【第7回】フリーランス通訳になる前に 知っておきたい知識

マイヤーズ若菜さん

私は東京出身、大阪在住の駆け出し会議通訳者です。去年まで関東の外資系企業に勤める社内通訳でしたが、夫の仕事の都合で大阪へ引越しフリーランス通訳になりました。フリーランスになる前は、守られた会社員生活を離れる不安もありました。幸い、フリーランスで働くために必要なビジネス知識をある程度持っていたため転身する決心がつきました。

この知識は、米国カリフォルニア州にあるモントレー国際大学(現在のミドルベリー国際大学院モントレー校)で会議通訳を専攻していたころ受講したTranslation & Interpretation as a Professionという授業で得ました。日本語、スペイン語、フランス語、ドイツ語、ロシア語、中国語、韓国語の通訳プログラム生の合同授業で、ヨーロッパや北米をベースに稼働するフリーランス向けの内容が主でしたが、日本の市場にも充分応用できる内容でした。

今回のコラムでは、フリーランス通訳者になりたい方に向け、この授業で学んだフリーランス通訳のためのビジネス関連ノウハウを一部紹介させていただきます。一般的には、通訳学校卒業後、現場の経験を積む中で自ら徐々に学んで行く内容だと思いますが、フリーランスデビューする前に知っておいた方が落ち着いて現場に挑めるのではないかと思います。ただ、この内容は、あくまで私が学生時代に学んだ内容と個人の経験に基づいたものです。状況によっては適切でない場合もございますが、少しでも皆様の参考になれば幸いです。

ここからは、スケジュールの問い合わせから会議を終えて報酬を受け取るまでの流れを時系列に沿って紹介します。

◆会議前

ステータスの定義:

会議に関する問い合わせを受けたら会議ステータスを必ず確認しましょう。ステータスには、①スケジュールの確認(availability inquiry)、②仮案件(option)、③確定案件(firm offer)の3種類があります。ステータスが不明瞭の場合は確認し、スケジュール帳に案件ごとのステータスも入れておくと便利です。

①スケジュールの確認
通訳者の都合に関する問い合わせであり、仕事のオファーではありません。日程が空いていると返答しても、その日時を押さえておく義務は発生しません。

②仮案件
未だ確定されていない案件。仮案件を請けた場合、その日を約束したクライアントに優先権があります。仮案件を入れた日に確定案件のオファーがきた場合は、仮案件先の担当者に連絡し、ステータスに変更はないか確認を入れましょう。仮案件からリリースされない限り、他の案件を請けるのは避けましょう。

③確定案件
口頭・文面に関わらず、いったん確定案件を請けると、クライアントと通訳の間に拘束力のある約束を交わしたことになります。直請けの仕事の場合、この時点で契約書や守秘義務契約を交わします。一度、確定案件を請けた後、同じ日時により魅力的な別件が舞い込んだ場合でも先に請けた会議を断らないでください。プロとしての倫理を守りましょう。また、1日に2件の仕事を請ける場合は、前の会議が伸びることも想定し、時間には余裕を持って次の仕事を入れると良いでしょう。ダブルブッキングは絶対に避けます。キャンセル規定は、案件が確定してから適用されます。

万が一、一度受けた確定案件を担当できなくなった正当な理由がある場合は、なるべく早くクライアントに連絡しましょう。直請けクライアントの場合、穴をあける会議を担当できる適切な通訳者を確保した上でクライアントに連絡するのがベストです(この時点では、クライアントの了承なしに会議の詳細を代理通訳者に伝えないこと)。

確認事項:

当日、困らないために以下の内容は事前に確認しておきましょう。

  • 日時、場所、拘束時間、延長の可能性
  • 当日の緊急連絡先:開催者やエージェント、パートナーの携帯番号など
  • 会場スタイル:壇上で逐次通訳か後方ブース内かなど、通訳席からの視認性
  • 会議の内容、話者の肩書
  • 資料の有無:ある場合、準備時間を確保できるように入手
  • ブリーフィングの有無:会議日と異なる場合は報酬の有無
  • 通訳モード:逐次・同時・ウィスパリングなど、遠隔か(電話・ビデオ会議)
  • パートナー体制:何名体制か、リーダーは誰か
  • 機器の有無:生耳か、機材の種類、ブースの有無など
  • リレーの有無:ある場合、言語、ピボット通訳を務めるか、チーフは誰か
  • ドレスコード:建設現場ならヘルメット・安全靴持参か、夜のパーティーなら黒ドレスか、など
  • 通訳は録音・録画・放送されるか、映り込みの有無
  • 通訳報酬、延長料、移動拘束料、交通費、宿泊費、日当、消費税、源泉徴収など
  • 支払い方法、期限

◆会議当日

言うまでもありませんが遅刻は厳禁です。遅刻すると報酬を減額される場合もあります。電車が遅延することも考慮し、余裕を持って現場に向かいましょう。どうしても遅刻してしまう場合は、会議開催者やエージェント、パートナーに連絡し、その旨を伝えましょう。

会場に着いたら、会議が始まる前に:

  • 関係者への挨拶
  • 資料バージョン確認:事前に渡された資料や原稿から更新されてないか
  • 機材や視認性の確認、サウンドチェック、パートナーとの打合、化粧室の場所確認など

会議中のトラブル対処例:

ベテラン通訳者でも完璧に通訳することは難しいことです。通訳スキルとは無関係のトラブルが発生することもあります。困った時は、自分で抱え込まず周りに助けを求めましょう。会議出席者は誰もが会議を成功させようと願っているものです。通訳者は、参加者の反応を見て理解度をモニタリングしながら訳出することをお勧めします。

  • 発言が聞こえない:
    話者から直接フィードをもらえない場合は、声を張ってもらう、通訳席を移動する、空調などノイズ源を除去し聞きやすい環境を整えてもらう(劣悪な音響環境下で通訳すると非常に消耗する)。
  • 通訳者の声が届かない:
    マイクや送信機がない場合、生声でも届くよう席の配置を見直してもらう。声が細い通訳者は、発声練習やボイストレーニングを行う。
  • 発言は聞こえるが、速い・理解できない:
    話者にSOSを出せる状況なら「This is the interpreter speaking」など前置きを入れ、責める口調を避け「can you speak slowly」「can you paraphrase」など求める。話者にお願いできない場合は、話の枝葉を間引き、幹だけは落とさないように訳出しを調整する。
  • 発言の意味は理解したが、訳が通じない:
    表現を換えて訳し直す。ダメなら話者に別の表現を求める、絵をかいてもらう。
  • 誤訳をした:
    タイミングを見計らって詫び訂正する「the interpreter would like to make a correction」など前置き、両言語で誤りを訂正。言い直す場合は、会議の進行を妨げないためにも「(間違った言葉) or rather (正しい言葉)」程度の訂正でよい。
  • スタミナ切れ:
    チョコレート等で血糖値を上げる、休憩を求める、パートナーと交代する。

通訳パートナーとの連携:

大学院ではパートナーとの効果的な組み方や同通ブース間の連携方法に関して多くの授業時間を割いて詳しく教わりましたが、ここでは通訳パートナーとの組み方といわゆる「off-mic duties」に関して簡単に紹介します。

  • 分担の方法を確認:
    時間・スピーカー・トピック・方向(E→J, J→E)ごと。
  • 初めて組むパートナーの場合、マイクの受け渡し方法も確認:
    ヨーロッパや北米では、通訳中の人からマイクを渡されるのを待つのがエチケット。日本では待機しているパートナーが通訳している方に「交代しましょう」と合図を送るのが一般的。いずれにせよ、お互い納得した方法にしましょう。
  • パートナーがサポートを求めているか否かを確認:
    気が散らぬよう何もせず静かに座っていて欲しい人もいる。パートナーが訳している時間は、自分が休むための大切な時間でもある。ともかく相手が集中できる環境をつくりましょう。
  • メモを取って相手を支援する場合:
    大きく読みやすい字でメモを取る。一般的には、数字や固有名詞が役に立つ。なるべく音の立たない、読みやすいインクのペンを使用し、英語なら筆記体よりブロック体で書く。隣で必要以上にメモを取ると、自分も休めないうえ相手に失礼にあたる場合もあるので注意。
  • 必要な場合、資料の指差しやページめくり。
  • 機材の操作補助:
    マイクのon/off、言語やチャンネルの切り替えなど。
  • やむを得ない時以外は席をたたない。中座したパートナーが席に戻っても、直ちに交代せず、話の筋を把握してから交代するようにする。
  • 誤訳の恐れがあり、訂正や確認が必要な場合:
    メモか小声で担当通訳に知らせましょう。デポジションのチェッカー通訳などでない限り、待機しているパートナーが声をあげて訂正しません。

◆会議終了後

頂いた資料一式を返却し、使用したメモ用紙をクライアントが回収しない場合は、持ち帰り自宅でシュレッダーにかけます。関係者に挨拶後、聞ける状況であればフィードバックを頂くようにしています。コメントを頂けた場合は、何を言われても有り難く真摯に受け止め成長のチャンスにしましょう。

エージェントから派遣された場合は、会議終了後すみやかに業務連絡票を送信します。直請けクライアントの場合は、簡単な業務報告と請求書を送ります。なるべく記憶が鮮明なうちに自分の用語集や実績表を更新するとよいでしょう。

用意しておくアドミニ文書類

フリーランスになって間もない頃は、繁閑の差が激しくなりがちです。安定した収入を得るためにも直請けクライアントを増やす事を意識しておくと良いでしょう。ただ、直で仕事を受ける場合、事務作業が増えるので効率よく処理できるよう必要な書類は事前に準備しておきましょう。

  • 履歴書:日本語と使用言語を用意。英語の履歴書は自由フォーマットなのでスペース配分と書き方を工夫し強みをアピール。ベテラン通訳者プロフィールをネット検索し参考にするとよいでしょう。
  • 実績表:私は全実績を入れたマスターファイルをもとに、提出先に応じてカスタムしています。
  • 見積書:サービス範囲や要件を明確に表記。ASTMF2089 Standard Guide for Language Interpretation Services*やAIIC(国際会議通訳者連盟)発行文献など世界の通訳スタンダードを基に見積書を作ると、内容に疑問を持たれた場合に説明しやすい。個人的な都合で休憩やパートナーを求めている訳ではないと納得してもらえる。
  • 契約書:私はATAのGuide to an Interpreting Services Agreement*とAIICのIndividual Contractの文言を参考に独自のテンプレートを使っている。キャンセル規定(※1)と免責条項(※2)は必ず入れることをお勧めします。
    ※1キャンセル規定とは、確定案件に適用されるもので、キャンセル料金の発生条件を定義するもの。例えば、前日?当日キャンセルは報酬の100%、3?2日前キャンセルは報酬の50%など
    ※2賠償責任を問われるリスクから自分を守るため、業務を受注する際の契約書に「一切の責任は負いかねます」との免責条項を入れる。通訳する際そもそも原文が不明瞭な場合もあるため
  • 守秘義務契約:通訳が用意するものではないが、比較用にいくつかサンプルを用意している
  • 名刺:エージェントから得た仕事はエージェント名刺を使用。私は個人名刺を2種類使い分けている:連絡先と職業を入れた簡素なものと所属協会や取得資格などを載せた営業用
  • 請求書:見積書とフォーマットを統一。トラッキング用に管理番号を入れると便利
  • 用語集:マスター・分野別・クライアント別などに分類すると便利。会議終了後に更新
  • 代理通訳者の紹介文:幸い私は使用したことがないが、万一に備え代理通訳者プロフィールを用意しておくとよい。ピンチヒッターを務めてくれる方の了承を得て、本人も納得する紹介文を作成しておく。
  • ユーザー啓蒙ツール:通訳を初めて使うクライアントやスピーカー用に信頼性のある国際機関発行の制作物を使うと説得力があり便利。ATAのInterpreting: Getting It RightやEuropean CommissionのTips for Speakersなど。

ATA Guide to an Interpreting Services Agreement
AIIC Professional resources page
ASTM F2089 Guide for Language Interpretation Services
ATA Interpreting: Getting it Right
European Commission Tips for Speakers

最後に

今後、わが家は夫の仕事や子どもの教育の関係で国内外の転居が続きそうです。引越先がどんな市場でも大好きな通訳の仕事を細々とでも続けられるように、現在は様々な分野の知識と経験を蓄えている段階です。

最近は、隙間時間に司法通訳の勉強を始めました。馴染みのない用語が多く、まずは背景知識の勉強からスタートしています。司法通訳デビューまで長い道のりになりそうですがコツコツと忍耐強くやっていくつもりです。お互い頑張ってゆきましょうね!

ご質問・ご感想がございましたら以下のメールアドレスにお寄せくださいませ。
wakana.myers@icloud.com

マイヤーズ若菜さん

Profile/

会議通訳・医療通訳・放送通訳者。
上智大学比較文化学部卒業後、外資系製薬会社に入社。社内通訳として採用されるも「現場の仕事を理解せずして通訳は務まらぬ」と言われ、1年間におよぶ新卒者向けMR研修を受講。都内大学病院担当MRを半年勤めた後、本業である通訳職に異動。

その後、大手数社の社内通訳を勤めたのち、米国モントレー国際大学の会議通訳修士号を取得しフリーランス会議通訳者に転身。大学院留学中、スタンフォード大学病院の院内医療通訳インターンとして200時間を超える専門トレーニングを受ける。帰国後も現場の医療通訳を継続。現在は、フリーランスとして医薬・エンターテイメント・放送・ビジネスなど幅広い分野で活躍中。英語教育の普及にも力を入れている。