【第1回】カイシャの中身「購買」

みなさんこんにちは。日本会議通訳者協会の会員、白倉(しらくら)です。企業勤務経験が長かったので「オマエもそれをネタに何か書け」というプレッシャーを1年近く協会の理事から受け続けて少ない髪がさらに少なくなりました。数回にわたって企業内各部門の働きを書いていきます。よろしくお願いします。

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現在はコロナウイルスのため経済活動が大きな制約を受けていますが、昨年2019年の通訳需要は旺盛でした。日本企業の外国進出も外国企業の日本進出も活発で、いままで外国語を使わなかった部門が参加する会議も多くなっています。

企業内部の具体的な仕事や部署相互の関係はIRや決算発表、取締役会などの通訳を担当しているだけではわかりづらいものです。この連載は企業の各部署の機能と課題を解き明かし、通訳をするときに「話の見通し」を良くするお手伝いを目的としています。各部門の事情がわかれば通訳の準備にも余裕が生まれることでしょう。具体的な帳票名などの例も豊富に取り入れていきます。

第一回は「購買」です。

◆購買とは

連載第一回は企業の中でも多くの部門がかかわる購買について。事業を行うために必要な物品やサービスを購入する機能です。製造業なら原材料や労働力、半完成品あるいは外注、販売業なら商品の仕入れ、サービス業なら労働力・外注が主なものでしょう。経営のコスト構造を大きく左右することから外国からの調達やデータの電子化など常に変化にさらされ、通訳が関与することも多い分野です。

どんなものを買っているか例を挙げてみましょう。農業なら種子・肥料・農薬やトラクター、温室など。石油化学ならナフサや中間材料、装置類、自動車製造なら鉄・アルミ・ゴム・プラスチックといった原材料から燃料タンク・シートといった半完成品、モーター・スイッチ・電子装置といった部品。最近はソフトウェアも重要ですね。建築なら構造材(鉄骨・コンクリートなど)、外注工事。通訳エージェントなら我々通訳者が提供する通訳サービスを購入しています。

◆企業における位置づけ

会社の規模がある程度大きくなると独立した部門が担当することが普通です。部門の名称としてよく聞くのは「資材部」「調達部」(purchasing/procurement department)です。

専門の部門が生まれる理由:
・複数の調達先(販売者)を相手にする余裕が生まれ、競争原理でより良いものをより安く買える確率が高まります。

・新製品や代替品の情報や調達のトレンド(環境対策品への移行など)の入手が可能になります。

・社内の異なる部門が同じようなものを購入する場合、会社規模でまとめることで有利な条件を引き出せます(まとめ買い)。

・購入に複数の部門がかかわることで不正の防止につながります。

会計や人事と同様に企業スタッフ機能(corporate function)と位置付けられることが一般的ですが、購買行動は生産コストに直接大きな影響を及ぼします。

企業によって、また部門によって購買部門の意味が異なることも多いので外部から会議に参加するフリーランス通訳者は注意する必要があります。

・企業単位で購買部門を持っている会社
・事業部門単位で購買部門を持っている会社
・会社単位と事業部門単位の両方で購買部門を持っていて、それぞれの担当する範囲が異なる会社

最終製品やサービスに直結する購買とそれ以外の購買(施設維持管理・管理部門関係・IT・福利厚生などの購買)を別の流れで行うこともごく一般的です。購買部門の担当範囲を先入観なしに聞き取っておくと通訳者や会議参加者の思い込みによる誤解を避けられます。

例として企業の基幹IT投資を考えてみましょう。システム用ソフトウェア・ハードウェアはIT部門が選定するとして、購入手続きはIT部門が自ら行う企業もあれば購買部門に一本化している企業もあります。

◆購買の流れ

ここでは大規模製造業を例にして一般的な購買の流れを見ていきましょう。

前段階として、購入者と販売者との間で基本契約書を取り交わします。購入の諸条件(注文・納品・支払)を明らかにします。

【購入依頼票(purchase requisition)】
事業に何が必要かを決めるのは購買部ではありません。事業部門が生産計画や販売計画に基づいて何を・いつ・どれだけ・いくらで欲しいかを決めていきます。こうした情報を各社の所定の様式でまとめて購入依頼データにします。紙の帳票(購入依頼票)のときもあれば電子データのときもあります。

事業部門が購入先や仕様の詳細を決め、場合によってはある程度購入先と条件まで交渉して、いわば「指名買い」のような状態にして購入依頼データを作ることもあります(社内ルールでどの部門がどこまで担当すべきか・担当してよいかが決められている)。この反対に購買部の裁量が非常に大きい場合もあります。

購入依頼データは担当者が作成し、上長が承認します。電子ワークフローによることも多くなりました。紙の帳票の場合には複写式で発行部門控え用・購買部門用、などと必要部数を作成します。

事業部門で承認された購入依頼データは購買部門に渡されます。所定の内容が整っているかを確認したのち、指定された仕様を満たして最も良い条件で購入できる購入先候補と交渉して条件を決めていきます。

【注文書(purchase order, PO)】
購入先・購入条件が決まった時点で購入部門は内部承認を経て注文書を発行します。外部に対する注文も電子データに移行している会社もあります(企業統合等で国境を越えるシステム統合があり、その過程で通訳の出番も多い)。注文書は会社対会社の正式な記録となります。注文データは依頼元の事業部門にも共有されます。販売者は注文を受けた証拠として原則として注文請書(うけしょ、order acknowledgment)を購入者に交付します。

【受領書・検収書(receipt/acceptance inspection notification)】
注文に基づいて納品・サービスの提供がなされるとその証拠として購入者は受領書(検収書)を購入先に交付します。大企業であれば自社指定の納品書様式を使わせることが多い。納品書が複写式になっていて請求書も同時に作成することもあります。紙の帳票であれば購入者の担当者が納品書・請求書に受領の署名・捺印をします。

【請求書(invoice)】
販売者は納品確認の記名・職印のある納品書を元に請求します。請求は通常1か月分をまとめて行います。請求書は購入者の内部承認(事業部門・購買部門・あるいはその両方)を経て支払い処理に回付されます。

大企業での支払は資金を扱う部門が担当することが普通です。異なる部門による内部牽制で購買部門の誤り・独走・不正を防止するためです。販売者ごとに請求書をまとめ、合計額を支払います。支払い条件は基本契約書に定めることが普通です。

【与信(credit)】
販売者は掛け売り(月末払)で納品・サービス提供を行います。通常は購入者それぞれに対して支払い前にどれだけ販売できるか(販売すべきか)の上限を設けています。購入者の経営破綻等で回収が不能になる確率を加味して設定されています。

【支払(payment)】
購入者が販売者に支払う方法は以下のとおりです。特に手形は日本独自のシステムと言え、なじみのない外国人には説明が必要な場合があります。ここでは支払方法を挙げるにとどめますので、興味があれば各自調べてみてください。

・口座振替(口座引落)
・手形支払
・相殺

【支払通知(payment notice)】
購入者は支払者に対して当月支払の明細を通知します。

注:用いた用語は一例です。業界や取引内容によって異なる用語が使われています。英語以外の表記は割愛させていただきました。

「カイシャの中身」第1回は購買についてでした。少しでも通訳者のみなさんの理解の一助になればと思っています。次回は「人事・労務」の予定です。ご意見ご要望があれば日本会議通訳者協会のウェブサイトの問い合わせフォームや Facebook の会員限定グループへの投稿でぜひお知らせください。


白倉 淳一

フリーランス日英通訳者・日本会議通訳者協会会員
通訳者に転身する前には大企業で会計・資金管理・人事労務・企業グループ再編・情報システムの大規模更新を当事者として経験している。社会保険労務士有資格者・第一種衛生管理者・放射線管理手帳保有。