【第32回】現役通訳者のリレー・コラム「地方で通訳するメリット・デメリット~名古屋編~」

本コラムの執筆依頼を頂いた時、まだまだ経験も浅いし、知らないことも多いので、私なんかが書けるだろうかと不安でしたが、地方で通訳することについてのメリット・デメリットというお題を頂きましたので、自分のこれまでの経験で分かる範囲で書いてみようと思い、引き受けることにしました。今いる東海地域の外からやってきた通訳という視点も加えながら書いてみようと思います。

まずは私自身について少し述べさせていただきます。現在、私は愛知県在住ですが、元々は福岡出身で、通訳学校も福岡で通っていました。しかし、福岡には実績のない人が経験を積む機会がなく、東京のように社内通訳のポジションもほとんどありませんでした。当時、一応、派遣で社内通翻訳のポジションで働いていたのですが、段々と通翻訳の業務がなくなり、他の業務を手伝うような状態になっていました。通訳学校のクラスメートとは授業のない日に空いている教室を借りて勉強会をやっていましたが、「こんなに頑張っているけど、いつ使えるんだろうね。」と話す日々でした。そこである時、一念発起して東京に出ることにしました。これで通用しなかったらあきらめようという覚悟でした。

東京に来てからは、いくつもの派遣会社や通訳エージェントの人材派遣部門に登録をしました。幸いなことに、良い派遣先がすぐに決まり、社内通訳・翻訳のポジションで働き始めました。その会社には3年弱勤めましたが、人間関係にも非常に恵まれ、良い仲間に出会い、社内の通翻訳チームのチームワークも素晴らしく、本当にたくさんのことを実地で勉強させてもらいました。そして何より、福岡ではあきらめかけていた自分がやりたかった仕事ができるということの喜びを噛みしめる日々でした。

その後、結婚を機に愛知に引っ越すことになりました。まだまだ経験は足りない上に、生来の自信のない性格もあり、引っ越した当初は、フリーランスで活動するなんて考えていませんでしたから、しばらくは社内通訳のポジションを探していました。しかし、東京と比べて、愛知は社内通訳のポジションは少ない上、あってもあまり条件が良くないということが分かってきました。それならばフリーランス通訳者として活動してみようというところから始まり、今に至ります。ついこの前愛知に来たばかりのような気持ちでいましたが、早いもので、気がつけばもうすぐ6年目に突入します。

名古屋は、スクール付き大手通訳エージェントは1社のみで、他のエージェントは、現在はスクール事業からは撤退しているようです。知り合いもおらず、名古屋の通訳業界がどうなっているのかよく分からないまま手探りで活動を開始しました。派遣会社や東京でお世話になったエージェントからの仕事から受け始め、そこでご一緒させて頂いた先輩方から教えて頂いたりして、徐々に登録エージェントを増やしてきました。

東海地域の通訳業界の特徴

全体の通訳者数は多いのか、少ないのか、よく聞かれるのですが、正直よく分かりません。東京や大阪よりは圧倒的に少ないはずです。

ご存知の通り、土地柄、自動車関連、航空機関連等工業系の会社の仕事が多いです。工場研修等の現場を経験している通訳者も多く、工業系に強く、某自動車メーカー系で使われる用語にも精通しています。

ではここからは、東海地方で通訳者として活動するメリットとデメリットを見ていきます。

メリット

・自動車関連、航空機関連、工作機械等、工業系に強くなります。

東京で社内通訳をしていた時に、会議で「金型」と言われてもあまり想像できなかったのですが、こちらに来て、実際に工場で目にして(大きさは違いますが)、ようやくイメージがつかめました。また、自動車業界といっても色々な通訳ニーズがありますが、その部分は本コラムの前の回で別の方が詳しく説明されていましたので、ここでは深くは触れないでおきます。

・意外と案件数は多いです。特に秋の繁忙期には、某自動車メーカー系の会社が一斉にQC大会や大規模なグローバル会議を開催するので、通訳者が足りない状況になります。ですので、その年の会議が終わったら、翌年の日程を押さえられることもあります。それ以外にも年間を通じて様々な会議や通訳が必要な機会が発生しますので、あまり暇を持て余すということはないように思います。やはりその地域の経済が活発であるというのは通訳の需要にも大きく影響するようです。

・東京や大阪へのアクセスが良いこともメリットではないでしょうか。2027年にリニア新幹線が開通したら、品川-名古屋間は約40分となりますので、ますます気軽に移動できるようになります。

・全国区で展開しているエージェントだけではなく、地元に根差したエージェントも多くあり、そうしたエージェントからも面白い案件を頂くことがあります。これは東海地方に限ったことではないかもしれませんが…

デメリット

・車社会だからでしょうか、公共交通機関が意外と不便です。また電車代が高いです。実際、先月受けた案件で、Googleマップ上では自宅から車で20分なのに、電車とバスを使うと1.5時間もかかるということがありました。この時は1週間に渡る朝が早い仕事だったこともあり、エージェントがクライアントと交渉して下さり、タクシーでの移動を許可していただきました。

しかしこのデメリットがメリットになるかも?と個人的に思うことがあります。例えば、IR通訳で投資家に同行する際、東京だと1日5社以上訪問することもあると思うのですが、地方だと移動に時間がかかるので、そこまでたくさん訪問できないということです。(メリットというか、5社分の準備をするより3社分の方が比較的負担が少ないというだけなのですが。)でもこれはあくまで私の少ない経験に基づく意見で、先輩から聞いたところによると、愛知でも自動車関係の会社に訪問する場合は、本社が同じ地域にかたまっているので5社訪問することもあるとのことでした。

・製造系には強くなりますが、偏ります。これもメリットの裏返しでしょうか。また自分のやりたい分野の仕事が必ずしもあるわけではないので、どうしてもやりたい分野がある場合は、その仕事があるところに出ていかなければならないと思います。私もやりたい仕事については、東京のエージェントにそれを伝えて、声をかけて頂けるようお願いしています。

・その一方で、上記のポイントと少し矛盾するかもしれませんが、東京のように色々な分野の仕事がたくさんあるわけではないので、依頼が来たらどんな分野でも受けることになり、「ジェネラリスト」にならざるを得ないという状況があります。例えば、「IT専門」「医療・医薬専門」の通訳として活動したくても、その分野の仕事だけで生計を立てられるほどの案件数はないので、他の分野の仕事も受けていかなければならないということです。実はこれは他の方に聞いた意見なのですが、確かにそうかもしれないと思います。その分野で既に実績をお持ちの方は、色々なところから声がかかってそんな心配はないのかもしれませんが…

・逐次通訳を軽視している(?)からなのか、同時通訳の時とレートがかなり違うところが多いような気がします。内容によっては逐次通訳の方が難しいのに、逐次通訳だからというだけの理由で低いレートを提示されることがよくあります。

以上が私の限られた経験の中で感じている地方で通訳として活動するメリット・デメリットとなります。色々と書きましたが、私の場合は、地方に引っ越して来たからこそ自分が思っていたよりも早く、フリーランスとして活動し始めることになりました。人との出会いには本当に恵まれていて、これまでご一緒させて頂いた通訳者やエージェントの方々に色々と助けて頂き、チャンスを頂きながら、今も通訳者として仕事を続けることができていることを嬉しく思います。もちろん、関東にいなければできない仕事もありますし、羨ましいと思わないと言えば嘘になります。しかし、今は色々なところから情報を得られる時代ですし、地方だからというのを言い訳にはしたくありません。常にアンテナを張って、この地域限定の通訳者としてではなく、どこにでも行ける通訳でありたいと願っています。そのためには、自分で色々と出て行って、ネットワークを広げていくことも大事だと感じています。


原 由佳

フリーランス通訳者。大学卒業後、ワーキングホリデーにて渡英。福岡で通訳スクールに通い、東京での社内通訳を経て、現在は愛知県を拠点にフリーランス通訳者として活動。得意分野は自動車、機械系。

※第1回~第29回は株式会社アルクの「翻訳・通訳のトビラ」サイトにて公開中!