【第9回】通訳なんでも質問箱「パートナー通訳さんの対応」
「通訳なんでも質問箱」は、日本会議通訳者協会に届いた質問に対して、対照的な背景を持つ協会理事の千葉絵里と関根マイク(プラスたまに特別ゲスト)が不定期で、回答内容を事前共有せずに答えるという企画です。通訳関係の質問/お悩みがある方はぜひこちらからメールを。匿名で構いません。
では、今回の質問です。質問箱に届いた原文をそのまま転載します。
件名: パートナー通訳さんの対応
内容: はじめまして。去年からフリーランスを始めています。社内通訳は10年ほど経験したのですが、フリーランス業界の慣習などについて分からないので教えていただければ助かります。2回ほどご一緒したパートナー通訳さんの件です。フリーランス経験は同じくらいの期間だと思います。
去年と先日、同じパートナー通訳さんと組むことになりました。15分交代にしましょう、ということで事前に決めていたのですが、実際に会議が始まったにも関わらずタイマーを回していらっしゃいませんでした。簡単なアナウンス(初めて宜しいですか?とか、皆さんいらっしゃいますか?という本当に会議が始まる前のタイミング)段階の通訳であれば、タイマーを回さないというのは分かるのですが、そうではなくアジェンダの説明などに入っているのにタイマーを回していらっしゃいませんでした。
しばらく、実際の議題に入る前の前段のような話し合いがあり、その途中からタイマーをようやく回し始めて、実際の議題に入るときにはすでに10分近く通訳されていました。(私の方ではタイマーを回していたので。)どころが「では今日の議題に入りましょう」となったときに、今度はその方は自分のタイマーをリセットしてそこから15分のカウントを始めました。
私の方では一応通訳の最初から15分のカウントをしていたので、少し時間が過ぎたところで合図をしたのですが無視されてしまい・・。
その後の交代の際にも、15分過ぎて交代できるタイミングが明らかにあったにも関わらず、なぜかなかなか交代してもらえない、ということが発生していました。
先日再度その方ともう一人のかたと3人で組むお仕事がありました。
その時にもやはり、すでに会議が始まっている(それなりに長い司会による前談)にも関わらずタイマーを回さず、実際にプレゼンになってようやく回し始めたり、交代のタイミングになってもなかなか代わってもらえない(きりが悪いとかではなく)、また、なぜかタイマーを途中でリセットするということがありました。(順番は彼女のあとに私でした。)
ご本人としてはできるだけ長く通訳したいということなのかもしれないのですが、通訳者それぞれ準備して望んでいるので、機会の均等といういみではアンフェアな人だと感じてしまいました。もちろん切が悪くて多少時間が延びる・短くなることはあると思うのですが、このケースの場合はその範囲を超えている気がしており・・。
また、その方はその会議に1度入ったことがあるとのことで、私がブースに入って通訳しているときは彼女は簡易ブースにはいない(順番上)のですが、私のすぐ背後でずっと通訳を聞いているようで、その会議で使われる単語でない単語を私が使っていた際に、後から適切な単語を指摘されました。それは全く問題ないというか、ありがたいのですが、ただ真後ろについて、簡易ブースの目の前のガラスにずっと彼女がこっちを見てじっと聞いているのがずっと目に映ってしまい、正直プレッシャーで動揺してしまい。それはさすがにパフォーマンスに影響するので、途中で「聞いててもらって構わないので、見えないようにしてもらえますか?」と伝えて、一時そのようにしてくれたのですが、また途中からなぜか自分が写り込む場所で通訳を聞かれていて、気にしないようにはしていたのですが、どうしても気になってしまいました。それは私の訓練不足のせいと言われれば仕方ないのですが。
またご一緒することがあるかもしれないし、交代やタイマーの件については次回あった際には会議前にご本人に指摘しようかと思っていますが、私が気にしすぎなのか、分かりませんので、ご教示いただけませんでしょうか?また、エージェントさんには一度こういうことがあって・・というFBはしようと思っているのですが、どういった対応をするのが適切なのでしょうか?
今までいろんな方とご一緒し、大先輩ともご一緒しましたが、そのような対応をされたことは一度もなく、考えすぎかもしれないですがなんとなく嫌がらせをされているのかとさえ感じてしまい辛いです。
千葉絵里の回答
ご質問を読んでまず思ったのが、「アジェンダもあり、一定の時間にわたるお仕事だったのに、当日以前に分担を決めておられなかったのだろうか?」ということでした。私の感覚では、たとえ二時間の仕事であろうと事前にエージェントさんを通して分担を決めておいた方がよいです。また、時間で全部割り振るのではなく、アジェンダ+時間の組み合わせで決めておくのがよいと思います。
ご相談者様の事例と直接比較の対象になるものかわかりませんが、私が最近経験した事例での分担を一部ご紹介します。
開会の辞1・・・10分(通訳者Aが担当。事務連絡やナレーションも適宜担当:以下同様)
開会の辞2・・・10分(通訳者B が担当)
プレゼン1・・・20分(A→B:資料を半分に割り、前半・後半を担当)
プレゼン2・・・15分(A)
質疑応答・・・15分(B→A→B:5分ずつ担当)
*これは非常にボリュームのある会議のごく一部で、Bさんも、ここには登場しませんがCさんもその後沢山プレゼンを担当されました。
単純に時間で交代する部分は最小限に抑えています。全通訳者が全ての資料を読み、会議の全体像を把握しているのが理想ですが、そうはいかないほど大量の資料が提出される会議もあります。なので、アジェンダと時間を組み合わせた割り振りを、当日以前にエージェントさんと相談されることをお勧めします。たとえ仮に、もう少しカジュアルな、社内会議的なものであっても。そうすれば、当日になって、「15分で交代と申し合わせたのに30分担当されたので、交代できずにやきもきした・・・」ということも減るかと思いますので。
理想論かもしれませんが、私の願いは、通訳者や会議関係者が「チームで成功する」というマインドを持つこと。そういう点から言えば、会議にふさわしい用語を教えてくださるのはいいことだけれど、パートナーを動揺させるような態度はいただけないな、とは思います。しかし、今回のようなケースは、エージェントさんにフィードバックされてもいいとは思いますが、行動の動機が解明されることも、ましてや行動そのものが変わることも期待するのが難しいケースのように思えますね。
なので、ここは割り切って強くなりましょう。特に英語通訳者は、英語訳とも日本語訳とも常にモニタリングされているという意識で仕事に臨むほうがよいと思います。クライアントさんは英語も日本語もできるけれども、あえて通訳者を使ってどう通訳をするかも観察している、そういう事例もたくさんあります。仕事中に集中を乱す要素は他にも沢山あります。私などは、椅子の高さが合わない、資料のページがうまくめくれない程度のことでも動揺してしまうので、日々自分との戦いの連続です。そして、「パートナー通訳者さんとのおつきあい」は永遠のテーマですね・・・。最後の点については、ここ以外でも意見を聞かれて、自分なりの距離感やおつきあいの仕方を見つけていかれるしかないかな、と感じております。ご相談者様の通訳者ライフが少しでも楽しいものになりますように。
関根マイクの回答
きちんと事前調整をしてもそのようなことが起きてしまう、そして結果としてあなたのリズムが狂うのであれば、もう諦めてその方をNGにすればよいのではないでしょうか。私自身、基本的にはパートナーさんと仲良くやっていきたいと思ってはいますが、NGにしている人はいますし、私をNGにしている人もいるでしょう。NGを乱発してはいけませんが、どうしても自分のパフォーマンスに悪影響を与える人と無理して組む必要はないと思います。フリーランスですしね!
個人的には、パートナーが約束した時間をオーバーすることは特に大きな問題だと思っていません。私は学生時代にバスケとラグビーをしていたのですが、「好調な選手にボールをどんどん回せ」は当然のセオリーであり、パートナーが絶好調でもっとやりたいのであれば、私はむしろ「どうぞ、どうぞ!」という感じです。15分の約束で10分しかやらないのであれば困りますが、パートナーが20分~25分やりたいのであれば、空気を察してスタンバイするのみです(おそらく休憩中に再確認するでしょうが)。クライアントにとって通訳者の機会の均等はどうでもいい話で、問題は通訳の質が高いかどうかですから。ただ、パートナーは訳の質を維持できているのでしょうか?そこが重要ですね。
座る位置とメモ出しですが、きちんと伝えた上でそのような行為をするのであれば、①その方は空気が読めないか、②あなたの通訳が危なっかしいと考えているのではないでしょうか。実際、「その会議で使われる単語でない単語を」あなたは「使っていた」ようですし。ただ、このあたりは具体的状況がわからないのでなんとも言えませんが、やはり何度言ってもダメなのであればNGが最善ではないでしょうか。通訳という行為自体が相当なストレスなのに、人間関係で疲弊するべきではありませんよ。
というか、同通で完全に集中していたら、ガラスに映る人なんて眼中にないと思うのは私だけでしょうか?慣れの問題かもしれませんが、私は首筋に鼻息を感じるくらい近くなければ、後ろに座っている人が誰かなんて気にしたことはないですね……
日本会議通訳者協会理事。特許事務所、自動車会社勤務等を経てフリーランス会議通訳者。得意分野は自動車、機械、経営、IR、人材&組織開発。力試しに受験した通訳学校のプレースメントテストをきっかけに通訳訓練を開始、二つの言語世界を行き来する面白さに魅了され現在に至る。海外留学経験はなく、通訳学校育ち。効果的な学習方法や仕事の準備の仕方を工夫することが好きで、勉強法・学習理論・心理学・コーチングなどの本を読むのが趣味。最近読んでよかった本は『GRIT やり抜く力』(アンジェラ・ダックワース著)『成人発達理論による能力の成長 ダイナミックスキル理論の実践的活用法』(加藤洋平著)。
会議通訳者、名古屋外国語大学大学院講師、日本会議通訳者協会理事。得意分野は政治経済、法律、ビジネスとスポーツ全般。午後2時頃からエンジンがかかってくる遅咲きタイプの通訳者。現在は主に会議通訳者として活動しているが、YouTubeを観てサボりながらのんびり翻訳をするのも結構好き。イングリッシュ・ジャーナルに『ブースの中の懲りない面々~通訳の現場から』、通訳翻訳WEBに『通訳者のメンタルトレーニング』、通訳翻訳ジャーナルに『通訳の危機管理対策ドリル』を連載。著書に『同時通訳者のここだけの話』(アルク社)がある。