「国際会議デビュー!体験記~満元証」
国際会議の同時通訳デビューという、有難くも緊張感たっぷりだった機会を頂いたので、私からこのお仕事を受けるに至った経緯や学んだことをささやかながらお伝えしたいと思います。改めて、このような貴重な機会を下さった関根さん、サポートとして助けてくださった通訳者の熊野里砂さん、そして共にデビュー戦を駆け抜けてくれた上妻さん、ありがとうございました。
今回私がご紹介頂いた案件は、グローバルグリーンズが主催するオンラインイベント“Connecting for Green Action”のZoomでの国際会議の同時通訳のお仕事でした。グローバルグリーンズとは、環境政策を掲げる世界各国の政党(主に緑の党)が所属する国際組織で、今回お仕事を頂いたイベントは、2023年に韓国で行われる会議のプレイベントという位置付けでした。オンラインでの開催かつ、世界各国のスピーカーが登壇するイベントだったため、ほぼ24時間、常に何らかのテーマで環境問題やスピーチが行われていました。
数あるセッションの中で私が通訳者として関わったのは、アジア太平洋地域のグローバルグリーンズの地位向上について各分野の専門家が語る英語セッション(英日同通)、日本の緑の党(グリーンズジャパン)率いるスピーカーによる「原子力は決して解決策にはならない。福島から学ぶ」(日英同通)、そして主催団体による、グローバルグリーンズの紹介と今後の活動内容を検討する視聴者参加型のセッション(英日同通)の3つです。
このお仕事を頂いた経緯を簡単に説明すると、JACIの理事でもあり、現役の通訳者でもある関根マイクさんから直接ご連絡いただき打診を受けたことがきっかけでした。関根さんには私が通訳者を志す前から大変お世話になっており、また、一年ほど前には彼が主催していたオンライン通訳塾に受講生として参加していました。
グローバルグリーンズのお仕事は、元々は以前から関根さんが 通訳者として稼働されていた案件で、このイベントもグリーンズジャパンから関根さんと彼とつながりのあった通訳者の熊野さんに打診があったようですが、関根さんから、私と、同じく彼の通訳塾で共に学んだ上妻さんを推薦いただきました。
実際のセッションの通訳は私と上妻さんがメインとなり、関根さんと熊野さんはサポートに入るという形になり、各セッション2時間を10分交代の3人一組体制で行うことになりました。12月の末に打診をいただいたので、2月5日の本番まで1か月ほど準備期間がありました。
【会議の準備について】
打診を受けてすぐに、日本側のスピーカーの皆様からは原稿やスライドが届いたので非常に助かりました。しかし、1か月の時間的余裕があったことと、原発という文系人間の私にとっては未知の分野だったこともあり、テーマに尻込みし「焦らなくても大丈夫だろう」と思い、なかなか準備を始められませんでした。
イベント当日が近づくにしたがって焦り出し、ようやく原発関連の本を読んだり、YouTubeで解説動画を漁ったり、福島原発の事故当時のニュース映像を見始めました。本を読み始めてすぐに、準備をもっと早くに始めなかったことを後悔しました。勉強をしていてわからないこと、気になったことだけでなく、セッションの内容以外にも、主催団体の情報や各スピーカーの略歴など、イベントやセッションの全体像を把握しておくべきための諸々の情報といった、通訳者として事前に学んでおくべきことが山ほど出てきました。恐らく、十分な時間を事前の準備に費やしていたとしても、満足することはなく、結局不安が無くなることはなかったと思いますが、それでももっと勉強しておくべきだったと思いました。最前線で活躍されているトップレベル通訳者の方々は、日々新しい案件がカレンダーに入っているでしょうから、1か月丸々、一つの案件の準備だけに集中できることはそうそうないでしょう。そのことを考えても、もっと計画的、効率的に準備をしなければいけないと反省しました。
お尻に火がついた頃から徹夜で読み込んだ書籍。残念ながらこの本から学んだ内容は本番ではほとんど活かされず・・・。
また、これは今回の案件だけに限ったことではないですが、常々、私が意識していたことは、報酬に対してどれくらい準備時間をかけるかという問題です。たとえ、案件の報酬が高かったとしても、その会議に備えるのに相当の時間をかけていた場合、準備から会議終了までの稼働時間をすべて含めて時給当たりで換算すると割に合わない案件だった・・・となってしまうことは避けるべきではないかと思っています。一方で、この問題は今後も考え続けなければいけない問題だとは思うものの、これは経験を積んだ通訳者が意識するべきことで、まだまだ経験や実力の少ない私にとっては火傷する考え方かも知れない、と感じました。
【国際会議当日】
これまでも社内通訳者として生耳通訳という形態で同時通訳を行った経験はあり、日本人、シンガポール人、インド人、フィリピン人、ドイツ人等々・・・といった様々な人種のアクセントの通訳を行ったことがあるので、その経験が活かされるかと思っていました。しかし、英日の同通セッションは非常に難しく、苦労しました。日英のセッションと異なり事前に資料の提供がほぼなかったため、誰が何を話すのかわからず、出たとこ勝負で訳すしかありませんでした。セッションが始まると、グアムで人権派弁護士として活動する方、コロナワクチンの公正な供給について活動されているインドの方、フィリピンで地域社会の向上のために活動されている環境活動家など、世界の様々な地域で活動するプロフェッショナルの方達がグローバルグリーンズの影響力拡大のためにアドリブでディスカッションを行いました。私とパートナー通訳者の上妻さんは、表面上はポーカーフェイスで、内面ではスピーカーの発言に食らいつこうと必死にもがいていました。
全体的に難しい会議ではありましたが、一時的に調子良く通訳ができるところもありました。その時は、スピーカーの発言内容をしっかりと理解できているという自覚があり、やはり、通訳の出来、不出来は普段の知識の蓄積によるところが非常に大きいという点を改めて感じました。私は企業のインハウス通訳者として会議を任されることもありますが、守秘義務などの事情もあり資料が出てこないことはよくあります。事前に資料があれば当然準備はできますが、資料がない場合でも、普段からあらゆる分野の見識を広げておくことで、このような状況における通訳品質の「下限」は底上げできるということを改めて実感しました。
【国際会議に挑戦してみて】
今回の国際会議では、勉強不足や実力不足を感じる場面が多々ありました。一方で、少し背伸びして挑戦する良い機会にもなりました。いつも同じテーマや同じ会議の通訳だけをしていると、次第に緊張感は薄れますし、また、知識の蓄積で準備に時間をかけなくても通訳できるようになってきます。継続的に新しい分野に果敢に挑戦することで、初心を思い出すとでもいうような、ヒリヒリするような緊張感と終わった後の達成感を味わえるようにするのは、モチベーションを保つ上で非常に大事だと感じました。
とはいえ、イベントが終わった直後は、自分の通訳の出来に申し訳ない気持ちでいっぱいだったのですが、サポートとして入ってくださった熊野さんがおっしゃった「(色々なトラブルでバタバタとしたイベントだったけど)これに懲りずにまたお願いします」という一言に救われた思いがしました。
こうして改めて振り返ってみて思い出すのは、大学時代にある通訳者の方から伺った「通訳は現場を荒らして成長する」という言葉です。通訳者は色んな現場で迷惑をかけて経験を積んでプロになっていくものだ、という意味でおっしゃったのだと私は理解しています。
また、養老孟司氏は著書の中で、人生と社会をスポーツの試合のように例えています。「自分が生まれた時には、もう既に世の中というフィールドで試合が進行していて、その中に急に放り込まれる。既に経験や知識を積んだ人が競い合っている中で結果を出すなんて無理に決まっている。それでも私たちはフィールドに出ていかなければいけない。」というようなことを言っています。このように考えると、多少は自分の実力に対する不安を和らげることができるかもしれません。
通訳者として、会議に備えてベストを尽くすべきなのは当然のことですが、会議がどう展開するかは始まってみないとわかりません。上手くいくこともあれば、そうでないこともあるはずです。仮にやらかしてしまったとしてもどうせ死ぬわけではありません。新しい可能性と不安を前に尻込みしてしまいそうな時には、私は「通訳者は現場を荒らして成長する」という言葉を思い出して自分を奮い立たせるようにしています。
【つながりも大事】
また、今回のお仕事を通じて、私が通訳者を目指すきっかけとなった関根さんと、そして通訳塾で共に学んだ上妻さんと一緒にチームを組んで同じ仕事ができたのは非常に感慨深かったです。私は高校時代のインターンシップで関根さんの法廷通訳を傍聴したことがきっかけで通訳者を志すようになったのですが、そのきっかけとなった方とチームを組んで通訳をした経験は非常に良い刺激になりました。そして、改めて通訳を拝聴して比べることで、自分の実力を磨く余地がまだまだあると感じました。
もう一つ、再度学んだことは、業界で活躍する方達や仲間と繋がっておくことの重要さです。今回、お仕事をいただけたのは、関根さんが私や上妻さんの人柄や実力をある程度把握されていたからでしょう。また、パートナー通訳者の上妻さんとは通訳塾を通して既に顔馴染みの間柄だったため、会議開催前から非常にコミュニケーションが取りやすく、イベント開催前も、本番当日も仕事がしやすかったです。また、上妻さんには積極的な情報共有で何度も助けられました。この場でお礼申し上げます。様々なつながりが仕事につながることを体験した経験でもありましたし、また、顔も実力も当日までまったくわからない方とチームを組むのとそうでないのでは、緊張感や仕事のしやすさに大きな違いが出るということを実感しました。
【おわりに】
最後に、今、案件を打診されていて受けようか悩んでいる私と同じような境遇の方、もしくはこれからそういったことが起こる方のために、私が今回の体験を通じて学んだことをお伝えしたいと思います。
先輩通訳やエージェントからオファーが来るということは、多少なりとも実力や経験を評価してくれていて、「この人ならできるだろう」と思ってくださっているからだと思います。なぜなら、紹介する側にも、望まない結果が起こることで自分の面子が潰れてしまうリスクはあるので、安易に実力を知らない人を紹介することはできないはずだからです。それを承知で紹介してくださっているという事実を冷静に捉え、今の自分に自信を持っても良いのではないでしょうか。もし誰か自分を知る人から難しそうな案件を紹介され、挑戦するべきか不安に感じてしまっている場合は、えいやっと飛び込んで、とにかくベストを尽くすことに集中して、あとはどうにかなるという気持ちでいましょう。図太く、図々しく行きましょう!なぜなら、通訳者は現場を荒らして成長するからです。
・・・と、今後の自分に暗示をかけながら筆を置きたいと思います(笑)。
満元証(みつもとあかし)
日英通訳者・翻訳者。英語だけは得意だった高校時代のインターンシップで法廷通訳を傍聴し通訳になることを決意。テンナイン・コミュニケーション所属の国内外資系飲料メーカーのプロジェクト付き通訳を経て、現在はフリーランスとして国内某大手ゲームメーカーの社内通訳を務めながら地元沖縄で活動中。最近の趣味は地元沖縄の歴史・文化学習。いつか沖縄方言と日本語・英語の通訳になりたい。