【第8回】通訳なんでも質問箱「クライアントとのトラブル」
「通訳なんでも質問箱」は、日本会議通訳者協会に届いた質問に対して、対照的な背景を持つ協会理事の千葉絵里と関根マイク(プラスたまに特別ゲスト)が不定期で、回答内容を事前共有せずに答えるという企画です。通訳関係の質問/お悩みがある方はぜひこちらからメールを。匿名で構いません。
では、今回の質問です。質問箱に届いた原文をそのまま転載します。
Q.これは先日行われたイベントの時に起きた出来事です。
クライアントとの待ち合わせ時間になり、クライアントの担当者に連絡を入れると、到着が遅れるとのこと。かれこれ30分ほど待ったがクライアントは現れず、その後の会議の場所も知らされていませんでした。
仕方なく会議が行われるであろう建物の受付で、予定の場所を確認すると、既にクライアントは到着しているとのこと。急いでクライアントのいる場所を確認し向かう。するともう既に要件は終わってしまったという。その後もクライアントと共に移動し、次の会場へと向かうが、そこでも、こちらが行う通訳の時間近くになっても何の連絡もなく、そもそも最初から、どこで何を行などの説明もなく、通訳の割り当ても守られていないイベントでした。
そしてクライアントからランチ後のイベントについては、「通訳が余っているから、もう終わり」と言われ、1日アテンド通訳は午後は突然その様なことでキャンセルになってしまいました。
この場合、通訳は1日分の料金を請求できるのでしょうか。
クライアントは払らわないといっているそうです。(辛酸なめ子)
千葉絵里の回答
まず、私は法律の専門家ではなく、これから申し上げることは個人の見解に過ぎないということをお断りしておかなければなりません。また、一般社団法人 日本会議通訳者協会という団体としての見解でもないことをご承知おきください。
エンドクライアントとの直取引なのか、エージェントさんを通した取引なのか等を含めて、具体的な情報が少ないので状況が把握できず、お答えしづらいところがありますね・・・。自分だったら、基本的に自分が当事者として締結している契約に照らして判断すると思います。エージェントさんに登録する際締結する基本契約の中にはキャンセル規定が盛り込まれているはずであり、通訳者側に重大な瑕疵がない限り、その規定に従ってキャンセル料が支払われるのが普通であると思います。エンドクライアントさんの当日のアクションに関わらず、です。エージェントさんからのお仕事は、エージェントと通訳者の間で結ばれた業務請負契約に基づいて実施されるものであるから、というのが私の理解です。まれに「入札案件などの場合は、基本契約に定めるキャンセル規定を適用しない」旨、但し書きがあることがありますので、エージェントさんとの取引の場合は、基本契約を確認されることをお勧めします。
直接取引でキャンセルポリシーを予め織り込んでいなかったとしたら、難しいかもしれません。常識的に考えて、その仕事のために他の予定を入れず時間を空けているのですから、支払われてしかるべきと思いますが、残念ながらそういう風にならないケース・払ってもらえても解決に非常に時間がかかったケースも仄聞しております。私の場合、直取引は稀ですが、仕事の条件は文書で取り交わすことにしており、その中にキャンセルポリシーと「上記に定めのない事項については、双方誠意をもって解決に努める」という一文を付け加えることにしています。後者の文言は、気休め程度の効果しかないかもしれませんが。
理想的には、協会のほうで顧問弁護士を雇い、契約書のテンプレートを用意したり見解を発表したりできるとよいと思いますが、まだ力及ばず、そこまでに至っておりません。それまでは大変申しわけありませんが、自衛していただければ、と思います。どの段階で判明したかわかりませんが、「そもそも最初から、どこで何を行うなどの説明もなく」という時点で私はかなり警戒すると思います。でも、しっかりしたエージェントさんからのお仕事、と思っていても、現場に行ってみると実は内容が違っていたり、クライアントの上に更にクライアントが存在する(=二次下請けである)ことが判明し現場での身の処し方が難しいと感じたりする案件などにもまだ時々遭遇します。お仕事を引き受けられる前に、ぜひ、「誰が」「何のために会議/イベントを開催し」「なぜ通訳(者)が必要とされるのか」「何をもってその会議/イベントが成功したとみなされるのか」を確認されるとよいと思います。最後の点は、意外と見過ごされていますが、大事な点だと思っています。これについては、また改めて。辛酸なめ子さんの通訳者ライフがより安全かつハッピーになることを願っております!
関根マイクの回答
最後に「クライアントは払わないといっているそうです」と書いているので、これはエージェント経由の仕事だと推定します。その場合、終日で手配している以上、エージェントは通訳者に対して1日分の料金を支払う契約義務があるでしょう。クライアントが通訳料を払う/払わないの問題はエージェントの問題であり、通訳者はエージェントに対して支払いの保証などを含めて手数料を支払っているわけです(エージェント視点から見るとマージン)。仮にエージェントが通訳者のパフォーマンスや振る舞いに納得がいかない場合は、対象案件の報酬を支払い、それ以降は仕事をオファーしなければ良いだけの話です。
ただ、質問には不自然な点がいくつか散見されます。30分待ったにもかかわらず、結局クライアントは先に入ってしまったので会えなかったとありますが、そもそもクライアントから「遅れる」と連絡があった時点で、辛酸なめ子さんは具体的な待ち合わせ場所を知らせなかったのでしょうか?具体的な到着時間を確認しなかったのでしょうか?普通の通訳者であれば、たとえ「遅れる」と連絡があったとしても、30分じっと座って待っている人はあまりいないと思います。私の場合、クライアントが10分遅れた時点でエージェントにメールして状況説明をするようにしています。これは①クライアントが迷っている、またはなんらかの事情で遅れる場合、エージェントの方で解決できるのであればそれを促すためであり(訪問先にも連絡できるかもしれない)、②自分のアリバイを証拠に残すためでもあります。
やっとクライアントと会えたのに、「もう既に要件は終わってしまっていた」というのであれば、クライアント側か訪問先にバイリンガルの方、または通訳者がいたのでしょうか。それが共有されていないので何とも言えないのですが……
「その後もクライアントと共に移動し」とありますが、このあたりで調整してその後の問題を防止できた部分も色々あるのではないでしょうか。それに「通訳の時間近くになっても何の連絡もなく」「通訳者の割り当てが守られていないイベント」とありますが、世の中は通訳者中心に回っているわけではありません。議論が白熱すれば会議は延長するし、戦略的観点から大幅な予定変更が発生するのは日常茶飯事です。通訳者は職人であると同時に、サービス提供者であるということを忘れてはならないと思います。実際、クライアントに選ばれ続ける通訳者は技術に加えて優れた顧客対応力があります。
ちなみにクライアントが現場で通訳者をキャンセルするのは、きちんと支払いが行われれば別に悪いことでも何でもありません。私はむしろ喜んで映画でも観に行きますが!
日本会議通訳者協会理事。特許事務所、自動車会社勤務等を経てフリーランス会議通訳者。得意分野は自動車、機械、経営、IR、人材&組織開発。力試しに受験した通訳学校のプレースメントテストをきっかけに通訳訓練を開始、二つの言語世界を行き来する面白さに魅了され現在に至る。海外留学経験はなく、通訳学校育ち。効果的な学習方法や仕事の準備の仕方を工夫することが好きで、勉強法・学習理論・心理学・コーチングなどの本を読むのが趣味。最近読んでよかった本は『GRIT やり抜く力』(アンジェラ・ダックワース著)『成人発達理論による能力の成長 ダイナミックスキル理論の実践的活用法』(加藤洋平著)。
会議通訳者、名古屋外国語大学大学院講師、日本会議通訳者協会理事。得意分野は政治経済、法律、ビジネスとスポーツ全般。午後2時頃からエンジンがかかってくる遅咲きタイプの通訳者。現在は主に会議通訳者として活動しているが、YouTubeを観てサボりながらのんびり翻訳をするのも結構好き。イングリッシュ・ジャーナルに『ブースの中の懲りない面々~通訳の現場から』、通訳翻訳WEBに『通訳者のメンタルトレーニング』、通訳翻訳ジャーナルに『通訳の危機管理対策ドリル』を連載。著書に『同時通訳者のここだけの話』(アルク社)がある。