【第2回】この台詞に注目! 映像翻訳の楽しみ方『2034 今そこにある未来』

映像翻訳者の松本陽子です。配信作品を中心に字幕翻訳と吹替翻訳を手がけています。映画を見るのが大好きで、去年は映画館で180本ほど鑑賞しました。動画配信サービスでも多くの作品を見るなかで、すばらしい訳に出会い、「この見事な技術を身につけたい」と思ってきました。そんな日本語訳を、ご紹介します。

第2回の作品はブラックユーモアたっぷりな家族ドラマの第1話で、字幕翻訳は神田直美さん、吹替翻訳は後藤紗綾香さんが担当しています。

2019年から2034年までの社会情勢に翻弄されるイギリスの家族を描くドラマ。BBC & HBO共同製作で、欧米では「2019年最高傑作の1つ」と賞賛され、中国では放送禁止になった問題作でもあります。製作は3年前ですが、本作で描かれた出来事が実際に起きたこともあり、今見ても先見の明に驚かされます。

2019年、あるビジネスウーマンがテレビ番組で過激な発言を繰り返し、注目を集めます。ライオンズ家では末妹ロージーが第2子を出産しますが、彼女の兄ダニエルは「こんな世の中に生まれてくるなんて」と生後間もない甥の将来を心配します。そして5年後の2024年、一家が祖母の誕生日祝いで集まった日に、世界を揺るがす驚愕の出来事が起こります。

さて今回取り上げるのは、次男のダニエルと長男スティーヴンが電話で話すシーン。ダニエルは市の職員として、ウクライナからの難民に住宅を斡旋する仕事をしています。最近なにか悩み事があるようで、スティーヴンが心配そうに聞きます(37:52)。

1.スティーヴン

原文)Is it those Ukrainians, driving you mad?

字幕)ウクライナ人に参ってる?

吹替)例のウクライナ人たちに参ってる?

2.ダニエル

原文)Oh. Yeah. Exactly that.

字幕)そうなんだ

吹替)まさにそれだな

3.ダニエル

原文)Yes, that’s exactly what it is.

字幕)完全に参ってしまった

吹替)もう、すっかり参っちまってるよ

スティーヴンは「ウクライナ人に手を焼いているのか?」という意味で「driving you mad」を使っているのですが、ダニエルのほうは別の意味で言っています。実は、ゲイのダニエルは夫がいる身でありながら、仕事で知り合ったウクライナ人の難民の男性を好きになってしまいました。つまり「ある人の魅力に夢中になっている」ということを、兄にほのめかしているのです。

ここでは「driving you mad」を「手を焼く」と「夢中になる」の両方の意味に取れるように訳す必要があり、字幕でも吹替でも使われている「参る」がベストな訳語で、見事だと思います。

このダニエルの感情が、彼自身とライオンズ家の運命を大きく揺さぶることになります。ダニエルが関わることにより、難民問題は一家にとって対岸の火事ではなく、自分たち家族の大きな問題として対峙せざるを得なくなるのです。その展開はスリリングで、辛辣で、エモーショナルで、現実味があり、目が離せません。とてもよくできた作品ですし、これ以外にも勉強になる翻訳がたくさん出てきますので、ぜひ見てみてください。

次回もどうぞよろしくお願いいたします。

『2034 今そこにある未来』スターチャンネルEXで全6話配信中

https://www.star-ch.jp/drama/2034/sid=1/p=t/

字幕翻訳:神田直美さん、室井麻里さん

吹替翻訳:後藤紗綾香さん


松本陽子(まつもと・ようこ)

大学卒業後、レコード会社や映画配給会社に勤務。アメリカに1年留学後、レコード会社で働きながら映像翻訳学校で学び、退職後はフェロー・アカデミーのアンゼたかし氏のゼミに通う。2017年から英日の字幕と吹替を手がける。字幕担当作品『スチームバス 女たちの夢』が、12/17~12/30「70-80年代“ほぼ“アメリカ映画傑作選」で上映予定。Twitter