【第4回】翻訳・通訳会社のクレーム処理「準備の重要性」
翻訳・通訳会社は、翻訳者・通訳者には見えない舞台裏で様々なクレーム処理を行っています。本連載は目的は、その一部を紹介することで、翻訳・通訳会社が日々取り組む業務に関して理解を深めてもらうことです。執筆は現役の翻訳・通訳会社コーディネーター。登場人物はすべて仮名です。
お盆も過ぎ、いよいよ秋の気配が僅かに感じられる今日この頃ですが、皆様はいかがお過ごしでしょうか。そんな夏の終わりが近付く中ですが、皆様は、日頃の仕事が行われる前の、前支度、いわゆる、“準備”に関してどのようにお考えでしょうか。様々な案件を受ける中でも、備えが無くては憂えてしまいます。当り前のことを、当り前にした状態で、現場に向かわなければならない、今日はそんな“準備”の重要性についてのお話です。
朝、7時。いつものように起床したウラタさんは焦っていました。時間はいつも通りです。体調も問題ありません。何が問題だったのか。彼女はテーブルの上に乱雑に放置された資料を見て、自分自身の不甲斐無さに、がっかりしました。『やってしまった・・・』そうです、彼女は昨晩までにチェックし、よく確認しなければならない資料に目を通さないで、そのまま寝てしまったのです。『どうしよう』気持ちは焦りますが、時間は待ってくれません。とにかく、今は現場に向かわなければなりません。ウラタさんは、スーツに着替えて支度をしました――
――彼女が今日、向かう現場は、都内の某大学院の教室で、とある病気の海外での最新発表となります。発表される内容は日本で初めて公開される内容となっております。もちろん、聞きに訪れる方々は、最新の情報に興味深々です。会場に着き、出入りする人の真剣な眼差しを見て、ウラタさんの焦りは更に増していくばかりでした。
「どうしよう」
思わず彼女は、小さい声で独り言を云ってしまいました。今の気持ちをこの吐露するように。
「どうかなさいましたか」
その声に驚いて振り向くと、関係者のサガワさんが居ました。
「すみません。問題ありませんよ。大丈夫です」
「何か、ご心配のことがあれば、気兼ねなく言って下さいね」
「分かりました。ありがとうございます」
ウラタさんは冷静を取り戻すことに努めました――ここで失態を犯してはいけない――準備不足でも、何とかしないと・・・。
いよいよ、研究発表が始まりました。トルーマン博士の英語は、全体に聞きやすく、また分かりやすいものでした。しかし、準備不足、勉強不足もあって、何度か、通訳がおぼつかなくなる箇所が、次、次、と出てきてしまいました。一度、狂い出した歯車というのは、収集のつかない場所へと向かおうとしてしまします。そして、遂に、発表会に来ていた受講者の方が、「私が代わりに話します!通訳します!」と言って、マイクをウラタさんから取ってしまう事態が起こってしまいました。節々からは、「これなら、通訳の意味が無いじゃない。腹が立つ・・・」という声さえ出てきてしまう始末でした。彼女が、とてもこの会場の中に居て良い空気はありませんでした。
『もう、後悔しかない。どうしたら良いのだろう。昨日の夜、どうして私は寝てしまったのだろう。こうなると分かっていたのにも関わらず、どうして。それより前に、しっかり準備をしていたら、こんな事にはならなかったのに』
現実は、残酷に、無情に、ウラタさんを苦しめていきます。そして、研究発表は終わり、彼女は一人、大きな後悔を残して、会場を去りました――
――その後、クライアントからエージェントに連絡がありました。
会議出席者が代わりに通訳をすることになり、通訳として業務をなさなったことを指摘されました。通訳コーディネータは、音声状況、新しく資料が出たのではないかなど通訳者にも状況を確認し、また連絡することにしました。ただ、ウラタさんは今後リストから外してほしいと言われてしまいました。
どのようなビジネスの場であったとしても、“準備”を怠ってはなりません。それは、仕事以外でも、全てのことに当てはまることでしょう。だからこそ、前持ったスケジュールの管理は言うまでもありません。このような事態を引き起こさないためにも、日々、気を引き締めていく必要は無論御座います。これもまた、以前にコラムに書きました、“自己管理”に繫がる項目かと思います。このようなことが起きないよう、しっかりと“準備”をお願い致します。
今回のポイント
・当たり前のことだが、準備は怠らない
・自分のパフォーマンスに懸念があるときは、クライアントから連絡がいくまえに、エージェントに連絡しておく