「国際会議デビュー!体験記~渡真利いつき」
1 願いは叶う
「いつか国際会議で同時通訳したい」と思うようになったのは、コロナ禍で通訳スキルを磨きたいとオンラインの通訳学校であるグリンズアカデミーで勉強を始めてからでした。それまでは、同時通訳者としての仕事が存在するのかさえ半信半疑でした。沖縄でよくある通訳関連の求人とは、米軍関連の契約事業がある企業で通訳・翻訳をしながらその周辺事務を担当する英文事務職がほとんどで、私もその仕事をしてきました。同時通訳の仕事のチャンスはないだろうという思い込みと自分の通訳への自身のなさから、練習に真剣に打ち込んでなかったと思います。
状況が一変したのは、来沖された関根マイクさんにお会いした時でした。沖縄で通訳者としてご活躍されるオルセン聖子さんもご一緒にお会いしたのですが、関根さんから「日本通訳翻訳フォーラムで金城初美さんがJACI特別功労賞記念講演をするので、日英同時通訳にチャレンジしてみない?」とご提案がありました。日本通訳翻訳フォーラムのハイレベルなオーディエンスに向けて、同時通訳をするなんて恐れ多いことだと思いましたが、すぐに、「はい、やります!やらせてください!」と声をはり上げて返事をしました。
ご提案を聞いたときは、魂が大きく震える感覚がありました。いつかやってみたいと思っていた同時通訳案件ということに加えて、憧れの金城初美さんにお会いできるからです。金城さんは、沖縄復帰直後から50年近く通訳者としてご活躍されています。特に司法通訳者としては、国内でも大きく報道された沖縄の重要事件をいくつも担当されました。このお話をJACIの連載記事「歴史を支えた通訳者たち」でその事件の裏側で金城さんのご活躍と苦悩について記事を読み、こんなにすばらしい経歴の通訳者がこの小さな島にいたのかと感動したのです。
憧れの金城さんにお会いできる(実際には通訳ですが)のと同時通訳デビューができるという夢があっさり叶うことになりました。その日の夜は興奮して寝られませんでした。
2 同時通訳の準備
思いもよらない形で夢が叶うことになったのですが、何から手を付けていいかわかりません。発表用スライドを関根さんからいただいたので、まずはそれを読み込んで周辺知識や関連用語を覚えていくことにしました。これを同時通訳として訳出できるまでに仕上げるにはどうしたらいいのだろうか。これまで同時通訳練習に熱心に打ち込んでこなかった自分を心底恨みました。しかし、ここまできたらやるしかありません。最初は、スライドに従って関連知識を覚えていくことにしました。題名は「仕事としての司法通訳~ニライカナイからの誘い~」ということで、まずは法廷裁判について調べました。裁判や司法に関する知識は全くなかったので、日本の裁判制度について調べました。偶然にも日本の裁判員制度を英語で紹介する動画を発見したので、それを使い毎日何回もシャドーイングしました。また、スライドを全部英訳することにかなりの時間をかけたのですが、今思えば、全訳するのではなく、専門用語のみを訳して、あとはスライドをターゲット言語(今回は英語)で説明することに徹したほうがよかったと思いました。また、同時進行で、単語帳を作ってクイックレスポンスの練習をしました。最後に、ニライカナイ(沖縄で信仰される海の彼方にある理想郷)などの沖縄の信仰や文化をいざ訳そうとしても、概念を言語化できてなければ訳出できないので、プレゼンにでてくる沖縄言葉を調べて訳出できるようにしました。
3 本番に向けて
今回の同時通訳案件をアサインするにあたり、関根さんから言われたことが3つあります。①「沖縄県民3人体制・7分程度で交代すること(初心者はかなり体力を消耗するのと、プレゼン内に沖縄独特の表現もあるため)」、②「共有タイマーと裏回線をつないで交代練習をしておくこと」、③「だれも君たちには期待していない(だから失敗しても大丈夫だよ)」。①に関しては、広大な沖縄県民通訳ネットワークを有するオルセンさんにお願いして、イングリッシュ綾乃さんをご紹介いただきました。3人とも同時通訳初心者ですが、一致団結して本番に向けて練習しました。②に関して、1年以上前に1度だけやった遠隔同時通訳(RSI)の練習をなんとか思い出してそれを実践しようとしました。しかし、交代方法に関しては私の認識がまったく間違っていたようで、関根さんを交えて交代練習をしたとき事故のない交代方法をしっかりと伝授していただきました。今回のように初心者だけで組んでRSIをするということはあまりないと思いますが、あまり慣れてない方は先輩や経験者をいれて本番前に交代練習をしたほうがいいと思います。最後に③ですが、関根さん流のありがたい気遣いで、言い換えると「自分に集中しろ」ということです。気を抜いて準備するのではなく、しっかり準備した上で本番に緊張しないで挑む雰囲気づくりでした。とてもありがたいお気遣いでした。
4 交代練習
私たち初心者チーム3名の一番の懸念事項は交代でした。みな同通はほとんど経験がないので、本番1週間前から毎日交代練習をしました。全員が普段は仕事や育児に追われて忙しいのですが、何とか時間を捻出して合同練習をしました。共有タイマーをセットし、裏回線をつないで、当日使用するスライドをサイトラしていく練習をしました。この練習方法がよかったのは、交代時におこる様々な失敗を経験して、対処できるという点です。私の場合、最初はスマホにタイマーを表示させていたのですが、画面が小さくうまく操作ができないという理由で、2台目のパソコンでタイマーを動かすことにしました。また、練習をしながら訳語のディスカッションができたのもよかったです。キーワードの訳語を統一し、お互いの訳出を聞いて最善の訳語をシェアできることがよかったです。限られた時間内で集中し「同時通訳」という作品をチームで作り上げているような雰囲気でとても楽しかったです。また、金城さんの特別功労賞受賞コメントを音読した素材を美声のオルセンさんに共有していただき、それを同通練習しました。
5 本番、沖縄の方言に救われる
本番当日は、送られてきたZoomのリンクに開始20分前に入室しました。そこで初めて憧れの金城さんと沖縄のトップ通訳者で講演会の司会をされる玉城弘子さんにお会いできるのでドキドキしていました。しかし、入室直後、Zoomのテクニカルな問題が発生してしまいました。予期せぬトラブルに焦る大先輩方をみて私も緊張がさらに高まってきました。この状況の中、大先輩の玉城さんが「じゃーふぇーなとーん(沖縄の方言で『大変なことになっている!』の意味)」とおっしゃいました。この状況下で方言をおっしゃるとは思ってなかったので、思わず顔がほころび、緊張がすっかりほぐれました。先輩方の冷静な対応でトラブルも解決し、いざ本番が始まると、講演者の金城さん、司会の玉城さんがゆっくりとわかりやすい口調でお話してくださったので、終始落ち着いて通訳をすることができました。あとで金城さんご本人から伺ったのですが、初心者の私たちのことを気遣ってなるべくゆっくりとしゃべるように心掛けたそうです。多くの先輩たちに支えられ、本当にありがたいデビューとなりました。
6 同時通訳に挑戦して分かったこと
- やればできる
同時通訳の練習はしていたものの、自信は全くなかったため人前ですることはないだろうと思っておりました。しかし、今回関根さんにチャンスをいただき、沖縄の仲間と共にこの挑戦に挑めたことは、とても大きな励みになりました。できる限りの事前準備をして挑んだので大きな失敗はありませんでしたが、同時通訳の基礎力が足りてないことを痛感する場面が多々ありました。終わった後は、悔しい気持ちともっと練習したいという気持ちでいっぱいでした。その後、お尻に火が付いたようにがむしゃらに練習しています。
- 同時通訳は最高に楽しい
知らない知識を短期間で覚えて訳出できるようにするまで勉強することは大変でした。普段の逐次通訳案件でも前準備はしっかりしますが、初めての同時通訳ということもあり、大きなプレッシャーを感じていました。一方で、全体の工程を楽しんでいる自分もいました。これからも練習を続けてまた同時通訳の案件を受けてみたいと思いました。
この素晴らしい機会を与えてくださった関根さんに心から感謝を申し上げたいと思います。今回のデビューにあたり先生や多くの先輩方が惜しみなく知識やご経験を共有していただけました。JACIで同時通訳デビューができて本当に光栄です。これからもしっかりと基礎力を固めて、よりよい通訳が提供できるように頑張りたいと思います。
渡真利いつき
一部部上場企業に総合職として国際事業を中心に幅広い実務に従事。東日本大震災の年に沖縄へ帰郷。その後、専属の通翻訳者及びフリーランス通訳・翻訳者として民間企業・公官庁などで通訳・翻訳業務を提供。経験分野は、日米基地問題、軍事、環境、国際取引、製造業、医療通訳など。趣味はヨガとポケモンキャラのぬい撮り。