第6回|通訳者も破壊的テクノロジーで業務改革!!(前編)
update:2017/01/13
明けましておめでとうございます!
1年経つのは早いものですね。元旦の朝「サードインパクト、結局起きなかったね」とつぶやいていたのがつい昨日のことのようです。「サードインパクト」はアニメ「新世紀エヴァンゲリオン」の中で2015年12月31日に起きた地球規模の「大災害」のこと。昔のアニメで「近未来」として描かれていた日付が次々と訪れ、過ぎ去っていくたび、ちょっぴり複雑で感慨深い気持ちになります。
そしてあと2年すると、今度は漫画「AKIRA」で描かれた時代がやってきます。2019年、東京湾上に新首都が築かれ、現在の23区に当たるであろう「旧市街」では、なんと「2020年の東京オリンピック開催を機に再開発工事が進められつつあった」という設定。東京へオリンピック誘致が決まった2013年の約20年前に発表された作品ですから、これはもちろん偶然の一致なのですが。
昔の漫画やアニメを見返していると、そこで描かれる未来は、流線型の乗り物が空を飛ぶ一方で、通信機器はやたら高機能なのに形はガラケーのままだったり(笑)。当時のクリエイターの想像力の「豊かさと限界」両方を垣間見ることが出来て興味深いです。携帯電話が「スマホ」として爆発的に普及したのも、あの形を捨てたからこそですが、そんなこと誰が予測できたでしょうか。
ここ1年半ほど、ITやビジネス系の通訳をしていると必ずといってよいほど登場する「disruptive technologies」という言葉。初めて目にした時は、それが何なのか具体的にイメージもできず、クライアントの用意した日本語の資料に書かれているまま訳しました。その時、「破壊的」なんてネガティブな単語で大丈夫かな、なんて心の片隅で思ったのを憶えています。あれから少しだけ時が流れ、一消費者としてそれらの技術がもたらす変化を肌で感じ始めた今、やはりあれは「破壊的」で正しかったのだなぁ、としみじみ思っています。
そんなことに思いを馳せる新年の第一号は「通訳者も破壊的テクノロジーで業務改革!」と題して、私たちが仕事の準備や事務処理で使える先端技術を考えてみたいと思います。今回はその前編です。
破壊的テクノロジーその1ー人工知能(AI)
昨年の11月、ネットで「Google翻訳の精度がかなり上がっている」という記事を見て、早速翌日の仕事の準備(スピーチの読み原稿にベタ訳をつける)に使ってみました。これがそこそこ使えるのでビックリ。手直しは必要ですが、かなりの時短になりました。さすがにその原稿をここで紹介はできないので、代わりにネットで公開されている著名人のスピーチを訳してみましょう。さてどうなるか・・・?!
全文の翻訳結果をコピペしてスピーチのベタ訳を作ってみました。もちろん、手直し前の状態です。
余談ですが、私はスピーチの読み原稿にベタ訳をつけたら、このように各パラグラフの頭にマーカーで印をつけています。
早口の演者がフルスピードで原稿を読み上げた場合、こちらもフルスピードで読み上げないと追いつけません。そうすると読むことに集中しすぎて、スピーカーが今どこを話しているか分からなくなってしまう場合があります。そんな時、このようにマーカーを引いておいて「マーカーの単語が聞こえてきたら次のパラグラフが始まる」と思いながら訳文を読んでいれば「迷子」にならずに済みます。スピーカーがひとしきりアドリブを入れたあと原文に復帰したり、パラグラフをごっそり省略してきたりした時にも役に立ちます。
「スピーチに合わせてこれを読み上げてください」と、クライアントからスピーチの翻訳版を渡されることもあります。その訳の文章の順序が原文と全く違っていると「Aという歌をヘッドホンで聴きながらBという歌を歌わなければならない地獄(笑)」となるわけですが、それを回避するのにもマーカーは役立ちます。
Google翻訳に話を戻します。翻訳結果を見てみると、ところどころ微妙におかしなところや間違いはありますが…うーむ、誤解を恐れずに言わせていただくなら、もしこれが資料や打ち合わせなしのぶっつけ本番の同時通訳だったなら十分合格レベルなんじゃないでしょうか(笑)。「そこそこ使える」なんて上から目線でスミマセンでした。
冒頭の1~2パラグラフのソツのなさなど、鬼気迫る?!ものがありますよね。以下の箇所などもよく訳せていると思います。(つい上から目線になってしまいます・・・笑)
(原文)
なぜなら、日本航空は日本を代表する企業のひとつであり、その日本航空の浮沈は、日本経済にも少なからず影響を与えると思うからでございます。その意味では、日本航空が素晴らしい企業として蘇ることは、低迷する日本経済の活性化にも、大きく貢献するはずであります。
(Google 英語訳)
Because Japan Airlines is one of the leading companies in Japan, I think that the ups and downs of that Japan Airlines will have some impact on the Japanese economy. In that sense, reviving Japan Airlines as a wonderful company should contribute greatly to revitalizing the stagnating Japanese economy.
目ざとい方はもうお気づきかもしれませんが、全文を通して比較してみると、Google翻訳の訳し方は同時通訳者の訳出スタイルとなんだか似ています。
プロの翻訳者が訳したなら、もう少し書き言葉にふさわしいレトリックの洗練された文章となっていたことでしょう。日本語で「AがBである、ゆえにCである」という文も、英語で「Cである。なぜならAがBであるから。」と書く方がより自然なら、そう翻訳される場合もあるかもしれません。
「スピーチに合わせて読み上げてくれ」と渡された原稿が、プロの訳した「プレスリリースに掲載予定の翻訳版」なんてケースは多々あります。すると、前述の「Aという歌をヘッドホンで聴きながらBという歌を歌わなければならない地獄」に陥るわけです(笑)。
一方、Googleさんは同時通訳者とちょっと似ている。だからこそ、スピーチのベタ訳(の下訳)にはうってつけなのです。
一つ残念なのは「企業再生支援機構」が「Corporate Revitalization Support Organization」と、まさに「正式名称を知らない固有名詞が出てきた時に同時通訳者がその場しのぎでする訳(笑)」になっていたこと。
こんなところまで似なくてもよろしい(笑)。このように事前登録しておけばよいものこそ、自動翻訳が得意とするところのはず。もっと頑張って頂きたい!!
国連や政府系の会議で一番大変だと思うのが、おびただしい数の組織や肩書、プロジェクトの正式名称。関係者にとってはこういう固有名詞にこそ思い入れがあり、数字などと並んでミスが目立つ部分。通訳者としては、固有名詞と数字だけ拾って自動変換してくれるだけでもありがたいのに、と思ってしまいます。翻訳エンジン開発者の興味の対象は「微妙なニュアンスを正確に汲み取って訳す汎用的な仕組み」なのかもしれませんが…(笑)。
Google翻訳でおかしなところを見つけたら、修正をリクエストすることもできます。翻訳文の右下の「情報の修正を提案」の箇所をクリックし、「企業再生支援機構」の正しい英語名称「Enterprise Turnaround Initiative Corporation of Japan」を入れると、修正が反映され「ありがとうございました 今後とも翻訳の改善にご協力をお願いいたします」というメッセージが表示されます。ちなみに、何日か経ってもう一度同じ文章を入れて訳してみましたが、最初の訳と同じものが出てきたので、即座に改善されるわけではなさそうです。
通訳者や翻訳者の仕事をいずれ奪うかもしれない存在として、(私を含め)同業者から敵対視?!されがちなAI。(個人的には、「通訳の仕事を機械に取られる」というより、「お客さんの仕事を機械がやる」ようになった結果「通訳が必要なくなる」という方が脅威だと思っていますが。)いずれにせよ、最近では「どのみちコイツらに取って代わられるなら、その日が来るまで使い倒してやろうじゃないの」と思い始めています(笑)。
そして何より、将来この技術と共存したいなら「当時者にならなければいけない」そう心に言い聞かせています。開発できるような知識やスキルはありませんが、少なくともアクティブ・ユーザーとして、使う側の声を作り手に届けていきたい。そうすることで、この技術が私たちの望むような方向で進化を遂げてくれるかもしれません。あるいは、人工知能の発達で消え行く仕事の陰で生まれてくる新たなビジネスチャンスに誰よりも早く気づくことが出来るかもしれません。
平山敦子
Atsuko Hirayama
会議通訳者。得意分野は司法、軍事、IT、自動車など。元米国大統領、経済学者など著名人講演の同時通訳も多数。この仕事を目指したきっかけは大学在学中のアルバイト。スポーツイベントのバイリンガルスタッフとして働いていたが、ある日現役のプロ通訳者と同席、その仕事ぶりを目の当たりにし衝撃を受ける。
「私もこんな風になりたい!」とアルバイトに精を出す(?!)うちに、いつしかそれが仕事に。通訳界では知る人ぞ知るガジェットおたく。パフォーマンスを最大化してくれる優れモノの道具を求め日々研究中。