第15回|☆年末特別企画☆仕事納めが待ちきれない!?「閑散期」は読書三昧
update:2017/12/25
クリスマスツリーが松飾りに、街のBGMが「All I Want For Christmas Is You 」(邦題は「恋人たちのクリスマス」というらしい)から「春の海」(英題は“The Sea in Spring”というらしい)へと替わる頃、あんなに忙しかったのが嘘のように静まり返ってしまう通訳業界。派遣会社からのメールを「待ってました!」とばかりに開いてみると、来年の2月や3月の仕事の問い合わせだったりして。
今回は、そんな暇を持て余した年末年始のお供にお勧めしたい本やマンガをご紹介します。面白いだけでなく日々の仕事のためになるような、それでいて学習用に無理やり作ったものとは一線を画する「エンターテインメントとしても一級の作品」ばかりを厳選しました。乞うご期待!!
さて、注目のトップバッターは・・・
『働きたくないイタチと言葉がわかるロボット 人工知能から考える「人と言葉」』
川添愛/著、 花松あゆみ/イラスト(朝日出版社)
理論言語学や自然言語処理に長年携わってきた著者が、いろんな動物達が登場する童話の形を借りて「人工知能」の開発プロセスを分かりやすく解説している本です。
ほのぼのとした語り口の随所にブラックなユーモアがちりばめられており、読み物としても十分楽しめます。一見素朴な挿絵も実は風刺が効いていて、この物語にぴったり。
登場するイタチは、本能に正直で怠け者。人間ならどう考えてもクズだけど(笑)なんだか憎めないキャラ。楽して儲けたいがために「何でも分かって何でも出来るロボット」を作ろうと思い立ちます。そして、そのためにはロボットがまず「言葉が分からないと始まらない」と気付きます。アリや魚、タヌキなど、他の動物の力を要領よく利用しながら「言葉が分かる」ロボットを作ろうと試行錯誤するイタチ。その過程で「チューリング・テスト」「含意関係認識」などなど、機械に言葉を理解させるための様々な専門的手法が登場しますが、そこはこの著者の凄いところ。集中力の無いイタチにも分かるようにお話が進んでいくので(笑)肩の力を抜いて読めるし、途中で急に難しくなってお手上げ、なんてこともありません。
面白いことに、人工知能のことを知れば知るほど、普段私たち人間がどれだけ複雑な判断を無意識にやってのけているか思い知らされます。例えばお店で「じゃあこのTシャツ、色違いも頂けますか」など、質問の形式でお願いする場合、YES/NOを聞きたいわけじゃありませんよね。「頂く」といっても、タダで欲しいわけでもありません。こうした言葉の「意味」と「意図」の「ずれ」を機械に理解させるのは一筋縄ではいかないようです。
さて、イタチは望みどおりのロボットを完成させることができるのでしょうか?!!
『スティーブズ』(全6巻)
うめ(小沢高広・妹尾朝子)/漫画、松永肇一/原作(小学館)
アップルの産みの親である二人のスティーブ(ジョブズとウォズニアック)の物語です。まるで映画でも観ているかのような面白さ。
「資料・証言を元にしたフィクション」で、ジョブズ本人はもちろん、ウォズニアックやビル・ゲイツ、当時のシリコンバレーやコンピュータ・カルチャーなどについて書かれた計25冊もの書籍がベースとなっています。印象としては、大筋は事実に基づき、細部は漫画向けに盛ってある感じです。
ジョブズやアップル社だけでなく、パーソナル・コンピュータの歴史も楽しみながら学ぶことができるのも魅力。これまで単なる「カタカナ名詞」の一つに過ぎなかったコンピュータ用語(「DRAM」とか「BASIC」とか)が、この本を読む前と後とで全く違った響きを持って聞こえてくること間違いなしです。各章の末尾に設けられた解説コーナーでは様々なシリコンバレーのエピソードも紹介されており、本編に負けず劣らずの面白さ!!
ジョブズの伝記といえば、ウォルター・アイザックソンの『スティーブ・ジョブズ』【英語版/翻訳版】(翻訳版は講談社刊)をヤマザキマリさん(『テルマエ・ロマエ』の作者)が漫画化しています。 こちらは伝記1冊まるごと忠実に2次元の作品として再現した感じです。
両方読んだ筆者の個人的な意見としては、通訳者が最初に読むなら、シリコンバレーの歴史にも詳しくなれる「スティーブズ」ですかね。これをきっかけに、ジョブズのことをもっと知りたいと思ったら伝記も読んでみると良いんじゃないかと思います。
冒頭で「細部を盛ってある」と書きました。イメージとしては「ジョブズが誰かと交渉した」という事実が記録に残っていたとして、実際は複数で訪問したかもしれないのに、漫画ではジョブズが単身で乗り込んだことになっている、などですね。
個々の逸話について正確なところを知りたい方には、元アップル関係者の執筆するサイトFOLKLORE がお勧めです。画面右の検索フィールドに“reality distortion”や“jolly roger”などの「キーワード」を入れてみてください(検索結果はネタバレになってしまうので漫画を読んだ後に!!)。
最後は、先月末(2017年11月)に最新刊が出たばかりのこちら。
『女騎士、経理になる』(1巻?6巻)
三ツ矢彰/漫画、Rootport/原作(幻冬舎コミックス)
女騎士「くっ…殺せ!!」 オーク「ガハハ!! そうはいくか!!」 オーク「今日から貴様はウチの会社の経理のお姉さんだ!!」 女騎士「け…経理の…お姉さん…?」 全てはここから始まった??!! 腕っぷしが強く、義理人情に厚い《女騎士》とクールで高飛車な《ダークエルフ》が「終末へと向かう世界」を変える、異世界会計英雄譚!!!?(Amazonサイトより)
ファンタジーRPGの物語を通じて経理の知識が学べてしまうすごい漫画です。なぜこのような両立が可能なのか…?!それは読んでいただくしかないかも(笑)。
「決算書の仕組み」といった基本的な内容から始まり、読み進めるうちに「手形」や「原価計算」など、どんどん複雑になっていきます。でも、こちらも脳ミソ筋肉お姉さん(?!)の「女騎士」と一緒に学んでいくので大丈夫(笑)。魔国や人間国の実例をもとに、その制度の成り立ちから実際の仕分けまで、がっつり理解を深めることができます。
『イタチ』や『スティーブズ』と同じく、こちらも各章の末尾の解説コーナーが充実しています。通貨や複式簿記、保険の起源など、なんとも興味深い!!なかでも、民衆が複雑な計算ができないよう、権力者(ギルドや教会)がアラビア数字を禁止(=ローマ数字の使用を義務付け)していた、という話にはビックリ。いつの世も、一般市民が知恵をつけることをお上は嫌うのですね。
会計の知識だけではありません。ファンタジーRPGの世界観を「学べる」ことも通訳者にとっては魅力。ゲーム関係の通訳の仕事だってありますしね。本作にはこのジャンルのファンが読んだ時にニヤッとできるような「あるある」や「お約束」が沢山盛り込まれています。ある意味、会計知識より貴重だったりして(笑)。
以上、肩の力を抜いて読めて、しかも勉強になる「年末年始にお勧めの3冊」をご紹介いたしました。新年のお仕事のお役に立てば幸いです。
さて、2017年の記事はこれが最後となります。1年間ご愛読ありがとうございました。
皆様、良いお年をお迎えください!!!
平山敦子
Atsuko Hirayama
会議通訳者。得意分野は司法、軍事、IT、自動車など。元米国大統領、経済学者など著名人講演の同時通訳も多数。この仕事を目指したきっかけは大学在学中のアルバイト。スポーツイベントのバイリンガルスタッフとして働いていたが、ある日現役のプロ通訳者と同席、その仕事ぶりを目の当たりにし衝撃を受ける。
「私もこんな風になりたい!」とアルバイトに精を出す(?!)うちに、いつしかそれが仕事に。通訳界では知る人ぞ知るガジェットおたく。パフォーマンスを最大化してくれる優れモノの道具を求め日々研究中。