【最終回】通訳留学奮闘記~ロンドンメトロポリタン大学編「Dissertation、レポート、卒業! そして…」
皆さん、こんにちは。
前回の記事からだいぶ期間があいてしまいました。あまりにも空いてしまったので、もしかしたら溝田は脱落したのではないかと思われた方もいらっしゃるかもしれません。そして、時間が経ってしまったのですが今回が最終回となりました。
■Dissertation
前回はDPSIという公共サービスの通訳の試験のことを書きました。6月下旬に通訳の口頭試験、翻訳の筆記試験を終えました。そして5月末までに期末試験を含め終了していた大学院のコースの授業、が、自分のコース外で追加してとっていたDPSIの授業も6月下旬のDPSIの本試験の前に終了していました。7月からは、9月2日15:00(イギリス時間)が提出期限となっていたdissertation(修士論文)に専念していくこととなりました。
Dissertationについては、それ以前の5,6月までに、dissertationを書くことを選択した学生を対象としたセッションが何度か開かれ、リサーチの方法やリーディングの方法、文献の探し方、academic writingの基本などを学ぶ機会がありました。また、過去の先輩方がプレゼンをしてくださったり、自身の経験をお話ししてくださる授業もあり、学生からの不安に答えてくださりました。学生同士でも、自分の決めたテーマやリサーチクエスチョンについて、選んだ動機や今後の研究計画を5分程度のプレゼンテーションにして動画を録画し、決められた学生同士でフィードバックをしながら考えを深めたり、割り当てられたsupervisorと進捗を確認しながら面談を行ったりしてきました。
また、以前dissertationについて少しご紹介した第7回の記事の中で、OriginalとReflectiveという2つのアプローチがあることをお話ししました。私は自分の通訳訓練の課題の中からリサーチクエスチョンを設定し、その解決を図るべく取り組み、パフォーマンスを考察していくReflectiveを選びました。Reflectiveを選んだ学生を対象に、その後研究の中で考察する自分のパフォーマンスをとるための機会が、mini mockと言って6月の決まった日に試験のような形式で行われました。被験者となる通訳者(=自分)が事前にテーマやキーワード等決まった情報だけを与えられて初見の通訳に臨めるという公正な試験のような環境を作るために、事前に通訳することになるスピーチを作成していただく人に依頼します。そしてその情報や原稿などはdissertationのモジュールリーダーに送っていただき、テーマやキーワードのみがモジュールリーダーを通じて被験者のもとに届きます。そしてスピーチは、含める数字や固有名詞、全体の長さなど実験の趣旨に合った制約の中で作成していただきます。私はここまで進めるのがぎりぎりになっていた上、日本語から英語への通訳ということで日本語のスピーチを作成していただく必要がありました。そうなると、必然的にお願いできる人が限られてしまうこともあり、忙しい時期ということもありなかなか引き受けてくださる人がおらず、dissertationを書くこと自体をもう諦めようかと考えたこともありましたが、チューターの先生に無理を言って作成いただき、進めることができました。
Mini mockの後は、引き続き必要なリーディングは続けていきながらも、自分のパフォーマンスの録音を聞きながら気づいた点など15の項目について、所見をこれまでのreadingで学んだ学説や自分の立てた仮説と照らし合わせて考察していきます。基本的にこの作業に7月から取り掛かるのですが、実は私は、7月から日本に帰国して仕事に復帰しながら仕事と同時並行で進めていました。7月から帰国して仕事に戻ることはsupervisorの割り当ての段階でモジュールリーダーには伝え、Skypeなどの手段でミーティングを行ってくださるsupervisorを希望していました。私のSupervisorは幸い非常に理解があり、ミーティングの回数や時間等も非常にフレキシブルに対応してくださりました。コースで決められた必要最低時間が終わったから「はい、時間が来たので今回はここまでです。」と終了するのではなく必要なだけ時間を割いてくださったり、事前にミーティングで話す内容をメールでやり取りをしたり、基本的には1回のミーティングは2時間として回数が定められているところ、1時間のミーティングを分2回行うなどの対応をしてくださいました。
実際のところ、イギリスと日本では時差がありますし、私は7月1日から平日はフルタイムで、休日も時に出張があったり中には海外出張がある中で取り組んでいたので、イギリスのworking hourと合わせるとなると大体ミーティングは仕事が終わって帰宅した後深夜0時や1時から1~2時間といった具合でした。ミーティングがない日も、そのくらいの時間に執筆作業を進めていきましたので、9月初旬の提出まで、今考えると結構しんどかったと思います。大体提出期限の2週間前くらいに最後まで書き終わり、英語を母語とする方にproof readingを依頼するのが普通なのですが、この時も依頼する人を探すのに苦労しました。というのも、大学で紹介のあったOB・OG等は既に予約でいっぱい、提出する段階まで本当にたどり着けるか不安だった私は、実際にproof readingが必要となるまでその手配を怠っていたということもあり、何人かに断られたり、先生方に紹介していただいた方に片っ端から連絡したり、断った方が代わりにと紹介してくれた人に連絡したりしてようやくお願いすることができました。そして提出期限の9月2日のイギリス時間15時は、この時も出張のための空港へ移動中の時間であることが予めわかっていたので、余裕をもって前の週に何とか提出することができました。
■TIPE
実はdissertationと同じ提出期限までに提出しなければならないものがもう1つありました。それはTIPEというモジュールのレポートです。第6回の記事でご紹介したように、TIPEは通訳者を取り巻く環境についてということで、授業の中でネットワーキングについてやソーシャルメディアの活用の仕方、履歴書や名刺の作り方などについて、グループディスカッションやワークショップの中で学んでいきました。また、第7回の記事でご紹介したように、Code of Conductについてのグループプレゼンテーションも行いました。そして、その時に少しふれたように、実際に自分が通訳を現場で行ったりプロの通訳者の現場での通訳を見学したりといった機会を持ち、それぞれについてレポートを書きます。記憶が新鮮なうちに書いたほうがいいのですが、結果的には8月に入ってから大慌てでまとめて書くことになりました。しかし、もちろんdissertationほど長いレポートでもなく、ある程度書きたいことの方向性も明確であったため、それほど準備に時間をかけずに書き始めたら勢いに乗って書くことができ、dissertationよりさらに1週間ほど前に提出することができました。
■9月2日の締め切りのその後
かくして、何とか必要なものを提出することができ、私の大学院生活は一区切りとなりました。その後は仕事を中心とした生活を続けていまして、9月下旬に、6月に受けたDPSIの試験ですべてのUnitを合格することができた通知が届きました。また、TIPEとdissertationの成績も発表され、無事単位を取得することができました。
そして12月2日、ロンドンのBarbican Centreで卒業式が開催される旨がメールにて知らされました。休暇を取得して出席するにしても、航空券や宿泊にもお金がかかるし、また多くの人が提携している業者からレンタルして出席するガウンもそれなりのお値段がかかるので、迷いましたが、一生に一度の機会ということで出席することにしました。当日、会場に行くまではほとんどクラスメート等には卒業式に出席することを伝えておらず、日本で大学を卒業した時は、席の指定があるわけでもなく学部の区別なくバラバラに座っている卒業式だったので、「一人で出席して大丈夫だろうか?」「知り合いに誰にも会わず終わるのではないか?」などと思い、近づくにつれわざわざ行くほどのものでもなかったのではないかと落ち込みました。けれども実際はそんな心配は無用でした。たまたま入り口でクラスメートに会うことができ、また指定席はコース別に定められていたので、出席するクラスメートが同じ列に名字のアルファベット順に並ぶ形でしたので、プチ同窓会のような雰囲気で再会することができました。
式は、楽隊の演奏の後、いくつかのスピーチがあり、続いて卒業生一人一人が壇上に上がって学長と握手をして、およそ2時間で終わりました。
■最後に
6月下旬にDPSIの試験を終えてから1週間と経たないうちに、まだdissertationとTIPEのエッセイを抱えたままバタバタと帰国してその日から仕事に復帰しました。何より自分自身に余裕がなかったことはありますが、職場や上司の温かいサポートもあり、ブランクを感じることなく仕事中心の生活をしているうちに、まるでロンドンでの9か月強の留学生活が長い夢であったのかのような気さえしていました。しかし今回卒業式のためにロンドンに5か月ぶりに行って、駅に降りた途端、なんだか久しぶりの気がせず、自分の住んでいたところの近くを歩いていると特に、まるで逆に帰国して仕事に戻っていたことが夢だったかのような感覚に陥りました。
私の学年の授業が終わり、キャンパスもロンドンメットのメインキャンパスに移りました。卒業式の後、初めて新しい教室を訪れて、先生方にお会いしてご挨拶した際に、今年の新しい学生に紹介していただいたり、「また仕事でもプライベートでもヨーロッパ来るときはいつでも寄ってよ」と言っていただいたりしました。実際に実現するのはなかなか難しいこともあると思いますが、そう言っていただける場所ができたことはとても嬉しく思いました。今回全く久しぶりな気がしないのは、本帰国後たった5か月しか経っておらず、その短さ故、街の景色等もほとんど変わっていないからでしょう。次に見るロンドンは大きく変わっているかもしれません。基本的にどこかに行くときに、「せっかくならば行ったことのない新しいところに行きたい」と思っているのでロンドンにまた行くことはよほど用がない限りないかなとも思っていたのですが、また行きたいと思うようになりました。ただ、今回卒業式のために訪れたことが、短い時間で旅行気分だし、宿題もないし、いいところだけを見ることができたからというのがあると思います(今回だって、帰ったらやれ洗濯だ、共同の洗濯機は混んでいるかな、などと考えるとすると気が滅入ります)。だからこそ、「海外で生活する」という経験を人生の中で、それもできれば20代のうちにしたいと考え留学に至ったのです。
この連載を読んでくださっている方の多くは通訳留学を考えている方や通訳者を目指している方、通訳関係者かもしれません。そうした方々とは少し違う部分があるかもしれませんが、通訳のスキルを身につける以上にこの海外での経験が当初からの私の留学の目的であり、留学生活の中で得ることのできた最大のものだと考えています。
最後になりましたが、この連載を執筆する機会をくださり、また留学以前よりご指導やアドバイス頂きました日本会議通訳者協会とその理事の皆様や会員の皆様、ロンドンメトロポリタン大学の先生方、先輩方、クラスメート、日本でいつも支えてくれた家族、休職での留学にご理解頂いた職場、上司、同僚、関係者の皆様、その他関わってくださった全ての皆様、そしてこの連載を読んでくださった皆様お一人お一人に感謝の意を表し、本連載を終わります。
どうもありがとうございました。
溝田樹絵(みぞたじゅえ)
東京大学経済学部卒。大学卒業後、仕事を通じて初めて「通訳者」の仕事を間近に見たこ
とをきっかけに通訳に興味を持つ。国内の民間通訳学校で2年余りの通訳訓練の後、社会
人5年目に海外の大学院で通訳を学ぶことを決意、ロンドンにて初めての海外生活中。