【第1回】探査工学から見た地球と宇宙「地震について」
今日は、最近、頻発している地震について書かせていただきます。あまりニュースや教科書に載っていないことを、できるだけ分かりやすく書かせていただきたいと思います。
2011年東北地方太平洋沖地震の前は、地震学者は、地震の予知に向けて研究を行い、それなりに自信を持っている研究者も多かったと思います。特に東北沖の日本海溝では周期的に地震が起こってきました。そのため、どの場所で、どれくらいの規模の地震が発生するというのは、それなりに予測することができていました。しかし2011年の東日本大震災では、その予測に反して、非常に広い場所で断層が動き、マグニチュード9という巨大な地震が発生してしまいました。
つまり、これまでの教科書が書き換えられるようなイベントが起こってしまった訳です。地震の後、ニュースなどで、「想定外」という言葉がよく使われました。地震学者が想定外と言っていたのは、これまで規則的に比較的小さな地震が起こっていたのに、なぜ2011年の地震ではマグニチュード9という大きな地震になったのか?ということです。2011年の地震の後の研究で、この想定外の現象も明らかになってきました。このように地震の研究は、地震が発生すると、進歩するという性格を持っています。
このように地震の研究は経験則に基づくところが多く、精度の高い情報は、地震計が設置された時代からになります。つまり限られた経験的な法則から、将来を予測する必要があり、そこに地震学の難しさがあります。東北地方太平洋沖地震のような地震は1000年単位で発生している地震ですから、なかなかそのような情報をこれまで使うことができませんでした。なお、最近流行っている研究に、古文書から昔の地震を人工知能で明らかにするものがあります。この研究によって、地震計が設置される前の地震の詳細を知ることができるようになってきており、地震の研究に使うことができるデータも増加してきています。
なお、津波堆積物の研究から、東北地方では、過去に巨大な津波が発生したことが2011年の地震の少し前に明らかになってきていました。もう少し東北地震が遅れていれば、少しは被害を防ぐことができたのかもしれません。実際、私も東北地震で津波が一番大きく発生した場所に「しんかい6500」という潜水艇で潜航して、モニタリング装置を置いていました。地震の前に、その場所にモニタリング装置を設置した理由は、海底に異常に切立った崖(図1参照)があり、そこで大きな変動が生じることがわかっていたからです。私がモニタリング装置を設置したのが2008年頃でしたが、2011年の地震で、その装置の多くが海底土石流で流されてしまいました。我々が研究していた場所で、そのような津波が発生し、多くの方の命が奪われたことを考えると無念でなりません。ちなみに、日本海溝の深海に生息する動物も、地震で壊滅的な被害を受けていることが確認されました(図2参照)。
このように地震は、人命を奪い、社会を壊す厄介なものだと思います。しかし、地震の活動で作られた平地は交通の要所となっています。昔の山間部を通る街道は、ほとんどが断層に沿って作られた谷を利用しています。また景観の良い観光地は、断層活動により隆起した地形でできていることが多いです。私の大好きな温泉も地震活動の多いところに存在します。私は、Googleマップにお気に入りの場所を登録していますが、その場所の多くが断層に沿って分布しています。単に、私がそのような場所が好きなだけかもしれませんが。。。また、先ほど深海底の生物が地震で壊滅的な被害を受けたと書きましたが、現在は、ほぼ地震前の状態に再生しているようです。人間と同様、深海底の生物もとてもたくましいと思います。
それでは、地震を予測することは、不可能と諦めてしまうべきでしょうか?実は東北地震や熊本地震のデータ、さらには観測装置の発達によるモニタリングデータの蓄積により、数10年前とは比べ物ならないくらい様々なことがわかってきています。例えば、去年放送された「日本沈没」のドラマで話題となった「スロースリップ」は、東北地震の前にもみられた現象で、人間には感じることができない、ゆっくりとした断層の動きです。この地震は、地震計の発達によって捉えることができるようになった最近の研究成果と言えます。このスロースリップにより、断層にかかる力が常に解放されれば被害を発生させるような(瞬間的に発生する)地震が起こらないのですが、断層の中でも動きにくいところにスロースリップが到達し、そこに力が集中して大きな地震が発生してしまうことがあります。東北地震のような大地震の前にスロースリップが生じることが多く、このスロースリップの発見は、将来の地震を予測する上で有効な情報になると思われています。
さらに地震が発生しやすい状況も分かってきています。例えば地震は冬に多いと思いませんか?冬には、プレート境界の断層で地震が発生しやすいことが理論的に説明できます。この説明は少し難しいですので簡単に書きますが、冬は海水面が低下し、南海トラフなどのプレート境界の断層に作用する力が小さくなり、摩擦力が小さくなります。摩擦力が小さくなれば、断層に沿って蓄積された歪みで地震が発生してしまうというロジックです。さらに地震は、潮汐といった小さな自然の擾乱が、トリガーとなり発生します。つまり冬季の大潮の時期が、プレート境界断層で地震が起こりやすいといえるかもしれません。(地震のトリガーは他にも存在しますので、冬の大潮だけが危ない訳ではありませんので、ご注意いただければと思います。例えば冬に地震が起った場合でも、その変動が周辺の断層を不安定にさせ、夏に地震が起こることも普通にあります。東日本大震災は巨大でしたので、まだその影響が残っています)。
ある日、新聞社から「高校生が潮汐と地震の関係を調べて賞を取ったのでコメントしてほしい」との連絡がきました。この高校生が明らかにした関係は、まさに最先端の地震学が取り組んでいる内容(地震を発生させるトリガーに迫るもの)であり、驚きました。我々の研究でも、断層の歪みの蓄積をモニタリングできることが分かってきました。つまり、この断層の歪みの蓄積と、地震のトリガーとなるような擾乱(潮汐など)をモニタリングできれば、地震の予測も可能になってくるのではと考え、研究を進めています。地震の研究は、人命に関わっているため、適当なことを言うことはできませんが、地震予報という夢を持って研究を進めたいと思っています。
次回は、カーボンニュートラルについて書きたいと思います。
辻 健(つじ たけし)
東京大学大学院工学系研究科・教授。地球惑星科学・探査工学。
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