「国際会議デビュー!体験記~オルセン聖子」

東京で約10年間、外資系企業のコーディネーターとして経験を積み、約4年前に地元沖縄へ移住。その後県内の建築設計会社に就職し、社内通訳翻訳者として会議の逐次通訳や資料の翻訳などをしていました。関根マイクさんのコラムを拝見したことがきっかけで本格的に通訳の勉強を開始し、無我夢中で通訳関係の本を読みあさる毎日。そんな中「日本通訳フォーラム2019」が東京で開催されると知り、すぐに参加を決意しました。

フォーラムでは様々なセッションに参加しましたが、中でも私の通訳人生を変えることになったのが、中国語通訳者の橋本佳奈さんのセッション「勇気を出して、ママ業から通訳業への道のり」です。育児と仕事の両立に悩んでいた私は、橋本さんのお話に励まされ、自己流で通訳者になった道のりに感銘を受けました。「努力を続ければ、私もいつか夢を叶えることができる!」と感じたのです。

フォーラムに参加して以来、通訳スキル向上のために今できることは全てやる、という気持ちで行動しています。JACI主催の「真夏の逐次通訳ワークショップ2022」はコロナの影響でキャンセルとなってしまいましたが、受講を予定していた渡真利いつきさんと私は、関根さんから突然通訳の打診を受けたのです。「やってみる?」のお言葉に一瞬頭が真っ白に。「良い意味でみんな期待していないから大丈夫だよ。」という関根さんのお言葉に、少し肩の力が抜けたような気がします。そんなさりげない優しさが嬉しかったです。

そうは言っても、私のような初心者がこんな大役を引き受けて良いのか迷いましたが、ウチナーンチュ(沖縄人)としてこれほど光栄なことは無い!このチャンスを逃がすものか!と、挑戦させて頂きました。

今回私が担当させて頂いたのは、 金城初美さんの第5回JACI特別功労賞記念講演「法廷通訳という仕事~半世紀の経験から」の同時通訳です。金城さんは、沖縄の本土復帰直後から通訳者として活動され、約50年にわたり沖縄を支えてきました。セッションの司会は、ベテラン通訳者の玉城弘子さんです。憧れの金城さん、玉城さんの通訳を務めさせて頂いた経験は一生の宝物となりました。貴重な機会を下さった関根さん、私の通訳担当を快く承諾して下さった金城さん、玉城さん、共に挑戦して下さった渡真利さん、イングリッシュ綾乃さん、ありがとうございました。

準備方法について

私にとって同時通訳は今回で三度目。通訳パートナーと交代で行うチーム制の同時通訳は人生初でしたので、オンライン共有タイマーの使用方法や通訳交代のタイミングなど基本を一から学びました。 Q&Aの時間を含む講演1時間半の同時通訳を7分交代の3人体制で行うことになり、渡真利さん、イングリッシュさんとチームを結成。以前からお付き合いのあるお二人と切磋琢磨できたからこそ、プレッシャーに負けず最後までやり遂げることができたと思います。

本番までの準備期間は約1週間。去年の同時通訳デビュー戦では、あるプログラムのセッション(約1時間半)を私1人で担当しましたが、スピーカーのスピードについていけず参敗に終わります。頭が真っ白になり、言葉が一切出なくなってしまったのです。事前に頂いた原稿やタイムライン表に頼り過ぎてしまい、スピーカーのアドリブや急なスケジュール変更に心が乱れ焦るばかり。アワアワしている間にセッションは終了してしまいます。徹夜で作成した単語帳も、通訳中はチラ見する余裕さえありませんでした。

今回は同じ失敗を繰り返さないように、二つのことにフォーカスして練習をしました。

一つ目は、メインメッセージに集中すること。二つ目は、パッと訳が出てこない時、頭がフリーズしないように最寄りの訳を準備することです。また、事前に頂いた講演のスライドを読み込み、内容理解と背景知識を得ることに時間を費やしました。

金城さんの受賞者コメントを音読し録音した音源を使って、スピーカーの話すスピードに追いつけるよう何度も同時通訳の練習をしました。表現方法や訳語を変え何通りも繰り返しやることで、緊張の中でも自然に口から訳が出るようになります。

難しく聞きなれない用語は特に、通訳中どうしても思い出せず言葉に詰まる原因となります。全体の内容や流れのイメージ化を意識することで、記憶に残り文の編集がしやすくなります。これは逐次通訳の経験から学んだことです。

通訳チームは本番までほぼ毎日オンラインで集まり、訳語の確認や通訳交代の練習をしました。沖縄の歴史や過去に起こった刑事事件について「この数字は抑えていた方がいいよね。この情報も頭に入れておいた方が良い。」と積極的に共有し合った情報が、本番の通訳で役に立ちました。

リモート環境設定についても細心の注意を払いました。今まで使用していたヘッドセットはワイヤレスでしたが、接続に手間取ることがあったので有線に変えました。パソコンも有線LANを使用。デスクの周りは不要な物を全て片付け、印刷した資料などもまとめてファイルに収めました。通訳中に資料や単語帳を見てしまうと、初回のように気が散ってスピーカーの発言を聞き逃してしまうことがあるからです。

「とにかく落ち着いて、タイマーセットとミュート解除さえ忘れなければ大丈夫!」沖縄出身の私たちは、なんくるないさーの精神を保ちながらも、痛いほどの緊張感に包まれて本番を迎えます。

同時通訳当日

講演開始前に通訳チームとブリーフィングした際、渡真利さんの「深呼吸!」という声掛けに気合が入りました。まさに、これから試合に出るアスリートの気分です。

二番手の私は順番が近付くにつれて手の震えが止まらなくなり、共有タイマーをスタートさせるのもやっと。最初のラウンドが終了するまで緊張で何をどう訳したのか全く覚えていませんが、何が何でも食らいつくというマインドセットだけは忘れないよう心がけました。

本番前は7分交代がとても長く感じましたが、実際始まってみるとあっという間でした。タイマーに気を取られてしまい、交代のタイミングが早すぎることもありましたが、パートナーの素早い対応に助けられました。

何度も練習したはずの裁判員制度に関する説明や、簡単な用語が頭からすっぽり抜け落ちヒヤリとしましたが、スピードを落とすことなく最寄りの訳で対応できたことが良かったです。以前はこのような予期せぬ状況にリズムを崩し、最後までズルズル引きずってしまうことが多かったのですが、気持ちの切り替えができるようになりました。

その後はパートナーの訳を聞きながら、この訳は難しいけど乗り切った!うんうん、良いペース!とハラハラしながら心の中で応援しました。2度目の交代からは少し落ち着いて通訳できたのですが、込み入った内容になると焦りが出て言い直しやフィラーが増えたように思えます。

金城さんの講演は胸を打たれる内容で、焼失した首里城についてお話しされた際は、思わず涙声になってしまいました。その後ハッと我に返り、大切なお話をしっかり伝えなければという使命感に駆られました。

最後に司会の玉城さんが通訳者の名前を読み上げて下さった時、言葉にならない想いが溢れ出しました。数年前は同時通訳の舞台に立つことを想像さえしていなかったので、スタートラインに立てたことが夢のようです。素敵なご縁と出会いに導かれ、このような機会に恵まれたことに心から感謝します。

本番を終えて

当日までは不安と恐怖で押しつぶされそうでしたが、本番を終えた後は、もっともっと通訳の勉強がしたい!早くまた同時通訳がしたい!とウズウズしています。この達成感は癖になりますね。もうすでに、次こそはと闘志を燃やしています。

今回の同時通訳では、実力不足はもちろんのこと、今後の課題に気付くこともできました。私は話者のスピードに追いつこうとするあまり、聞き逃しや分からなかった部分をこんな感じかなと想像して訳出してしまうことがあります。誤訳につながるリスクがあるため、今後注意して練習に励みたいと思います。

また、本番でしか味わえない緊張感やスピード感を肌で感じ、パートナーとのやり取りを通して多くを学びました。納得のいくパフォーマンスではありませんでしたが、確実に成長しているという手ごたえを感じています。

過去に何度か同時通訳の打診を受け、自信の無さからお断りしたことがあります。もっとスキルアップしてから、、もう少し準備期間が長ければ、、と後回しにしていましたが、それでは絶対にスキルアップできません。難しそうな仕事でも、とにかく引き受けてベストを尽くす。そして失敗から学ぶ。それ以外に道は無いと分かっていながらも、逃げていたことを後悔しています。今後は、自分の不甲斐なさに落ち込んだり自信を失ったりしながらも、目の前に舞い降りたチャンスは必ず掴むようにします。

本番当日は特にトラブルも無く安心して通訳を務めることができましたが、翌日は選挙カーの音が家中に響き渡り、台風が直撃。朝から子ども達の学校とのやり取りや台風対策に追われたので、これが昨日だったら・・・と考えただけで恐ろしくなりました。

最後に

「勇気を出して一歩踏み出せば、新たな扉が開く。七転び八起き、だよ。」数年前に亡くなった父がよく口にしていた言葉です。大きな仕事の前は必ず、空を見上げて父に祈ります。いつも見守ってくれる父、あわてんぼうの母と共に成長してくれる子ども達、私の挑戦をサポートしてくれる主人、応援して下さる皆様、ありがとうございます。お世話になった方々に恩返しできるよう、日々精進して参ります。


オルセン聖子

日英通訳者・翻訳者。東京の外資系企業でコーディネーター、通訳・翻訳を経て、地元沖縄へUターン移住。現在は外資系企業で社内通訳翻訳を務めながら、子育てと仕事の両立に奮闘中。世界を飛び回る同時通訳者になることが夢。

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