【第3回】匂いにまつわるなにやかや「匂い分類と表現」

こんにちは。匂いにまつわるなにやかや、第3回です。

この回がアップされる頃の気候が読めず書き出しに困っています。風邪など引いていませんか、紅葉は綺麗でしたか、栗原です。

第1回では匂いとは一体なんなのか、そして第2回ではヒトが匂いを感知する仕組みについて話しましたが、美しき香もその名を知らずして文にも書きがたしとはいと口惜し、ということで匂いを人に伝える時にどんな言葉を使うのか。というわけで今回のテーマは、匂いの分類と表現についてです。

  • 匂いの分類の歴史
  • 一般的な匂いの分類・表現
  • オフフレーバー
  • 匂いの表現について
  • 匂いの小話

匂いの分類の歴史

初めて科学的な匂いの分類方法を考案したのは、カール フォン リンネ(1707-1778)という人物で、18世紀のことでした。匂いに限らず近代分類学の基礎を作った人物です。彼が考案した分類方法は、匂いを、芳香、スパイシーな香り、麝香、ニンニクのような匂い、ヤギのような匂い、悪臭、吐き気を催すような匂いの7つの種目を用いて匂いを分類するというものでした。しかし、この分類法は匂いそのもの分類を目的として考え出されたのではなく、医学的効能のある植物を分類することに主眼が置かれたものでした。

その後19世紀に入ってヘンドリック ツワーデマーカー(1857-1930)という人物がリンネの分類方法にエーテル臭と焦臭を追加、そしてさらに細分化した分類方法を提示します。ただ、リンネとツワーデマーカーずれの分類方法も、実験的データに即したものではありませんでした。

以降これまで、ハンス ヘニング(1885-1946)の嗅覚プリズムや、アーネスト クロッカーとロイド ヘンダーソンによる4桁の数字を用いた分類、加福均三による嗅覚正六面体や市原正雄の嗅覚球体、他にも意味的プロファイリングといったさまざまな分類方法が考案されてきました。

世界地図を作ろうとしてきた歴史のようで(ある意味そうかもしれませんが)どの分類方法も興味深いものですが、匂いの分類法には未だ決定的なものは存在していないそうです。

一般的な分類と言葉

とはいえ、何もないわけではありません。一般的には以下の表の分類と言葉が使用されています。

フローラル Floral 花の香り全般例:三大フローラルのバラ、スズラン/ミュゲ、ジャスミン、その他にもユリ、ガーデニア、チューベローズ、イランイラン
フルーティー Fruity 柑橘以外の果物の香り例:リンゴ、ベリー系、メロン
スウィートSweetグルマンGroumant砂糖や砂糖菓子のような香り例:キャラメル、キャンディー、チョコレート、洋生菓子
スパイシー Spice 香辛料のような香り例:生姜、クローブ、シナモン、アニス、クミン
ハニー Honey ハチミツや蜜蝋のような香り
シトラスCitrus 柑橘系の果物の香り例:レモン、オレンジ、ライム、ベルガモット、タンジェリン、柚子
アロマティックAromaticハーブのような香り例:ラベンダー、ローズマリー、バジル、セージ、タイム、フェンネル
バルサミックBalsamic  植物の樹脂のような香り例:ミルラ(没薬)、ベンゾイン(安息香)、カンファー(樟脳)、フランキンセンス(乳香/オリバナム)など。東方の三博士の贈り物にも出てくる香り。
グリーンGreenウッディWoody 森林や草木を思わせる香り例:オーク、サンダルウッド、セダーウッド、檜、檜葉、杉
モッシー Mossy 木に生えた苔のような香り。少し湿気を含んだような感じも。例:オークモス、ツリーモス
アーシーEarthy 土っぽくかつ重みを感じる香り例:パチュリ、ベチバー
ミンティ Minty ミントのような香り例:ペパーミント、スペアミントなど
マリン Marine 海辺を思わせるようなのすこし生臭く、塩気のある香り 
アンバー Amber マッコウクジラの腸内結石であるアンバーグリス(龍涎香)のような香り例:アンバーグリス
レザー Leather 革製品のような香り
ムスク Musky麝香鹿からとれるムスクのような香り例:ムスク、アンブレットシード
パウダリーPowderly おしろいを思わせる軽く甘い香り例:バニラ、ヘリオトロープ
アルデハイデリック Aldehideric 化学構造にアルデヒド基をもつ匂い物質例:アセトアルデヒト(二日酔いの人の匂い)

※アンバー、ムスク、シベット、カストリウムなどの動物性香料およびそれに近い香りををまとめてアニマリックAnimalicという場合も

オフフレーバー

上記の分類の他にも、食品の香り(フレーバー)にはオフフレーバーというカテゴリも存在します。フルーツをはじめ食品の香りは、数十から数百もの匂い物質とそのバランスによってつくられています。その絶妙なバランスが崩れた時に発生する香りをオフフレーバーといい、酸化臭や腐敗臭、生臭さや硫黄臭がこれにあたります。

また、例えば水や保存容器などからの移り香もオフフレーバーに含まれます。

匂いの表現について

以上が一般的な分類と言葉ですが、日本語や英語ではその他にも視覚や味覚、触覚といった他の感覚器官で受けた刺激を表す際に使う言葉を転用することもあります。甘い、酸っぱい、はっきりした、ぼやけた、重い軽い、暖かい、冷たいなどなど。

他にも、誰もが頷くわけではありませんが、エネルギッシュなとか、元気がでるような、落ち着いたといった心象や、連想される色も用いられます。また、「〜のような」と喩託する場合も多くあります。

ふと考えてみると、嗅覚独自の表現としては匂いは「良い」か「悪い」という言葉しかないのが不思議ですね。

ディスクリプション

と、上にあげた大まかな分類やカテゴリーがあるのですが、フレーバーとフレグランス共に匂いによってはそのどれか1つだけで表現することが難しい場合もあります。

そういった場合、2つ時には3つ以上の言葉を組み合わせて表現することもあります。2語で表現する場合、アクセントとなる香り▶︎主香調の順で表現します。(例:フルーティフローラル、ハーバルシトラス)

3語以上で表現する場合には、ディスクリプションと呼ばれる表現手法がとられることもあります。主香調▶︎特徴的な香り▶︎アクセントの香りの順に言葉を組み合わせます。例えば、ウッディな香りの効いたハーバルシトラスで、かつ主香調はシトラスの中でもレモンの場合、シトラスハーバルウッディレモンとなります。

香りの小話

寒さのあまり「ヒャ〜..!」と言ってしまいそうな時間が長くなる今日この頃ということで、今回の小話はカシュメランという香料についてです。カシュメランは1970年代にInternational Flavors and Fragrances社が開発した合成香料で、合成ムスクの一種です。

繊維のカシミアに由来する名前で、カシュメラン単体で試すことはなかなか難しいのですが、使われている香水としてはD’ORSAYのE.Q.、Christian DiorのTHE CACHEMIRE、SHIROのSMOKED  LEATHERやINTRODUCTION(カシュメランの1種のカシミヤという香料ですが)などがあります。どれもムスクのようでいてカシミアを思わせるような淡い明るさと柔らかさと軽やかさ、そして温かさも感じる香りです。

今の季節贈り物を探しにお出かけの際は、ぜひ香りもののお店にも足を運んでみてください。贈る相手と一緒に行くと、「これ!」といったものが見つからなくとも、よく知る相手の知らない一面も知ることができること間違いなしです。

また、今回紹介した分類の中で「たぶんこういう香りが好きだな」という香りの他にも、「?」となった香りもなんでも試して、「こんな香りのことをearthyというのか!」と言葉と体感を結びつけるのも楽しくおすすめです。

というわけで今回はここまで。少しばかり早いですが、クリスマスをお祝いするすべての人にメリークリスマス!そして2024年が笑顔になることの多い一年になりますように。年末年始暖かくしてお過ごしください。

参考資料 

平山令明『「香り」の科学 匂いの正体からその効能まで』講談社、2017

光田恵、一ノ瀬昇、跡部昌彦、長谷博子『トコトンやさしい香料の本』日刊工業新聞社、2023

櫻井和俊、日野原千恵子、 佐無田 靖、 藤森 嶺『エッセンス!フレーバー・フレグランス 化学で読みとく香りの世界』三共出版、2018

Neil Chapman, Perfume: In Search of Your Signature Scent, Hardie Grant, 2019 

中島基貴『香料と調香の基礎知識』産業図書、1995

エイブリー・ギルバート著、勅使河原まゆみ訳『匂いの人類学 鼻は知っている』武田ランダムハウスジャパン、2009

正岡子規『墨汁一滴 ワイド版岩波文庫』岩波書店、2005 

J-Global カシュメラン https://jglobal.jst.go.jp/detail?JGLOBAL_ID=200907050491102974(2023年12 月5日情報取得)

Wikipedia Cashmeran https://en.wikipedia.org/wiki/Cashmeran(2023年12月5日情報取得)


栗原 友(くりはら ゆう)

大学卒業後、事務兼翻訳の派遣社員に。現在は通訳・翻訳として小売企業勤務。趣味はラジオ、散歩、読書、美術館・博物館・植物園巡り。

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