【第9回】通訳留学奮闘記~梨花女子大学校通訳翻訳大学院編~「本に埋まる」

34歳でハングル文字から韓国語学習をスタートさせ40歳を目前に韓国の通訳翻訳大学院(=通大)に入学した私が、「通訳のための海外留学」のリアルな実態をお届けします。

今回は「通訳そっちのけ?で本ばかり読んでいる話」です。

始まりは教授の「本を読め」指令

「本を読め。徹夜してでも本を読め」

「最低でも週に短編一本くらいは読め」

こんなことを1年生の1学期から複数の教授に言われ続けてきました。翻訳専攻はもちろんのこと、通訳専攻の学生であっても「多読」は表現力を鍛えるのだとか。

正直なところ、日々の課題や予習・復習にいっぱいいっぱいで本を読んでいるような余裕は皆無だったのですが、「たくさん読んでいる人ほど成長している」とまで言われてしまったら読まないわけにはいきません。

1年生の頃は1〜2か月にやっと単行本1冊程度、2年生になってからは毎月1〜2冊ずつのペースで韓国語の小説やノンフィクションなどを読み進めてきました。

読書(および積ん読)は元々趣味の一つでもあったため、勉強に疲れたときの逃避先としてはもっていこいだった、という事情もあります。

ついカッとなって……やってしまいました

何冊か読んでいくうちに自然と「日本語に訳すとしたらどんな表現が適切か」が気になり始めました。

幸い我が校・梨花女子大通大は、翻訳大賞を受賞するようなプロの文芸翻訳家の先生が教鞭をとられています(しかも1年生の「実務翻訳」を担当してくださっているのです。なんという贅沢!)。

ごく一部ですが、通訳専攻の学生であっても履修可能な翻訳の授業もあり、2年生1学期の教科で言うと「文学翻訳(韓日)」がそこに含まれていました。

何があっても絶対取ろうと思っていたんです。

履修登録の日を心待ちにしていたんです。

ところが時間割が発表され、いざ確認しにいってみると……なんと、通訳専攻の必須科目と日程が思いっきり被っているじゃないですか!!!

えーーー! あれだけ高い学費を払っているのになぜ!?

と、一気に頭に血が上ってしまい(かなり学費免除されているくせに)、勢いそのまま「どこかで翻訳を学べるところはないか」と探した結果、韓国文学翻訳院の「翻訳アカデミー」に辿り着きました。

韓国文学翻訳院とは、ざっくり言うと韓国文学を世界に広めるために作られた政府関連機関で、韓国文学を日本語など様々な外国語に翻訳する専門家を育成しています。

育成コースである翻訳アカデミーには正規課程、翻訳アトリエ、夜間課程があり、夜間課程はオンラインでの受講です。

夜、オンライン……これだ! と、そのままほとんど勢いだけで夜間課程に出願してしまったわけです。カッとなって、つい。

実を言うと翻訳アカデミーの夜間課程は2〜3年ほど前にも一度出願したことがあるのですが、当時は書類選考であえなく散ってしまいました。

政府が文化振興のために運営する機関ですから、受講料はほぼ無料(最初にわずかな登録料を支払うのみ)。すなわち韓国の血税が使われているわけです。

その分、選考が厳しくなるのは当然ですし、何より志願者が多いので狭き門であることに変わりはありません。

「勢いで応募してみたけれど、ま、どうせ落ちるでしょ」

そんな軽い気持ちでのほほんと過ごしていたのですが、書類選考通過の連絡をいただき、筆記試験通過の連絡をいただき、面接試験と……あれよあれよと言う間に進んでいって、最終合格までいただいてしまいました。

というわけで、今年度は昼間に大学院の授業、水曜日の夜はオンラインで翻訳アカデミーの授業を受けながら過ごしています。

アカデミーの授業は、前期(4〜6月)と後期(8〜11月)でそれぞれ短編を1作ずつ翻訳し、フィードバックを受けたり議論したりしながら進めていくというものです。

今まで自分がいかに「きちんと読めていなかったか」をまざまざと見せつけられ、打ちのめされる素晴らしい機会となっています。

よく「短気は損気」と言うけれど……得することもあるんですねぇ。

‘真の出会い’を求めて読書会へ

もう一つの新しい変化が「読書会への参加」です。

実は私の周りには日本語が通じない人がほとんどいません。

大学院の同期はみな日本語もネイティブ級ですし、学外の友人もたいていは言語交換目的で出会った人たちなので、全く問題なく日本語が通じてしまうのです。

もちろんコミュニケーションのベースは韓国語なのですが、疲れていたり具合が悪かったり、韓国語で何ていうのかよく分からない表現だったりすると、つい甘えて日本語が出てしまいます。

また、仮に日本語を直訳したようなヘンテコな韓国語を喋ったとしても、日本語を知る彼・彼女らは理解できてしまうわけです。

うーん、これはまずいのではないか。どう逆立ちしても日本語が通じない環境に身を投じるべきなんじゃないか……そんな思いから、勇気を出して地域の人々が集う「読書会」に参加することにしました。

これが大正解。

みんな恐ろしくおしゃべりで早口なんです(笑)。

「旧ソ連の指導者スターリンは読書家だったというけれど、謙虚に学ぼうとする人がどうして独裁者になったのか」

「孫子の兵法が今も読み継がれているのはなぜだろう」

「人類はAIをどのように活用すべきか」

その週のお題となった本の内容に沿ってそれぞれの考えを共有するわけですが、ほぼ「発言権争奪戦」のような状況です。

全体の話の流れを追いながら、適当なタイミングで口を挟み、途中で遮られる前に言いたいことを早口かつ理路整然と言い切るスキルを磨くのに、これ以上の環境はありません。

さらに、メンバーの興味範囲が見事バラバラなため、「自分だったら絶対手に取ることのないテーマの本」を強制的に読む(読まされる)良い機会となっています。

* * *

というわけで、最近はとにかく本、本、本。

これで果たして私の表現力は伸びるのだろうか……? 効果のほどは数年後に検証するとして、まずは思いっきり、楽しみながら読み漁ってみようかと思います。

毎週買ったり借りたりしている本で溢れかえり、ノートテーキングの場所を確保するのも苦労するようになってきた机

中村かおり

韓日通訳者を目指すライター。マスメディア業界での記者・編集者生活を経て独立後、2018年1月の初ソウル旅行をきっかけに34歳で韓国語学習をスタートさせる。2020年秋から半年間、韓国・ソウルでの語学研修に参加。2023年3月から梨花女子大学通訳翻訳大学院(修士課程・韓日通訳専攻)にて通訳専門訓練中。