【第10回】インドネシア語通訳の世界へようこそ「どうやって仕事を得るか(その2)~仲介業者経由の場合~後編」
(前編はこちらから)
助かる点と困る点とを考え合わせ、トータルとしてエージェントを介する価値があると確信できるか。それは「どこと組むか」による部分が大きいといえます。
この「どこと組むか」という明確な意思を持つことの大切さは、案外意識されていないようです(私もそうでした)。ここからはその辺りの話をしましょう。
通訳者の中には、登録できるところは手当たり次第に片っ端から全部登録しておこうという人もいます。そうでなく成り行き任せ、縁任せにしていても、向こうから声が掛かったり、同業者から勧められたりするうちに登録先の数が軽く2桁に上ることはざらです。
そうなると、同じ仮案件の打診が複数のエージェントから来るケースが多くなります(ここで仮というのは、まだ入札や見積もり合わせの段階で、どこが受注するか分からない状況だということです)。皆さんなら、そんなときどう対応するでしょうか。
周りの通訳者に聞いても、考え方は分かれます。
- 最初に声を掛けてくれたエージェント1本に絞り、後は全てお断りするという人
- 各社に対し公平・公正に対応し、結果として受注に至ったところから請ければよいという人
などです。
私もずっと2で対応してきたのですが、ここへ来て
「自分が最も組みたいエージェント1本に絞り、後は全てお断りする」
のがよいのではないかと考え始めています。
2の対応は、どこが受注しても自分は仕事にありつけるので一見良いように思えます。
ただクライアント側からすると、各エージェントが提示してきた「今回うちが用意できる通訳者」のプロフィールを見比べて結局どこも同じであれば、「それなら一番安いところで」という判断になりがちなのではないでしょうか(エージェントが売りとする要素は、通訳者の人選だけではないにしても)。
職業通訳者の数が少なく、どのエージェントにも似たような顔触れが登録しているインドネシア語の場合実際によくある状況ですが、これではエージェント間の安値競争に拍車を掛けることになりかねません。
エージェントに対する「別にどこでもいい」という無節操なスタンスの報いが、結局自分たち(通訳者とエージェントの双方)を苦しめる料金の下押し要因になって返ってくるとしたら、目の前の仕事を得られたからといってうかうか喜んでいられないでしょう。
通訳者とエージェントその他の仲介業者とは、お互いに必要とし必要とされ、選び選ばれ、持ちつ持たれつの対等な関係が基本だと思います。エージェントが通訳者を選ぶように、通訳者の側もエージェントをかけがえのないパートナーとしてしっかり選ぶことが大切です(私もどちらかというと縁任せにしてきた口なので偉そうに言えませんが、今は反省も込めて強くそう思います)。
駆け出しの方は、現役通訳者から話を聞くなどオンライン・オフラインの情報源を総動員して候補を絞り、初めは1社、さらに焦らず様子を見ながら(それぞれの守備範囲がなるべくかぶらない)数社にまで登録先を増やしていくのがいいかもしれません。
その後も、より良い相手が見つかれば自分の中で「選抜レギュラー枠」に入るエージェントを随時入れ替えつつ、常に最良のパートナー数社とがっちり手を携えて歩む。逆にこちらも毎回しっかり気を引き締めて全力で臨まないと、いつ向こうのレギュラー枠から外されてしまうか分からない――そんな親密な中にも緊張感のある関係が理想ではないでしょうか。
口コミの評判や紹介・推薦を通じて良心的なエージェントに通訳者が集まることで、双方がお互いに強さを増す。悪徳エージェントは通訳者からそっぽを向かれ淘汰(とうた)される。そうした好循環をつくるのは、私たち自身の意志と行動にほかなりません。
それと同時に、エージェント側ももっと透明性を高め、以下のような情報を積極的に開示してほしいところです(可能なかぎり広く一般に向けて。それが難しいものについても、せめて登録を希望する通訳者には早い段階で)。
- 業務委託契約、支払規定などの内容(中間マージンをどれだけ取るかも含め)
- 受注実績(全体、言語別、分野別、同時・逐次別、入札・随契別、新規・リピート別など何を得意とするか分かる形で)
- 社内体制(営業スタッフ、コーディネーターなどの人数やプロフィール、定着率)
- 通訳者の登録状況(言語別の総数とアクティブ稼働人数、クラス区分・経験年数別の内訳)
- 登録に際しての選考基準、選考方法
- 資料等の適時入手に関する取り組みや実績
- その他自社の強みや特徴、アピールポイント(こういう取り組みをしている、こんな体制を整えているなど)
見込み客に対しては「よそでなく、うちを選ぶべき理由」を熱心かつ巧みにプレゼンテーションするのに、なぜ(人材不足を嘆きながら)通訳者には同じことをしないのかという話です。今それを他に先駆けてやれば、効果てきめんだろうと思うのですが……。わが社こそはというエージェントの方がいらっしゃれば、ぜひ名乗りを上げていただきたいと思います。私自身も周りの通訳者仲間たちも、常に最良のパートナーを求めていますので。
もっとも特定の1社や2社に集中して独占・寡占状態を招いてはいけませんから、なるべく多くのエージェントが上述のように透明性のある形で登録先としての魅力を誇り合うのが望ましい姿でしょう。
各社の実力や個性に応じて、それにほれ込んだ通訳者たちが「どこでもいい」ではなく「ここがいい」と集い、他社の陣営とフェアに競い合う。そんな状態が普通になると、通訳者もエージェントもひいてはクライアントも、皆が幸せなのではないでしょうか。
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今回の記事ではエージェントという存在に焦点を当てましたが、仲介業者はエージェントばかりではありません。上で「通訳者が主体で、エージェントはそのBPO先『候補の一つ』」と書いたのも、受け皿となり得るのは既存の従来型エージェントだけに限らないからです。
オンラインのクラウドソーシングやジョブマッチングといったサービスは概して職業通訳者のニーズに応えきれていませんが、それもあくまで「今のところは」です。
「エージェント」や「仲介業者」といったくくりに収まらない革新的な業態が現れ、瞬く間に通訳業界の主流となる可能性だって十分にあるでしょう。
いずれにしても大事なのは、周りにただ追従せず、惰性に流されず、常に主体的かつ柔軟なスタンスを保つことだろうと思います。
以上、厳しいことも書きましたが、私自身これまでエージェントの良心的なスタッフの皆さんには言い尽くせないほどお世話になってきました。同じ立場を直請け案件で自ら経験し、その苦労が身に染みて分かるようになった今、感謝と敬意の念もひとしおです。そうした皆さんとは、新たな時代に即した形で、これまで以上に良い関係を築いていけるよう願ってやみません(何だか最後に取って付けたようになってしまいましたが、本当に!)。
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次回は、「今後に向けた課題」です。予備回(どうするかは未定で、これから編集の方と相談します)を除けば、一応の最終回となります。どうぞお楽しみに!
インドネシア語通訳者・翻訳者。1970年、東京都小金井市生まれ。大学時代に縁あってインドネシア語と出会う。現地への語学留学を経て、団体職員として駐在勤務も経験。その後日本に戻り、1999年には専業フリーランスの通訳者・翻訳者として独立開業。インドネシア語一筋で多岐多様な案件に携わり、現在に至る。