【第8回】通訳留学奮闘記~梨花女子大学校通訳翻訳大学院編~「辛くて辛い、同時通訳トレーニング」
34歳でハングル文字から韓国語学習をスタートさせ40歳を目前に韓国の通訳翻訳大学院(=通大)に入学した私が、「通訳のための海外留学」のリアルな実態をお届けします。
今回は「同時通訳ブースの中で迷走する話」です。
いよいよ始まった同時通訳の本格訓練
冬休みが終わり、3月から新たな学期がスタートしました。
今学期の必須科目は、「専門逐次通訳」「同時通訳AB(韓日)」「同時通訳BA(日韓)」「通訳プラクティカム(実践型授業)」の4つ。ここに選択科目の「上級実務翻訳」をプラスして週5コマという布陣です。
目玉はなんといっても、本格スタートとなる同時通訳のレッスン。
前学期の「入門授業」でほんのり触れてはみたものの、聞いて→理解して→訳して→正しい発音で口から出す、という作業を瞬時にそれも連続して行うというのは我々学生にとってはいまだに神ワザの領域で、すぐさまマスターできるようなものではありません。
案の定というべきか、初回から大大大苦戦の連続となりました。
「宇宙語」しか出てこない
日本語であれ韓国語であれ、耳から聞こえてくるものはほぼ問題なく聞き取れる、具体的なイメージも次々と頭に浮かぶ……のに、それを反対言語で表現しようとすると、あれ? 頭が真っ白になってしまって何も言葉が浮かんでこない――。
当初はこのような状態がずっと続きました。
必死に口から何かを発しようとしても出てくるのは「あ……う、う」のみ。
スタジオジブリのアニメ「千と千尋の神隠し」に、そういうキャラクターがいましたよね。本当にあんなイメージです。
おそらくですが、頭を丸ごと反対言語のモードに切り替えたいのに耳からはずっと元の言語が聞こえてくるため、上手く切り替わらずパニックに陥って口からは何も出てこない、という状態だったのではないかと思います。
要はマルチタスクが全くできていなかったわけです(今もできていませんが)。
その次は凄まじい「言語干渉」、すなわち混乱のあまり日本語と韓国語が混ざってしまう現象が続きます。
日本語と韓国語はいずれも漢字文化圏の言語で、共通の熟語が元になっている語彙が多数あります。
例えば「詐欺」は韓国語でもそのまま「サギ」ですし、「三角」や「感覚」、「孤独」なども発音が似ています。
一方で「交流」や「共同」など似ているようで違う発音(それぞれ「キョリュ」と「コンドン」)もありますし、元となっている漢字が同じでも微妙にニュアンスが異なる語彙もあります(「配置する」や「評価する」など)。
他の言語圏の方々からはよく「語順も文法もほぼ同じで、単語も似ているものがたくさんあるのだから同時通訳は簡単でしょ」と言われがちなのですが、この「ほぼ同じ」「似ている」(しかし異なる)がむしろトラップとなって足をすくわれてしまう難しさがあるように思います。
最近私がやってしまったミスのごく一部を紹介すると、
「本格」と言いたかったのに「ほんキョク」(韓国語は「ポンキョク」)
「人件費」と言いたかったのに「じんコンひ」(同「インコンビ」)
「期待値」と言いたかったのに「きデち」(同「キデッチ」)
「補完」と言いたかったのに「ほワン」(同「ポワン」)
「医師」と言いたかったのに「いサ」(同「ウィサ」)
……など、自分でも呆れてしまうほどのカオスぶりです。
私はこれらを勝手に「宇宙語」と呼んでいるのですが、あまりにもこの宇宙語が頻発するため、「宇宙語を反復するばかりで、本当に上達するのだろうか。練習を繰り返すうちに宇宙語の方が研ぎ澄まされていったらどうしよう」と真剣に悩んだりもしました。
他校を卒業されたプロ通訳の先輩に相談したところ、「最初は宇宙語でも、練習しているうちに日本語や韓国語の比率が増えていくから安心せよ」という言葉をいただき、とりあえずは練習を続けています(でも内心はいまも不安です)。
そして矢のように飛んでくるアドバイス
ここに追い打ちをかけるのが、本来ならありがたいはずの教授のアドバイスです。
日本語、韓国語を口から出すだけでも精一杯なのに(というかできていないのに)、次々と注文が飛んできます。
- 棒読みはダメ。聞いて把握した内容を聴衆に説明するように訳して。
- でも無言の時間は作らない。流れるように。
- 何も考えずただ機械的に訳してはダメ。文脈を理解して、次の内容を予測しながら。
- でも「いい表現」を考えすぎるのはダメ。スパッと終えて次に行く。諦めも必要。
- 聞き流さないで。一言も逃すまいと必死について行くの。
- でも訳すスピードは一定で。
- 自分の声も片耳で聞きながらきちんとモニタリングして。間違いをそのままにして次に行かない。
- でも早口でダダダダダーッて訳しちゃダメ。スピードは一定。
- 情報の漏れも無いように。
正直なところ、「ここは曲芸師の養成所ですか」と聞きたくなってしまうほどです。
そんなこちらの心情を読み取ってか、教授も「ま、矛盾したことを言っている、と思うかもしれませんが」とニヤリ。
最近は、同時通訳をマスターした自分の姿がどうしても思い描けず、教授に「私、通訳になってはいけない人間なのではないでしょうか……」と弱音を吐いては「練習あるのみ!」と喝を入れられる日々を過ごしています。
そういえば先日、とある知人に「同時通訳って卓球みたいなものですかね」と聞かれて、
「いいえ!! ジャグリングです」
「卓球に例えるなら、1人で2〜3台同時に打つイメージでしょうか」
と被せ気味で答えたことがあるのですが、まさにサーカスのようなものだなと思います。
プロ通訳の先輩の皆様方、心から尊敬いたします。
私などができるようになる日が来るとは、いまは到底思えませんが引き続き努力を続けたいと思います。うーん、でも辛い!
中村かおり
韓日通訳者を目指すライター。マスメディア業界での記者・編集者生活を経て独立後、2018年1月の初ソウル旅行をきっかけに34歳で韓国語学習をスタートさせる。2020年秋から半年間、韓国・ソウルでの語学研修に参加。2023年3月から梨花女子大学通訳翻訳大学院(修士課程・韓日通訳専攻)にて通訳専門訓練中。