【第9回】通訳案内士のお仕事~北の大地から「通訳者と通訳案内士」
皆様、こんにちは。北海道の通訳案内士・通訳者、飛ヶ谷園子です。前回までは通訳案内士の仕事について、北海道での現状を交えながらお伝えしてきました。今回は通訳者と通訳案内士の仕事の違いについてお話しします。
通訳者の仕事、通訳案内士の仕事
通訳者と通訳案内士、どちらも高い語学力と幅広い一般常識、さらに特定の分野の専門知識が必要とされる職業です。ですが、その仕事内容や違いについては世間ではほぼ認知されていません。通訳案内士の業務の中には、施設のスタッフの説明を通訳する機会が含まれることもありますし、宿泊施設や飲食店等で簡単な通訳をすることはよくあります。しかし、スタッフの方々に「通訳さん」と呼ばれると、どうしても違和感を持ってしまいます。通訳者と通訳案内士では、そもそもの目的が全く異なるからです。
通訳者の仕事の目的は言うまでもなく、言語の伝達です。話し手の発言を正確に伝えることが目的であり、そのために必要とされる高度なスキルを得るために、通訳者は日々訓練を積み重ねるのです。通訳の現場は、逐次通訳であっても同時通訳であっても時間との戦いで、無駄にできる時間は一瞬もありません。また、通訳者はデリバリーにも気を配りますが、それは聞き手の理解をスムーズにし、集中力を持続させるためです。
それに対して、通訳案内士の仕事の目的は外国人観光客を楽しませることです(ここまでの連載では、通訳案内業務の中で旅程管理の部分を主にお伝えしてきましたが、ここではガイディングの面にしぼってお話します)。通訳業務との最大の違いは、話す内容を自分で選ぶことができるということです。これを「苦手な分野は話さなくていい」と考えているとドツボにはまり、単語をど忘れした話題を避けようとした時に限って、そこをねらったかのようにピンポイントで鋭い質問がとんできます。ただし、ガイディングの時間配分は自分次第なので、多少時間をかけても最終的にわかってもらえればいいとう側面もあります。
それよりもガイディングで一番難しいのは、お客さんを飽きさせないということです。通訳案内士の研修などでは、「お客さんは旅行を楽しみに来ているのであって、勉強をしにきているわけではない」とよく言われます。どれだけリサーチをして知識をたくさん持っていても、それをただ伝えるだけでは飽きさせてしまいます。お客さんの興味に合わせて情報量をコントロールする力、また外国語でのストーリーテリングの力が求められます。少人数のツアーでは参加者の興味を把握することも難しくはありませんが、クルーズ船の寄港地ツアーのように、大型バス1台分(約40人)の参加者を相手のことを知る時間もなく楽しませるにはかなりのトーク力が要求され、エンターテイナーとしての自覚を持ちながら業務にあたる通訳案内士も多くいます。
覚えなくていい単語
こうして比較するとよくわかりますが、通訳者と通訳案内士の仕事は大きく違っています。そしてそれぞれにやりがいと面白さがあるのです。
数年前、12名のイギリス人のツアーを案内していた時のことです。バスの中で、座席の頭があたる部分にかかっている白いカバーのことを話題にしました。日本語ですら正式名称のわからないこのカバーのことを ‘cloth’ と呼んだところ、一人の男性が突然「それは antimacassar というんだ」と言い、19世紀イギリスではmacassarという油が男性用整髪料として広く使われ、それが椅子などにつかないようにかけられたカバーをantimacassarと呼んだのが語源だということを滔々と語りだしました。私が「その単語知りませんでした、ありがとう」と言ったところ、残りの11人(その男性の奥さんを含む)が口々に「そんな言葉私も知らなかった」「覚える必要はない」と言い出し、結果として数年たった今もその単語は忘れられません。このように通訳案内業務では覚える必要のない(とネイティブが言う)単語を覚えてしまうこともしばしばあり、それを通じてのお客さんとのコミュニケーションを含め、この仕事の面白さの一つだと個人的に思っています。
通訳者と通訳案内士はそれぞれに高いスキルが求められ、異なる難しさがありますが、それはまたそれぞれの面白さとやりがいがあるということでもあるのです。
次回はいよいよ本連載の最終回です。内容は次回更新をお楽しみに。
飛ヶ谷園子(ひがや そのこ)
北海道札幌市在住。全国通訳案内士(英語・ドイツ語)、英語通訳者。北海道通訳案内士協会理事。日本の漫画・アニメに興味のあるお客様とのコミュニケーションを強化するため、現在様々な漫画を読んで勉強中。