【第5回】インドネシア語通訳の世界へようこそ「インドネシア語通訳者になるには(その1)~ルートと要件~」

今回は、志望者の皆さんからよく尋ねられる「インドネシア語通訳者になるためのルートや求められる条件」がテーマです。前回までに引き続き、日本国内を拠点とする場合に絞って話を進めます。

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英語の世界では、「通訳学校を出て系列の通訳会社に登録」、「社内通訳で経験を積んでからフリーランスとして独立」など、いくつかの典型的なデビュールートがあるといいます。
インドネシア語はというと、国内では通訳学校と呼べるところの存在自体を聞きませんし、社内通訳者というポジションもまだまだ限られています。英語の例にそのまま倣うのは難しいといっていいでしょう。

周りの同業者を見ても、通訳者になる前の経歴は十人十色。会社勤めをしていた人、専業主婦だった人、インドネシア語学科を出ている人、いない人……。デビューの時期も、若くして飛び込んだ人から定年後に一念発起したという人までまちまちです。
皆それぞれに異なるルートを経て、ばらばらなスタート地点からこの道に踏み出しています。そこには正統も異端もなければ、特定のカラーに染まった派閥の類いもありません。

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今回のタイトルは「インドネシア語通訳者になるには」ですが、フリーランスの場合、形の上で「なる」こと自体はいとも簡単です。取得が義務付けられた資格や免許は特にありませんから、いうなれば「自分で決めたその日から」ということになります。必要な手続きとしては、その後1カ月以内に税務署へ開業届を出すぐらいでしょう。

肝心なのは、そこからです。形だけでなく実質的なデビューのチャンスをつかむには、どんなルートがあるでしょうか。思いつくものを以下に挙げてみます。

(1) 自らマーケティングを行い、営業をかける
こう言うと飛び込み営業的なものを思い浮かべる人もいるようですが、こちらから動いて売り込むばかりが営業活動とは限りません。その辺りの話は、第8回の「どうやって仕事を得るか(その1)~直接取引の場合~」で取り上げる予定です。

(2) 通訳会社その他の手配業者に登録する
良いのかどうかは別として、日本では今のところこれがフリーランス通訳者として最も一般的な稼働スタイルとなっています。そのためもあってでしょう、大抵の人はまずこのルートを思いつくようです。
問題は、応募資格として「通訳実務経験○年以上」という縛りのあるところが多いこと。求められる年数は1年だったり5年だったりと幅がありますが、いずれにしてもデビューを目指す新人はそこで突き放されることになります。
また、表向きはそうした縛りがなくても、書類選考の段階で履歴書や実績表だけを見て(本当は実力のある有望株なのに)はねられてしまうことがあり、もったいないというほかありません。

(3) 公的機関、国際機関、非営利団体などに登録する
通訳人として名簿に載ると、事件や事故が起きたときなどに要請が来ます。
例:警察、海上保安庁、税関、検察庁、弁護士会、法テラス、裁判所、入国管理局
他にも、婦人相談所(名称は「女性相談センター」等さまざま)や児童相談所、外国人とじかに接する地方自治体の部局(例:保健・福祉関連)など、通訳需要が不定期に発生するところは少なくありません。
登録制の有無や具体的な手続きは、それぞれの機関・団体によって異なります。現在募集しているかも含め、まずは公式サイトなどで最新の情報を確認してみるといいでしょう。

(4) オンラインの各種サービスやプラットフォームを活用する
既存のマッチング系・クラウドソーシング系サービスは、得てして条件劣悪な仕事ばかりとの印象が強いですが、根気よく丁寧に探すと存外まともな案件も見つかるようです。上で触れた「経験年数の壁」に阻まれている人などには、当面の活路を求める先として選択肢の一つになり得るかと思います。

(5) 現役通訳者などに紹介・推薦してもらう
煎じ詰めれば、結局これが最も強力で確実ではないでしょうか。クライアントにしても通訳会社にしても、インドネシア語の通訳能力をちゃんと評価できる体制は整っていないところがほとんどです。そこで、信頼する中堅やベテランの通訳者からの紹介・推薦が大きくものをいうことになります。

もっとも、単なる紹介ならまだしも、推薦となるとする側もそれなりの責任が伴うため、そう軽々しくはできません。新人の側も、日頃から関係を築き、積極的に自分のパフォーマンスを見てもらうといった努力が必要でしょう。

一口に現役通訳者といっても、いろいろな人がいます。「わざわざライバルを増やすようなまねをしてどうする」と新人への後押しに非協力的な人、手を差し伸べるふりをしながら裏でつぶそうとする人、紹介・推薦を恩に着せたり、見返りを求めたりする人。幸い私の直接知る範囲にその手のやからはいませんが、もとより紹介・推薦というのはコネや癒着、余計なしがらみといったネガティブな方向につながりがちであることも確かです。

それを肝に銘じつつ、私欲や私情を挟まないフェアな紹介・推薦を当たり前の習慣として広め、世代から世代へと受け継いでいく。「能力評価の仕組みが機能していないため、優秀な人がなかなか日の目を見ない」という現状の穴を埋めるには、差し当たりそれが有効ではないでしょうか。

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以上、「通訳者になるには」ということでデビューに至るまでに焦点を当てましたが、より大切なのは「通訳者となった後、長く続けていくには」どうすべきかです。それについては、引き続きこの連載全体を通じて随所で触れていきます。

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次回のテーマは、「インドネシア語通訳者になるには(その2)~どこでどう学ぶか~」。
通訳学校がないというハンディをどう補えばよいのか、皆さんのご経験やアイデアも伺いながら、一緒に考えてみたいと思います。どうぞお楽しみに。


土部 隆行(どべ たかゆき)

インドネシア語通訳者・翻訳者。1970年、東京都小金井市生まれ。大学時代に縁あってインドネシア語と出会う。現地への語学留学を経て、団体職員として駐在勤務も経験。その後日本に戻り、1999年には専業フリーランスの通訳者・翻訳者として独立開業。インドネシア語一筋で多岐多様な案件に携わり、現在に至る。

インドネシア語通訳翻訳業 土部隆行事務所