【第2回】ロンドン・メトロポリタン大学会議通訳修士コース編「全面オンライン授業からハイブリッド形式へ」
こんにちは!ロンドン・メトロポリタン大学会議通訳修士コース在学中の渡辺有紀です。イギリスではイースター休暇が終わり、夏に向けて爽やかな季節となっています。私の学生生活も2年目後半となり、5月中旬の通訳実技試験、そして修士論文の執筆に向けて、総仕上げの時期に入っています。
前回に引き続き、ロンドン・メトロポリタン大学(以下ロンドンメット)での会議通訳修士コースについて、私の体験を寄稿させていただきます。今回は、コロナ禍の全面オンライン授業を経て、現在どのように授業が変化しているのか、さらに新たな取り組みなどについても書いてみたいと思います。
ロックダウンの静寂の中で
2020年、コロナ禍の真っ只中に大学院に入学した私は、初年度の1年間、ほぼ100%オンラインで授業を受けました。通訳業界にも大変革が起きていた時期です。コロナ禍がいつ終わるのか、果たして通訳の需要は戻ってくるのか? 私はそんな不安をかき消すように、大学院の授業にのめり込んでいきました。イギリスでは、数回にわたる厳しいロックダウンが実施され、日常生活は大幅に制限。以前なら慌ただしかったはずの外出予定や移動がなくなり、日常から一切の雑音が消えていました。そんな中、ひたすら大学院のオンライン授業と自分の通訳に向き合うことができたことは、今思うと最高に幸せな時間でした。
オンラインで行われた実技試験
この間の授業は、講義も通訳実践練習も、全てZoomにて開催。次第に主流になった遠隔通訳の需要を踏まえ、授業では遠隔同時通訳(RSI)対応を中心とした演習が行われました。PC、ヘッドセットなどの機材はもちろん、音質についても毎回厳しいチェックが入ります。通訳パートナーとの交代やリレー通訳のやり方も、遠隔通訳を前提として繰り返し練習しました。
さらに通訳実技試験やグループでのプレゼンテーションも全てオンラインで実施されました。通訳試験当日、まず受験者全員が所定の時間にZoomにログインし、キーワードをもとに10分間の準備時間が与えられます。その後、あらかじめ録画されているスピーチ動画のリンクがチャットで送られてきます。それに各自でアクセスし、再生しながら自分の通訳を録音し、その録音ファイルを所定のフォルダにアップロード。試験官が通訳録音ファイルが正しくアップロードされたことを確認し、退出許可が出た時点で終了というものです。試験中は、スピーチ再生1回分の時間しか与えられないので、提出する録音ファイルは初見訳出です。学生はずっとZoomのカメラを「オン」にしたまま一連の作業を行います(ただし音声はミュート)。ロンドンメットの通訳実技試験は、国際機関(EUやUN)の通訳者選別試験に合わせて、逐次通訳6分間(ポーズ無し)、同時通訳10分間となります。逐次および同時通訳ともにオンライン形式で試験が行われました。このオンライン形式の試験は、対面授業が再開された現在でも継続されています。
コロナ以降の新しい取り組み
またロンドンメットでは、このオンラインという利点を生かして、毎週さまざまなゲストを迎え、講演が行われました。EU各機関で活躍する専属通訳者、通訳エージェントのPM、通訳業界団体の代表者、遠隔通訳プラットフォームの提供者、Linkedinのスペシャリスト、ネットワーキングのコンサルタントまで、様々な方のお話を聞き、スクリーン越しとはいえ直に質問することができるという素晴らしい機会に恵まれました。
コロナ禍を機に新しく開始された取り組みに、大学院が遠隔同時通訳(RSI)専門のエージェントと提携したインターンシップ制度もあります。エージェントが実際に扱うRSI案件に学生が入り、業界主流の遠隔通訳プラットフォームを使って通訳演習を行うという制度です(ただし学生の訳出がクライアント側に聞こえることはない)。この”Dummy booth practice”と呼ばれる研修を一定時間行い、スキル基準を満たすと、エージェントに登録ができ、かつ一定時間の案件が提供されるという画期的な制度です。また同様に、大学院と外部団体が提携するRSIのプロボノ案件の機会も増えています。こちらの言語需要はフランス語、スペイン語などEUの主流言語である場合が多いのですが、RSIなので、日本語通訳者も会議に参加し、本番さながらの練習ができる絶好の機会となります。こういった取り組みは、コロナ禍においてRSIが主流となったからこそ生まれた新しい制度であり、現在も継続されています。
かくしてコロナ禍で会議通訳を学んだ私達は、必然的にRSIに特化した実技演習を重ねることとなりました。そんな1年目の終わりには、入学したばかりの頃の不安は吹き飛んでいました。RSI案件が増加する中、私も在学中からお仕事させていただく機会に恵まれ、そのことが大きな励みとなって学習を続けることができています。
ついにキャンパスへ
2020年10月の入学以来、ずっと続いたオンライン受講でしたが、初めてキャンパスでの対面授業に出席できたのが、2021年の5月でした。実はコロナ禍直前の2019年、ロンドンメットの会議通訳科は、金融街にあったシティキャンパスから北ロンドンのHolloway roadという場所にキャンパスを移転しています。新キャンパスでは、通訳ブースや講義を行う教室に最新設備が導入されていました。そのため通訳ブースのコンソール、ディスプレイ、教室内の大画面スクリーン、室内カメラ、各席に設置されたマイクなど、まさにハイブリッド対応となっています。この機材により、教室とその周りにある6つの通訳ブース、そしてZoomという3つのプラットフォームを、画面と音声両方で繋ぐことが可能になっています。そのため、キャンパスが再開されてからの授業は、教室での対面とオンラインを繋ぐハイブリッド形式にスムーズに移行しました。学生はコロナウイルス感染や自主隔離などの事情で、キャンパスに来れないこともあるため、オンライン出席の選択肢は重要です。毎回の授業は、オンラインだけでなく、教室から参加する学生も、各自のPCからZoomに接続して行われています。
ハイブリッド形式による模擬会議
また、学期中に数回行われる模擬会議も同じようにハイブリッド形式で開催されています。スピーカーも通訳者も、キャンパスの通訳ブースもしくはオンラインのどちらかを選んで参加することができます。ただし、キャンパスのブースから参加する通訳者は、各自Zoomなどオンライン配信されるプラットフォームにも接続し、通訳コンソールとオンライン・プラットフォームという二つのチャンネルに訳出音声を流すことになります。
コロナ禍以降、こういった模擬会議はウェビナー形式で行われるようになりました。そのため誰でもウェビナーに登録すれば、通訳音声を含む会議の様子を聴講できるようになっています。また、毎回YouTubeを使ったライブ配信による一般公開もされています(こちらは登録不要ですが、通訳チャンネルを聞くことはできません)。
このように大学院の授業はコロナ禍を経て大きく変化しています。イギリスの場合、1年間で修士号を取得できるため、2020年度に入学した同期の学生の中には、一度もキャンパスに足を踏み入れることなくコースを修了した人も少なくありませんでした。私の場合、2年間のパートタイム学生なので、オンライン→対面/ハイブリッド形式の授業を経験することができました。会議や通訳の形態も、今後ますますハイブリッド形式になることが予測されています。
しかし、現在コロナの規制がほぼ全廃されたイギリスでは、やはり大学はまだまだ対面授業を重視しているようです。そのため、授業を行う先生が教室にいる場合は、出席する側もやはり対面であることが望ましいと個人的には感じます。先生を含めた全員がオンライン参加の場合なら、違和感はありません。しかし先生が教室にいる場合、その熱量や臨場感は、やはり同じ空間にいる方がより伝わりますし、発言や質問もしやすいと感じます。こういったことは、ハイブリッド形式を採用し始めた教育現場だけでなく、ビジネス会議にも共通する課題なのではないでしょうか。しかし、授業形態は今後ともますます進化していくと思われます。ぜひメタバースなどの技術革新に期待したいでところです!
コロナ禍における激動の中、大学院は常に通訳業界の最新動向に目を向け、すぐに前線に飛び込める実践力をつける場であり続けています。時代の過渡期を肌で感じつつ、このような学びの場に身を置けたことに、感謝の気持ちでいっぱいです。
次回は、ロンドンメットでの学習環境、ロンドンでの学生生活のリアルについても書いてみたいと思います!
渡辺有紀 Yuki Watanabe
2020年よりロンドン・メトロポリタン大学会議通訳修士課程に在籍(2022年9月卒業予定)。日本で大学卒業後、短期語学留学を経て日本で社内通翻訳を経験。2013年に渡英。現地企業で勤務後、通訳者として再挑戦すべく大学院へ進学。