【第1回】Welcome to the Ballpark! 「球春到来」
いよいよ、野球のシーズンが開幕しました。今年も、選手たちが球場で繰り広げる数々のエキサイティングなプレーが、私たちを大いに楽しませてくれることでしょう。そして野球に限らず、オリンピックを間近に控えて様々なスポーツが盛り上がりを見せています。どの競技でも、熱気溢れるシーンに胸を躍らせ、多くの感動を得たいと思っています。
私は、スポーツ界で多く仕事をさせていただいている通訳者の中曽根俊と申します。スポーツに関する仕事、特に野球に関わる仕事を請け負うことが多く、以前は6年にわたり千葉ロッテマリーンズというプロ野球球団で監督を務めていたボビー・バレンタイン氏の専属通訳をしていました。千葉ロッテ球団在籍時には、日本シリーズ制覇、そしてアジアシリーズ制覇という貴重な経験もさせていただきました。この連載では、スポーツ界では通訳者がどのような仕事をし、どれだけ貴重な経験や思い出を得られるのか、またどのようなスキルを身に着けているのかなどについて、野球を中心にお伝えしていこうと思います。
野球界で通訳者が求められる場というのは、プロレベルであることが多いと思います。アマチュアでも、世界大会が開かれるときなどは、他のスポーツ同様に通訳者が必要になるでしょうが、例えば日本のプロ野球やラグビーのトップリーグ、サッカーのJリーグ、バスケットボールのBリーグなどは常に外国人選手(いわゆる「助っ人」)が所属していますから、通訳者も必ず存在します。最近のプロ野球界では、英語を話さないラテン系の選手が所属するケースも増えているため、スペイン語⇔日本語の通訳を用意している球団も見られます。もちろん、アメリカのメジャーリーグでも、日本人選手が所属している球団は英⇔日の通訳を雇っています。またメジャーリーグでは、地理的な理由もあり、日本よりもラテン系(アメリカ国籍を持たない中南米出身)の選手がはるかに多く、その数はメジャーリーグ全選手の23%に達しており(2018年シーズン開幕時)、スペイン語と英語の2か国語を話せる通訳者をチームに置くことが、数年前から制度化されるようになりました。
では、このような仕事はどうやって探すのか?日本のプロ野球の場合、外国人選手と何人契約するかによって通訳者の必要数が変わるため、各チームに所属する通訳者の数はまちまちですが、1チームあたり3~5人の範囲が主流だと思います。その中で、他の仕事に就くなどして通訳者が退団したり、外国人選手の数を増やして通訳者が足りなくなったりした時に、代替あるいは追加の通訳者が必要になります。最近では、こうした場合に公募することが多くなっているので、シーズン終了後にスポーツ新聞の球界短信欄や球団ホームページで、球団の通訳者募集のお知らせが出ていることがあります。もちろん、状況によってはシーズン中にも公募をかける可能性もありますから、興味がある場合は常にアンテナを張っておくことが大切でしょう。公募以外にも、球団関係者が知り合いのツテをたどって通訳者を探すことも多々あります。いろいろな人に出会っておくと、どこかで球界・スポーツ界につながる可能性も増えると思います。
ちなみに、私の場合は全く違った方法でバレンタイン氏の通訳になりました。バレンタイン氏がメジャーリーグのニューヨーク・メッツの監督をしていた2000年の春にMLBが史上初の北米大陸以外での開幕戦を開催し、東京ドームでメッツとシカゴ・カブスと対戦した際、私はメッツのチーム付き通訳のお仕事をいただき、初めてバレンタイン氏と対面しました。すると、その年末にイベント出演のため氏が来日した際にも、春の開幕戦で知り合った方からご連絡をいただいて通訳業務を請け負い、その後も2年続けて同じイベントで通訳をさせていただいたことでバレンタイン氏と個人的に親交が深まり、直接メールでやり取りをするようになりました。2003年の秋、翌年からの千葉ロッテマリーンズ監督就任が決まった時には「通訳の面接に来るか?」と声をかけていただき、そこからトントン拍子に話が進んで専属通訳に就任したのです。こういったケースは実に稀だとは思いますが、一つ一つの出会いを大切にしておくことが、後に思わぬ仕事につながることもあるのだと、痛感しました。特殊なケースではありますが、やはり横のつながりから話が発展した例のひとつだと思います。
メジャーリーグでプレーする日本人選手をサポートする通訳者の場合は、多くの場合、選手の契約交渉を行う代理人事務所が探すことが多いようです。しかし、ごく稀に球団スタッフの縁故(球界の知り合いと会食をしていた時に紹介されたとか、球団が所属する地域の大学の留学生の中に適任者がいないかを問い合わせるとかなど)を伝って見つけたり、あるいは公募したりすることもあるので、日本球界からメジャーリーグに挑戦する選手が現れた時は、選手が契約した球団がある地域の求人広告をチェックしてみるのも、興味がある方には一手かもしれません。
ただ、野球界の通訳者はあまり高い報酬を望めません。近年、日本プロ野球界の通訳者(チームに所属する場合)は、若い人材が求められる傾向にある気がします。その一因は、コストの抑制でもあるので、報酬が抑えられてしまっています。アメリカの場合、メジャーリーグではチームによって雇用形態にかなり幅があるようで、一概には言えないようです。完全なフリーランスとして扱われるか、球団または代理人事務所の一員として扱われるかでも差があり、住宅手当や通信費などがカバーされるかされないかの点でも違いが出るようです。いずれにしろ、日本球界と比べ物にならない金額をもらえるかというと、そのようなことはなさそうです。日米どちらにしても、野球界の場合は、一般的な通訳業務に携わるよりも低い報酬を覚悟しなければならない可能性は高いです。
さて、肝心の仕事の内容ですが、こちらも一般の通訳業務とは大きく違う点がいくつかあります。何よりも、ただ単に通訳が必要な時間(例えば会議など)が終わったら業務終了ではないところが最大の違いです。というのも、選手や監督が球場にいる間だけ通訳業務が発生するのではないからです。試合がある日でも試合前に球場の近くでイベントがあって選手・監督が出演する場合は、そこに出向かなければなりませんし、選手・監督が球場に向かう前に自宅で何かトラブル(電化製品が故障した!家族が病気になった!)などがあった場合には、そのケアもしてあげなければならなくなります。ですから、通訳業務オンリーではなく、監督や選手の身の回りの世話係(もしくは秘書またはマネージャー的存在)になることも、野球界・スポーツ界の通訳者には求められるのです。
そんなに仕事をさせられて、なおかつ給料が低いんじゃ、やってらんないねぇー!と思われるかもしれません。もちろん、おっしゃる通りではあるかもしれませんが、その代わりに得られるものもたくさんあるのが、スポーツ界の現場で働く醍醐味だと思います。どの競技でも、今日臨む試合に対しては選手だけでなく、通訳者を含めた裏方も一丸となって、勝利を目指して全力を傾けます。それぞれが大切な役割を担っているのを自覚し、自分にできる仕事に目いっぱいの力を注ぎこみます。裏方の努力があってこそ、選手たちはグラウンドで、フィールドで、コートで、最高のパフォーマンスを見せることができるのです。その結果、試合で勝利を得た時には、得も言われぬ達成感と満足感を覚えます。そのような試合を1つ1つ積み重ねていって、優勝を経験した時は…。まさに、天にも昇るような気持ちになりました。通訳者としての自分の仕事が、果たしてチームのどの部分に良い影響を与えたのかは、まったくわかりません。ただ、監督が無言で1年間過ごすことなどあり得ませんから、長いシーズンの中で、監督が発した選手の心に響く言葉を、通訳者として何かしら伝えられたのではないかと思っています。
思わず、野球の話になって熱が入りすぎてしまいました。もっと、他のスポーツで経験したこともお伝えしようと思ったのですが、話があちこちに飛び散りすぎる気配がしてきたので、第2回に持ち越させていただこうと思います。
中曽根 俊(なかそね しゅん)
ウェストヴァージニア大学卒業。フリーランスの通訳・翻訳者として、NHK衛星スポーツでのアメリカ3大スポーツ中継番組やCNNワールドスポーツでの翻訳・ボイスオーバーなどに携わる。主な通訳経験は、千葉ロッテマリーンズ球団ボビー・バレンタイン監督専属通訳、第1回World Baseball Classic優勝監督・MVPインタビュー通訳、MLBワールドシリーズ・NFLスーパーボウル中継での表彰式同時通訳、プロ野球オールスターゲームのオフィシャル通訳、イチロー選手マイアミ・マーリンズ入団会見通訳、東レ・パンパシフィックオープン・オフィシャル通訳など。