【第10回】通訳留学奮闘記~梨花女子大学校通訳翻訳大学院編~「教授って、本当に人間なのでしょうか」

 34歳でハングル文字から韓国語学習をスタートさせ40歳を目前に韓国の通訳翻訳大学院(=通大)に入学した私が、「通訳のための海外留学」のリアルな実態をお届けします。

 今回は「圧倒的実力を誇る我らが教授陣についてのお話」です。

隙のないプロ集団

 入学してまず驚いたのは、教授陣の卓越した(という表現すら失礼になるほどの)言語能力でした。

 例えば教授陣が日本語・韓国語両方の言語で会話する内容を30分ほど聞いても「どちらがネイティブ言語か」を言い当てられる人はいないと思います。だって両方ネイティブレベルだから!

 発音・アクセントが日韓ともに完璧であるというのは基本として、単語の選択、言い回し等々……どれをとってもパーフェクトな標準語。声もクリアで非常に聞き取りやすいトーンですし(教授の声に慣れてしまうと練習にならないくらい)、何なら佇まいも堂々としていてとにかくカッコイイのです。

ですから我々学生の関心事は「どうしたらそんな風になれるのか」なのですが、教授陣の答えはいつも決まっています。

「トレーニングあるのみ」

はい、すみません。頑張ります……。

胸の奥に突き刺さる語録の数々

 そんな教授陣が、授業の中で我々に投げかけてくださる格言の数々があります。

 私はそれを「教授語録」として保存し、ときおり見返しては自分自身に喝を入れるようにしているのですが、ここに日本語訳したものを一部ご紹介します。

「練習量と実力は必ず、か・な・ら・ず比例する。練習しているけど伸びません、という人を私はいまだかつて見たことがない」

「楽な“努力”をしているうちは成長しない。限界を超えたところに成長がある。言い訳のための‘やっているふり’になっていないか省みよ」

「血を吐くような努力をしているか。血を吐くような努力が必要」

「我々通訳にとっては口からすらすら出てきて初めて‘語彙力’。見て聞いて分かるだけじゃだめ」

「学校で受けたストレスはすべて、社会に出てから薬になる」

「傷ついている暇なんてないの。さっさと上達して」

 いかがでしょう、やる気が湧いてきましたか?(笑)

 優しさの中に(教授は皆とても優しいです)ぐさりと刺さるものがありますよね。

 実際に教授陣の圧倒的な実力という「証拠」を目にすると、「ぐうの音も出ないとはこういうことか……」と妙に納得してしまいます。本当に仰る通りなのです。

 こうして振り返ってみると、私も全く努力が足りていないですね。ああ、勉強しなきゃ。

まさに「何も言えねえ」

 とはいえ、2年生で同時通訳のトレーニングが本格スタートしたばかりのタイミングでは「さすがに教授の言うことにも無理があるのではないか!」という懐疑的な気持ちが芽生えたのが正直なところです。

 詳しくは【第8回】「辛くて辛い、同時通訳トレーニング」を参照いただければと思うのですが、「ああして」「こうして」「でもここも意識して」「あ、これはやってはだめ」という数々のフィードバックが同時に成立するとは(当時の私には)どうしても思えませんでした。

「これ、練習でどうにかなるものなの? 嘘でしょ?」

「本当に全部できる人いるの? それ人間?」

「教授はこれ現場で全てこなしているの? えー、本当に?」

 失礼極まりない話ですが、そのくらい私にとって同時通訳は「神の領域」のものだったわけです。

 それから数か月が経ち、夏休みのある日……同期数名と一緒に日韓両国の経済団体が主催するフォーラムに参加しました。

 教授から「同時通訳が聞ける機会があるから、時間がある人は行っておいで」と連絡をいただいたのです。聞けば、誰でも無料で参加可能。しかも同時通訳を我が校の教授が担当するというではありませんか。

 本物の同時通訳を生で聞くことができる!

 わくわくドキドキしながら会場に赴き、後方中央の座席を確保して開会を待ちました。

「おおおっ!」

 そしてスタートしたフォーラム。冒頭の司会コメント、開会挨拶、祝辞……。

 通訳レシーバーからはよどみなく、日韓の美しい標準語が聞こえてきます。

 本当だ。スピードが一定だ。無言の時間がない。棒読みじゃない。言い間違いはすぐに訂正。でも早口じゃない。何より、声がクリアで美しい!!!

 我々は片耳をイヤホンに、もう片方の耳を会場のスピーカーに集中させて、両言語を比較しながら感嘆したり、メモをとったりと忙しく過ごしました。

 驚愕したのは後半の発表のときです。

 発表を担当されたのは日本の研究者。日本の伝統工芸と地域活性化というテーマで、私のような学習者にとってはただでさえ訳しにくい日本語独特の表現のオンパレードだったのですが、何よりびっくりしたのはその発話スピードでした。

 「限られた時間内に収めようと早口になるケースはよくある」とは、授業中にも聞かされていました。なるほどこれがそういうことか。いや、それにしても早い! 日本語ネイティブでも内容に付いていくのに必死になる早さです。

 ところが通訳レシーバーから聞こえてくる韓国語は……ええーっ! 何と優雅なことか!!

 もちろん早いのですが、焦る様子なく淡々と通訳されているため不思議と「早さ」を感じません。何か内容を省いているのかといえば、そのようなことは一切なく、もれなく訳されています。時間的な余裕はほとんどないはずですが、一体どのタイミングで息継ぎをされているのか、息切れも全くない。

「やっぱり神か? 神が降臨したのか?」

 とにかく呆然と耳を傾けるしかありません。

「何も言えねえ」

 北京五輪のときの北島康介選手とは全く異なる心情ではありますが、私もやはり「何も言えない」状態に陥りました。本当にすごかった。

 そして心に決めたのは、「今後何を言われようと教授の言葉はすべてそのまま受け止めよう」ということです。

 いや、もちろん今までも素直な気持ちで聞いていたつもりですが、傷つきすぎないようにどこかでガードしていた部分もあったように思います。

 これからは全て受け止めよう。だって神だから。

 努力量が足りないと言われれば増やすしかない。だって神の言葉だから。

 頑張ります。私もいつか神の領域に到達できるように。

* * *

 というわけで、9月からは最後の学期がスタート。12月には卒業試験が控えています。

 果たして無事に卒業できるのか!? 今後のハラハラドキドキの展開をご期待ください(本人はひたすら切実です)。

会場の参加者席。ロビーにお菓子が用意されているのが韓国スタイルですが、ちょっと欲張って取りすぎました……。


中村かおり

韓日通訳者を目指すライター。マスメディア業界での記者・編集者生活を経て独立後、2018年1月の初ソウル旅行をきっかけに34歳で韓国語学習をスタートさせる。2020年秋から半年間、韓国・ソウルでの語学研修に参加。2023年3月から梨花女子大学通訳翻訳大学院(修士課程・韓日通訳専攻)にて通訳専門訓練中。