【第2回】社内通訳者のお仕事「メキシコ野良通訳あれこれ」
なぜ社内通訳になったのか?理由は簡単。そうでないと通訳の仕事がなかったから!
私は大学で通訳の勉強をした訳でも、文系の学部だった訳でもありません。現在は日西・西日社内通訳としてメキシコで暮らしていますが、そもそもスペイン語を学ぶきっかけは、36歳の時離婚し、家事の分浮いた時間に何かやろうと思ったこと。東京でコンピュータプログラミングの個人事業の傍ら、ほぼ趣味で語学学校に通っていたのでした。
語学学校で数年学ぶもあまりにも聞き取りが苦手なため、ごまかしの利かない通訳クラスを受講。その講師の方々に背中を押されたこともあり、42歳の時に世界1周クルーズ船「ピースボート」にボランティア通訳として乗船。これが短期旅行2回に続く、3回目の海外旅行でした。
その後数年間、通訳はボランティアのみ、エンジニアとしてお金を稼いでいましたが、45歳位の頃「この先はどっちに比重を置く?」と考えた結果、「エンジニアの新しい仕事は取らない、通訳の新しい仕事は取る」と軸足を変えたのでした。
新たに通い出した通訳学校の講師の方の紹介もあり、ありがたいことに放送通訳のお仕事をさせていただいたりもしましたが、如何せん、日本で日西・西日通訳の仕事というのはあまり多くない。ベテランの先生方がいる中、アカデミックな経歴もない、取り立てて得意分野もまだない、ペーペーの40代通訳にエージェントからの仕事が回ってくるのは大きな事故や事件のあった時のみなのでした。
「このままだと実務経験を積む前に日干しになっちゃうな…。」
単発の仕事を積極的に取ってくるような営業力もない私は、海外スペイン語圏での人材募集を探しました。手始めにチリの日系企業の「Web担当者」としてのポストを得、1年程勤務。この間にDELE(スペイン語のレベル試験)C1を取得し、チリでの契約が終わった後は日本企業が積極的に進出しているメキシコで通訳としての職探し。ご縁があった日系企業で現在まで引き続き3年ほど勤務しています。
会社の事業は分類としては「鉄鋼商社」。鉄板を主に輸入で仕入れて、顧客が希望するサイズにカットして納入するのが業務です。ですから「商社」と言ってもオフィスでの輸入・営業業務だけでなく、鉄板を切る機械を備えた工場があり、社員は6-7名の日本人駐在員を含む100名弱のスタッフ、および100名あまりの工場オペレーター。ここを支える通訳チームは現在3人で、2人は社長付き、私は日本人工場長の通訳という位置付けで仕事をさせていただいています。
1日の業務は工場での朝8時のラジオ体操で始まり、17時36分が終業。昼休みは30分!
仕事は会議・打ち合わせ通訳、工場現場での通訳、オフィスでのちょこちょことした質問・指示・連絡の通訳。これらの通訳は基本的に全て逐次です。合間に資料翻訳。また、工場では夜勤があるので、夜勤中の問題があった場合は夜中でも現場から電話を受け、問題の内容に応じて担当者を判断して連絡を取り継ぎます。
会議は、コロナで在宅勤務の人もいるので、特に繊細な話題で対面が必要という場合でない限り、オンライン(Teams)で開催されることが殆どになりました。オフィス内に同じ会議に参加する人が複数いることになるので、音響的にはかなりチャレンジング。周りの人のマイクに拾われることを避けるためにボソボソ喋る人あり、工場の騒音を背景に会議に参加する人あり…。ただ、対面の会議だと、通訳している間に同じ言語話者同士で次の会話を始めてしまうことがかなり多かったので、個人的にはオンラインも気に入っています。
自分の装備は、AirPod のノイズキャンセリング機能を気に入って使っていたのですが、bluetooth で発話始めが欠けること、また、他の方のノイズキャンセリング機能(と思われる)で通訳音声が聞こえなくなることをまとめて AirPod のせいにされ(涙)苦情が出たので、今では会議の度に別室にこもり、機器もUSBで指向性のあるマイク付きのヘッドセットに変えました。その他、現場監査や港湾監査に出掛けた際は基本的にはメキシコ人同士が会話し上司は傍聴に回りますので、スマホにWalkietoothというアプリを入れて上司に持たせ、私は会話している人のそばに張り付いて同時通訳、上司がそれをスマホのアプリで受信するという形にしています。
現在のところ会議通訳は少ない日だと2つ。多い日は1日6つ、合計6時間以上にのぼることもあります。また、複数の通訳で分担する会議は週に一つしかなく、通常会議はどれも通訳1名です。1時間、2時間と予想外に会議が長引いても通訳のために休憩を入れるような雰囲気はなく、また、通訳業務をコーディネートしてくれるマネージャーもいないので、「あ、一つ前の会議10時から11時までね。じゃ、こっちの打ち合わせは11時に入れるね。」など、容赦なく予定を入れられるのを愚痴る相手もいないのが辛いところです。
(図:おそらくこれまでで一番忙しかった週の会議スケジュール。この合間に現場通訳、オフィス通訳に声を掛けられ、かつ、会議用の資料の翻訳をしていた。週末は気が抜けて38度越えの発熱。)
社内会議の内容を予め知らせて貰えることは殆どありません。近隣の会社の通訳の方の話を聞いてもどうやら状況は同じようです。内容は、工場通訳の私は生産技術、生産管理、設備、品質管理、監査の対応、日本人が行うリーダーシップ研修など。その他、他の社員に対する苦情・告発、給料・昇進交渉、評価面談等、広範囲にわたります。
このため、日常の通訳は会議にせよそれ以外の会話にせよ基本的な語彙力が頼り。入社してしばらくは、社内で使う単語を聞き回ってはノートにメモしていました。また歴代の通訳が更新しながら使っている比較的充実した単語リストが社内に残っており、それも活用しています。
ただ、見ないと想像できないものや人によって呼び方が違う、正式名称とは別に一般の呼び方があるものなど、自分で確認するまでよく分からないものも多かったです。機械の部品やメンテナンスの用具は次々と新しいものが入ってきたりもするので、誤解を避けるために、重要そうな点は図を描きながら、通訳というよりは、聞き取っては相手方に説明する、という形でコミュニケーションを取り持っています。
他に「あー、これ、通訳じゃないなー」と悩むのは、日本語話者があまりにも侮辱的な表現をした時にどうするか。メキシコの文化的習慣として相手を貶して指導するというのは理解されにくく、意図した効果もあまり期待できません。そのため、例えば「おまえ、馬鹿か?」という発話が日本人上司からあった時に、あまりに相手が傷付いたり、それで業務が滞ったりすることを避ける意図で「それは私がして欲しかったことではないんだ。」と言い換えて西訳したりします。通訳としての「正解」はそのまま訳してその反響は原発話者に受けとめてもらうことなんだろうなと思うので、ここは常に葛藤があります。
とはいえ、そもそも通訳で好きなのはコミュニケーションを取り持って相互理解を目の当たりにしたり、理解なしでは実現できなかった物事の発展を見たりすることでもあるので、ここに私の人間的なミッションがあるのかなと思うのも事実。「純粋に言語的に、よりプロフェッショナルになるための経験を積みたい」ということと「目の前の人たちのコミュニケーションに貢献したい」ということのバランスを取りながら毎日過ごしています。
井上 みやび子
Miyabiko Inoue
お茶の水女子大学家政学部食物学科卒業。食品会社に就職するも、会社員というものが向かないのだと早々に見切りをつけ、派遣、契約社員で食いつなぐ。2003年IT関連で創業、2010年「すぐ使える株式会社」設立。完全に共依存だった結婚・離婚を経て、なぜか通訳をしながら海外に出掛けるようになる。最近の興味はエコ・自給農。回り道多き人生。今も回り道中。いつ点は結ばれるのだろうか。
会社ホームページ: https://cms.sugutsukaeru.jp/ja/ (通訳と見事に関係ありません)