【第1回】建築現場は今日も晴れ!「Hardhat and Steel Toes」

通訳者の皆さま、初めまして。京都在住のフリーランスの会議通訳、仲田紀子と申します。フリーランス通訳の皆さまならご承知の通り、私たちの仕事は業務場所もクライアント様も多岐にわたります。ダークスーツに身を包んで、某国の大統領や皇族の方との夕食会の通訳をすることもあれば、同通ブースにこもるシンポジウムなどの国際会議、また食品業界の工場では、頭からつま先まですっぽりと覆う白衣を着て通訳することもありました。私も約20年間、様々な分野で素敵なお仕事をたくさんいただいてきました。そして、その中でも私が愛してやまない現場、それが建設工事現場での通訳です。ヘルメット、安全帯、安全靴を装着し、コンクリートをはつる騒音の中、または高い足場を上り下界を見渡しながらの通訳は、一度経験したら病みつき必至、楽しさ満載の現場です。このコラムではそんな建築/建設分野の魅力をご紹介していきたいと思います。

さて、一口に建築/建設分野の通訳といっても、私たちが活躍する場面は工事現場だけに限りません。入札前の見積り段階から始まって、意匠、構造、設備などオフィスでの会議もありますし、工事着工後の現場事務所での定例会議、現場でのQA、引渡し前の点検など、ありとあらゆる場面で通訳が発生します。時には高級ホテルのロビーの息をのむほど美しいデザインを前に、著名なインテリアデザイナーを交えた会議の通訳をすることもあれば、ほこりの舞う工事現場で職人さん同士の会話を通訳することもあります。私にとっては、建設プロジェクトはまさにおもちゃ箱をひっくり返したような職場で、退屈するということがありません。本コラムの記念すべき第一回目は、そんなわくわくに満ちた工事現場の通訳事情をお届けしたいと思います。

1. 安全第一

現場通訳の七つ道具は、普通の会議通訳の七つ道具とは少し違っています。とにかく安全第一の工事現場ですから、ヘルメット(hardhat)、安全靴(steel toes)、安全帯(harness)は絶対です。ちなみに工事現場では、夏でも長袖長ズボンを着用しなければなりません。後はヘルメットに着けるヘッドライト、マスク、小さなメモにペン、携帯(Otterなど耐衝撃性カバーは必須です)、また、安全帯に通せる腰道具入れ(小さめのを買うとメモやペン、携帯、小銭入れを入れておくのに便利です)を持っていると、現場でカバンを持ち歩かずにすみます。

2. 現場で頻出する用語(日本語編)

では、実際の現場では、どんな言葉が飛び交っているのでしょうか?実は、現場で職人さんや現場監督さんなどが日常使っている言葉は、本当はとても通訳泣かせなんです。例えば、こんな会話はどのように訳しますか?

職人:「床があばれてるので、もう一度寸法あたっとかないと壁紙貼るのこわいな。」

現場監督さん:「出隅の仕舞はどうしますか?」

職人:「これは見切りを入れないと仕方ないよ。」

……おかしい、日本語のはずなのに何を言っているのかさっぱりわからない!駆け出しの頃はこんな会話を毎日冷や汗かきながら訳していました。ちなみにこの会話はこのように訳します。

Wallpaper installer: “The floor level is uneven here. I should be measuring the dimensions again; otherwise wallpaper cannot be installed properly.”

Project Manager: “How are you finishing the wallpaper at this external corner?”

Wallpaper installer: ” We will have to provide the corner bead there.”

他にも、しょっちゅう耳にするんだけど、調べようにも辞書にもどこにも載っていない、そんな用語(日本語編)を集めてみました。

A. 取り合い

職人:「ここの取り合いどうするの?」
Installer: “What’s your plan to finish an interface here?”

という感じで使われます。職人さんの会話には、大体において、主語も目的語もありませんから、通訳するとなると困ったものです。

この「取り合い」というのは、基本的には「接点」という意味で使われます。つまり二つ以上の部材が出会う箇所、例えば床材(flooring)と巾木(base board)の接点はどうするのか、というように物理的な接点を指すときにも使えますし、以下のような場合に使われることもあります。

現場監督:「今度の定例会議は、大工さんと取り合いのある業者さんばかりを呼んでますから、電気屋さんも必ず出席してくださいよ。」
Project Manager: “For the next regular meeting, we invite all the vendors that have an interface with carpentry work, so please make sure that you’ll (electrical vendor) attend that meeting.”

つまり、直接的な関わりがある、作業として接点がある、という場合もこの「取り合い」という言葉が使われます。

B. 納まり (収まり)

「納まり」とは通常、限られた空間に干渉なく物が納まる様を言います。

職人1:「この天井、エアコン納まるかなぁ?」
Installer A:” Do you think that an HVAC unit will fit in this ceiling space?”

職人2:「大丈夫、天井の中アッパッパーだから。」(*アッパッパーとは、壁や天井の中など何も障害物がない空間のことを言いますが、なぜか現場でよく耳にする単語の一つです。)
Installer B:” No problem. There is enough empty space in the ceiling.”

しかし用途はそれだけではなく、一般に仕上がり具合のことも「納まり(収まり)」と言います。

職人:「化粧天井の納まりについても施主の承認は必要だな。」
Installer:” We need to have an approval on how to finish the decorative ceiling.”

C. 仕舞い

「仕舞い」もfinish やinterfaceの意味で使われますが、「雨仕舞(あまじまい)」となるとweathering(雨水の侵入を防ぎ、入ってきた水を排出すること)となります。

上記の単語ほど頻出するわけではありませんが、「ふかす (壁や天井の厚みを増やすこと)」はfur outや expand/extend the thickness of a wall (or a ceiling)が使えますし、「あばれる(木材の反りや割れのこと、またはばらつきがあること)」はthe material is warped, or (dimensions are) different/unevenと訳せます。これなども知らなければ訳せない単語です。

専門用語なら本やネットで調べて覚えればいいのですが、現場でしか覚えられない生きた表現は、職人さんたちが直接教えてくれます。

職人:「(コンセントと差込口をさして)通訳さん、これおんたとめんたがあるやろ?」

通訳「おんた?めんた?」

職人:「(にやにやしながら)凸がおんたで凹がめんたや、ようするにサス側とササレル側やがな。」(オス/メスは、英語でもそのままmale/femaleです。)


仲田紀子(なかた のりこ)

会議通訳者。長野冬季オリンピックで審判付き競技通訳でデビュー。製造業、小売業、大学、地方自治体、IR、マスコミなど.幅広く活躍。得意分野は、建築、司法、アート。とりわけ建築業界では、好きが高じて最近は現場のコーディネーターまで経験し、現場監督さんの偉大さを痛感中。