【第13回】通訳なんでも質問箱「 準備はどうしてる?」

「通訳なんでも質問箱」は、日本会議通訳者協会に届いた質問に対して、理事の岩瀬和美と関根マイク(プラスたまに特別ゲスト)が不定期で、回答内容を事前共有せずに答えるという企画です。通訳関係の質問/お悩みがある方はぜひこちらからメールを。匿名で構いません。

Q.仕事を受ける〜実際に対応するまでの準備過程について質問です。他の通訳者は案件対応に向けてどのように準備しているのかがすごく気になります。よかったらご自身の準備過程についてお聞かせください。


岩瀬和美の回答

通訳者にとって、事前準備は本番のパフォーマンスを左右する重要なプロセスですが、悲しいかな業務時間にはカウントされません。通訳パフォーマンスはもとより、コストパフォーマンスも高めたいものです。私も常に試行錯誤を試みていますが、まだまだ発展途上。如何せん、かなりの時間を費やしているのが現状です。

継続案件の場合

・会議開始前に資料に目を通し、今日のメッセージを見つける。ダン。

得意分野でプレゼンテーションのある会議の場合

・資料が早めに出てきていれば、まずは資料をざっと見て、新出単語を潰す。

・改めて読み直し、メッセージを読み取る。

自分なりに解釈したキーメッセージをメモ書きし、事前打ち合わせの際にスピーカーと意識合わせをします。

・スクリプトがあれば、スクリプト上にキーワードをハイライトし、ターゲット言語を書き込む。スクリプトがなければ、プレゼン資料にキーワードハイライト。

キーワードといつも引っかかる苦手用語は、手元で確認できるようメモ用紙に書き出します。

・時間に余裕があれば、スクリプトにベタ訳をつける。

ベタ訳の場合、スピーカーがスクリプトから外れてしまうと、自分の訳を見失ってしまうので、できるだけ2〜3センテンス毎に対訳を入力するようにしています。

・初めて対応するスピーカーの場合は、スピーカーの動画を検索し、アクセントやスピード、そして頻出用語をピックアップ。

資料が入手できていないときは、これ一択です。

不慣れな分野でプレゼンテーションのある会議の場合

・上記に加え、スピーカーの論文、出版物、ブログ等を検索。

論文はGoogle Scholar、出版物はBlinkist のサマリーを活用しています。パネルディスカッションがある場合は、どんな質問が出てくるかわかりません。時間が許す限り、広く浅くではありますが、話題についていけるように情報収集に努めます。

果して資料というのはなかなか出てこないもの。上記はあくまでも理想的な姿でいつもこんなに上手くいくわけではありません。

直前に送られてくる大量の資料を前に、こいつを片付けるか、睡眠をとるか、なかなか厳しい決断に迫られることが多々あるわけですが、私はとにかく浅漬けレベルでいいので資料をやっつけています。

もともと不眠体質で、何かやり残していることがあると眠れないことに加え、以前オードリー・タンさんが、”寝る前に資料を読んでおくと、脳が処理をしておいてくれる”とおっしゃっていたことを真に受け、とにかく詰め込んでいます。

以上、お役に立てれば幸いです。皆さんのアイディアもぜひ聞かせてくださいね。

関根マイクの回答

準備の仕方はキャリアフェーズによって異なると思います。若手には非効率でも一つひとつの案件を大事にして後悔しないように準備をしなさいと助言していますが……今の私はより効率的・効果的な準備を心掛けています。

まず前提として、年に一度の背伸び案件以外は、過度な準備が必要な案件は基本的にはもう受けていません。自分の強みが発揮できる案件に集中したいからです。若手時代は1時間の会議のために1日準備したこともありましたが、知識と経験が積みあがってきている今は、半日案件であれば1~2時間、終日案件であれば3~4時間程度の準備時間を目安にしています。これ以上の準備時間が必要な場合、そもそも受けるべきではないという考えです。

具体的な準備方法は案件の性質により異なりますが、基本的には①資料を読み込む、②講演者の動画を視聴する、③周辺情報を集める、の3点です。

  • 資料を読み込む

基本中の基本。まずは最後まで通して読んで、次に訳すのが難しそうな用語に事前に訳を書き入れていきます。カラーマーカーなどは使いません。「ここは全部そのまま読みそうだな」と感じた部分には全訳を付けることもあります。資料が直前に届いて時間がない場合は、アジェンダと結論を先に読むのがお勧めです。

あと、参加者のフルネームと肩書を確認しておきましょう。現場レベルの会議でも、財務系であればCFOの名前が出てくる可能性大。恥をかかないように。

  • 講演者の動画を視聴する

20年前であれば考えられませんでしたが、今は通訳する講演者の動画が(有名人であればあるほど)YouTubeなどで多数あるので、事前準備がしやすくなりました。特にコロナ以降は事前録画の講演が増えたので、別の会場で話した動画を入手できるケースもあります。講演者の話し方やアクセントを確認すべきでしょう。仮に講演者自身が話す動画が見つからなくても、対象トピックに関する動画は山ほどあるはずです。

ちなみに近年は専門家による解説動画が豊富です。たとえばロシアによるウクライナ侵攻当初は、YouTubeのテレ東チャンネルから学ぶことが多かったです。

  • 周辺情報を集める

準備の時間があればですが、与えられた資料の範囲だけではなく、その周辺の情報を集めると意外なところで役に立ちます。たとえばIR通訳であれば、自分が担当する会社だけではなく、国内・国外の競合他社の最新動向を知っておくと便利。毎年発売される『業界地図』系の書籍は一冊持っておくと良いですよ!


岩瀬和美

日本会議通訳者協会理事。1992年通訳業務を開始。IT、金融、マーケティング、教育、芸術、ファッション、 スポーツ等多様な分野に対応。バイリンガル司会、 ウェビナーのファシリテータも行う。

関根マイク

会議通訳者。日本会議通訳者協会理事。得意分野は政治経済、法律、ビジネスとスポーツ全般。午後2時頃からエンジンがかかってくる遅咲きタイプの通訳者。現在は主に会議通訳者として活動しているが、YouTubeを観てサボりながらのんびり翻訳をするのも結構好き。著書に『通訳というおしごと』(アルク社)、『同時通訳者のここだけの話』(アルク社)がある。