることにもつながります。通訳者同士お互いを思いやる気持ちが大事なのではないでしょうか。
今回のポイント
・パフォーマンスの評価は厳しくなっています!
・オーディオ機器に注意。特にマイクのミュートはお忘れなきよう!
・パートナーを思いやる気持ちの余裕をもちましょう。