【第1回】この台詞に注目! 映像翻訳の楽しみ方『私ときどきレッサーパンダ』

映像翻訳者の松本陽子です。配信作品を中心に字幕翻訳と吹替翻訳を手がけています。映画を見るのが大好きで、去年は映画館で180本ほど鑑賞しました。動画配信サービスでも多くの作品を見るなかで、すばらしい訳に出会い、「この見事な技術を身につけたい」と思ってきました。そんな日本語訳を、ご紹介します。

初回に選んだ作品はアニメで、字幕翻訳は稲田嵯裕里さん、吹替翻訳は田尾友美さんが担当しています。

『私ときどきレッサーパンダ』|本予告編|Disney+ (ディズニープラス)※本予告は字幕ではなく吹替

舞台は1990年代、カナダのトロントにあるチャイナタウン。そこで暮らす主人公のメイは13歳の女の子で、教育熱心な母親の期待に応えようと日々がんばっています。一方で、親には理解してもらえないアイドルや流行の音楽も大好きです。そんなある日、メイはあることがきっかけで、レッサーパンダに変身してしまいます。

さて今回取り上げるのは、メイを含む仲よし四人組の女の子たちが、校庭でバスケットボールをしている男の子たちを眺めているシーン。メイが男の子たちに向かって言うジョークです。(00:46:48)

原文)Are you a triangle? ‘Cause you acute!

字幕)筋肉ムキムキね

私たちムキ~~!

吹替)ゴールも決めちゃって! ドリブルからキューっと!

直訳すると「あなたたちって三角形? だってキュート(鋭角三角形)だもん」となります。acute は鋭角のことで、acute triangle で鋭角三角形の意味です。そしてacute の発音は「アキュート」で「(ユー・)アー・キュート(You are cute)」と似ていることから、ジョークになっています。

このジョークを三角形に関する話のまま訳すのは、映像翻訳では注釈がつけられないため、かなり難しいと思います。

字幕では、このシーンの直前からの流れに合わせ、男の子たちのたくましい筋肉の話にしています。「筋肉ムキムキ」と「私たち向き」で、「ムキ」を繰り返すことで、メイがジョークを言っていることが分かるように工夫しています。

吹替では、話者の口の動きに合わせた台詞にする必要があるため、acute の唇をとがらせる動きを「キューっと」と訳して、バスケットボールの話にしています。こちらもシーンの流れを邪魔することなく、口の動きに完璧に合わせていて、見事です。

ところで、なぜ三角形の話が出てくるのかというと、少し前のシーンで、仲よし四人組が数学部を作って活動するからです。メイの数学のジョークは、男の子たちに向けて言ったように見えますが、仲よしの女の子たちを笑わせたかったという意図もあるのです。実は、このシーンに眉をひそめる親もいたという話も聞きました。でも私は、この作品のテーマの1つである「同性の仲間を大切にする」につながると感じていて、お気に入りです。

こちらの作品、13歳の女の子たちの行動や感情がリアルに描かれていて面白いですし、他にも勉強になる翻訳がたくさんありますので、ぜひ見てみてください。

次回もどうぞよろしくお願いいたします。

『私ときどきレッサーパンダ』ディズニープラスで独占配信中

字幕 翻訳:稲田嵯裕里さん

吹替翻訳:田尾友美さん


松本陽子(まつもと・ようこ)

映像翻訳者(字幕・吹替)。大学卒業後、レコード会社や映画配給会社に勤務。アメリカに1年留学後、レコード会社で働きながら映像翻訳学校で学び、退職後はフェロー・アカデミーのアンゼたかし氏のゼミに通う。2017年から英日の字幕と吹替を手がける。Twitter