【第9回】インドネシア語通訳の世界へようこそ「どうやって仕事を得るか(その2)~仲介業者経由の場合~前編」

今回のテーマは、「どうやって仕事を得るか(その2)~仲介業者経由の場合~」です。

日本の通訳業界で仲介業者というと、エージェントと呼ばれる登録制・業務委託型の業態が(少なくとも今のところは圧倒的に)主流です。一般に「通訳会社」として知られるものも、大部分がこのタイプだといっていいでしょう(※)。

※:そのため、本連載でもエージェントのことを「通訳会社」といってきました。ただ「通訳会社」には全く別のタイプ(通訳者の個人事務所が法人成りしたもの、常駐の自社スタッフに遠隔通訳を行わせるもの等)もあることを考えると、エージェントを指す場合はそのままエージェントと書いたほうがよいと遅まきながら思い至り、前回からそう改めています。

エージェント(エージェンシーとも呼ばれます)がどのような存在かぴんと来ない方は、以下の論文で詳しく説明されていますのでご一読を。

❏佐藤あずさ(2004)「日本通訳産業研究」,早稲田大学,〈http://hdl.handle.net/2065/488〉「6 アクター分析:エージェンシー」
※上のリンク先で「Honbun-3744-06.pdf……」のところをクリックすると、本文がPDFファイルとして開き(閲覧環境によっては自動ダウンロードされ)ます。続く「7 アクター分析:通訳者」(Honbun-3744-07.pdf)にもエージェントと関わる記述が多いので、併せて読むとよいでしょう。

ここに記された、いわば「エージェント主導型」の業界構造は、15年たった今も驚くほど変わりません。通訳者側・エージェント側ともに、そうした昔ながらのあり方を当然の前提だと信じて疑わない人が大多数のようです。

一方、周囲の環境や事情はその間に大きく変わっています。
一昔前まで、クライアントと通訳者がエージェントを介さずにつながる機会や手段はごく限られていました。今は違います。
通訳者同士で直請け案件を回し合ったり、息の合ったチームをさっと組んで対応したりできる「オープンで緩やかな互助的ネットワーク」も、それに適したコミュニケーションツール等が未発達だった頃は思うように広がりませんでした。今は違います。

そうした変化に伴い、通訳者がエージェントをはじめとする仲介業者に求めるものも以前とは異なってきているはずです。
既存の枠組みに漫然と身を委ねるのではなく、今の時代にエージェントを介することで助かる点、困る点はそれぞれ何かを意識して、主体的に関わっていく姿勢が大事だろうと思います。

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まず、エージェントを介することで助かる点は何でしょうか。

従来、エージェントは通訳者に対して主に以下のような機能を提供してきました。

  1. 営業代行機能……マーケティングを行い、法人ならではの組織力や信用力も生かして仕事を取ってくる。
  2. コーディネート(連絡・調整)機能……クライアントと通訳者の間に立ち、もろもろの連絡・調整を行う。特に、複数の通訳者が関わる案件では、各通訳者間の情報共有や意思疎通のハブとして、またクライアントに対する代表窓口として機能する。
  3. 事務代行機能……見積もりから各種の手配(機材、移動・宿泊、資料の入手・整理・印刷)、請求・回収まで、もろもろの事務的作業を行う。

これらを妥当な対価(取り分)でしっかりと提供してくれるならば、こんなにありがたく頼もしい存在はいません。
一方で、今やいずれの役割もその気になれば通訳者自身で必要十分な程度にまでこなせることも事実です。現に私も直請けの案件ではそうしています(コーディネート機能は、自ら通訳者とコーディネーターを兼ねる形で実現。大がかりな機材の手配は、なじみの専門業者に委託するなり、そうした業者をクライアントに紹介するなりして対応)。
個人事業主の場合、営業代行機能のところで触れた「法人ならではの組織力や信用力」こそ持ち合わせていないわけですが、それに代わる力として昨今は「オンライン・オフラインのネットワークを生かした組織力や社会的信用力」も次第に大きくものをいうようになっています。

自分でやろうと思えばできるとしても、それを営業なら営業、コーディネートならコーディネート、事務なら事務のプロに任せることで、より良い成果が効率的に得られ、浮いた時間と労力を自身の準備(資料内容や周辺知識の予習、読み原稿の事前翻訳など)に回せるとしたら、そこに大きな価値があることは今も変わりません。
費用対効果の観点から「人に任せたほうがよい」部分をノンコア業務、「自分でやったほうがよい(あるいは、やるしかない)」部分をコア業務と仮に呼ぶとすると、ノンコア業務は外部の専門業者に委託し、自分は通訳者としてのコア業務に集中するというBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)的な考え方ができます。
従来の「エージェントが主体で、通訳者はその下請け」という構図から視点を180度切り替え、「通訳者が主体で、エージェントはそのBPO先(ノンコア業務の外部委託先)候補の一つ」と捉えることで、今の時代に合った関係性づくりの可能性が見えてくるように思います。

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さて、エージェントを介することによって困る点は何でしょうか。

上で挙げた各機能を全てのエージェントがちゃんと果たしてくれればよいのですが、残念ながら現実はそうでないため、通訳者がしわ寄せを受けて窮地に立たされることも多々あります。

最も切実なのが「資料や読み原稿の適時入手」で、これに関しては私の知るかぎりほとんどのエージェントが重篤な慢性機能不全に陥っているといっていいありさまです。
資料や読み原稿が直前まで届かず、必要最低限の準備すら行えないまま本番に臨む(当然ながらパフォーマンスに響き、重大なミスを犯すリスクも高まる)という本来あってはならないことが半ば常態化しています。
これは「信用が命、そのためには準備が命」であるフリーランス通訳者にとって、まかり間違えば職業生命すら絶たれかねない死活問題だといっても過言ではありません。私が直請け中心へとかじを切った最大の理由も、その危機感をエージェントに再三訴え、具体的な対策まで提案したにもかかわらず、一向に改善の兆しが見られなかったためです。

自分たちから見てクライアントは上、通訳者は下という感覚のエージェントも少なくありません。その場合、通訳者からの(クライアントのためにも絶対必要な)確認・照会事項などが、エージェントの変に遠慮して腰が引けた態度のせいでちゃんと先方へ伝わらないということが起こります。つくられた上下関係のあおりで、下から投げた球が重力に負けて上まで届かない感じといったらいいでしょうか。資料等の適時入手ができない一因も、そこにあると思います。

直請けと比べて間に1層増える分、クライアントとの意思疎通が希薄になったり、やりとりにタイムラグが生じたりするのは致し方ないのかもしれません。エージェントの都合(社内の規定やら通例やら承認プロセスやら)で対応の柔軟さとスピード感が失われるのも、会社組織というものの性質上やむを得ないところがあるでしょう。
ただ、それらが通訳パフォーマンスの低下につながるとしたら、そこに己の信用が懸かっているフリーランス通訳者にとってはノンコア業務の負担減というメリットが帳消しどころか、それ以上の痛手を受けかねない大きなリスクです。

他に直請けと比べて困る点として、例えば

  • 複数の通訳者が関わる案件で、調べ物その他の準備を協力して効率的に行える仕組みがない
  • 通訳とそれに付随する翻訳と一体での対応ができない(自社内に翻訳部門があっても連携が悪すぎる)

なども挙げられます。いずれも同じく「通訳パフォーマンスにどこまで影響するか」という観点から考えると、リスクとしての軽重が判断しやすいでしょう。

エージェント経由で仕事を請けることは、その分代わりに直請けの道を捨てることでもあります。ひとたびエージェントA社を通じて(過去に直接取引関係のなかった)クライアントB社の仕事を請けると、以後B社と直接関わることが(A社との契約あるいは業界の不文律によって)制限されるからです。クライアントだけでなく、その案件を通じて知り合った相手全てについて同様の縛りが及ぶと考える向きも多く、どうにも身動きが取りづらくなる面は否めません。
いくらインドネシア語の通訳需要が高まっているとはいえ、良いお付き合いのできるクライアントが無限にいるわけではないので、そこのところは慎重に考えないと後で困ることになります(これはエージェントの問題ではなく、あくまで自分がどちらを取るかという話に過ぎませんが)。

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助かる点と困る点とを考え合わせ、トータルとしてエージェントを介する価値があると確信できるか。それは「どこと組むか」による部分が大きいといえます。

この「どこと組むか」という明確な意思を持つことの大切さは、案外意識されていないようです(私もそうでした)。ここからはその辺りの話をしましょう。

(後編に続きます)


土部 隆行(どべ たかゆき)

インドネシア語通訳者・翻訳者。1970年、東京都小金井市生まれ。大学時代に縁あってインドネシア語と出会う。現地への語学留学を経て、団体職員として駐在勤務も経験。その後日本に戻り、1999年には専業フリーランスの通訳者・翻訳者として独立開業。インドネシア語一筋で多岐多様な案件に携わり、現在に至る。

インドネシア語通訳翻訳業 土部隆行事務所