【第2回】あの通訳研究って、実際どうなの?「紅白歌合戦を見て感じたこと―LGBTQ+」

皆さん、ご無沙汰しております。2020年はどのように迎えられたでしょうか?さて、この連載、3ヶ月ぶりです。実は別のトピックで原稿を書いていたのですが、紅白歌合戦を見て、「今書かなければ、色褪せてしまう!」と急遽題材を変えて、LGBTQ+について書くことにしました。
2019年12月31日の紅白歌合戦、見た方も見ていない方もいらっしゃると思うので、まず簡単に。最後に歌手のMISIAさんが登場しましたが、ここで彼女の後ろに出てきたのがいわゆるレインボーフラッグ、舞台に登場したのは某有名なDJやドラァグクイーンなど、同性愛を連想させる方たちでした。これを見て、正直私は「あ~、NHKも変わったなぁ。これが時代の流れなのかな。」と思いました。誤解しないで頂きたいのですが、私は決して同性愛などについて差別するつもりは毛頭ありません。ただ、かつてのNHKの「お堅いイメージ」からすれば、これだけ生放送でLGBTを見せる演出を了解したのは画期的ともいえるのではないかと思います。

さて、日本では、ようやくという感じかもしれませんが、LGBTという呼称やその内容もかなり浸透してきたようです。学校教育でも取り上げるようになり、差別や偏見のないようにという指導もされているようです。もちろんそれがすぐに実効力を伴い、差別や偏見が全くなくなったかと言えばそれはまだまだ道半ばという気がしますが、一歩ずつでも進み始めたというところではないでしょうか。

さて、その呼称ですが、日本ではLGBTというのは一般的かと思われますが、海外ではどんどんこれが長くなっています。タイトルにも含みましたが、アメリカでの学会などでは今やLGBTQ+となり、どんどん略語が増加していくので、ついに「これ以外にもある」というサインで+が付くようになりました。

時を同じくして、英語辞書で有名なMerriam-Websterが”they”をWord of the year 2019として発表しました。単にtheyというだけなら、中学校で習う基礎単語がなぜ?と思われそうですが、これがLGBTQ+と大きく関係しているのです。無生物であれば、itなりtheyなりで表現できますが、人を表す場合は、単数であれば彼女(she)か彼(he)と性別による単語が存在します。しかし、LGBTQ+の人にとって、heやsheというカテゴリーに入れられることが合わない場合という背景から、本来なら複数を表すtheyというによって、どちらの性別にもよらない表現を認めようということになったわけです。しかし、theyを使うからといって複数形ということにはならないことから、They saysという表現が可能となりました。そうです、theyは単数扱いなので、動詞に三人称単数現在を示すsがつくことも可能となったのです。

このように言葉は生きています。これまで文法の授業などでは、「明らかな間違い」をされてきたことが、時代の変遷と共に単語の使い方も変わり、それに呼応するように文法の扱い方も変わっていくわけです。

加えて、同性婚の場合はどのような呼称を用いることが適切なのか、移民手続きや難民申請といった従来の性別が重要視される場面でも、意識するべき課題となっているのが世界的傾向です。

さらに、2019年10月に開催されたAmerican Translators Association (ATA)という全米の通訳者・翻訳者が集まる学会においても、LBTQ+がトピックの1つになっており、用語の使用法についても論じられました。ここでは余り詳細には述べませんが、LGBTAQ+のQについてもいくつかの定義があること、TransgenderにはBinaryとNon-Binaryというカテゴリーがあること、使用を避けるべき用語としては、Transvestite, Transexual, Transgenderedなどが存在すること、Intersexという定義も存在することなどが挙げられました。

また、日本ではLGBTが一般的に使用されることは前述の通りですが、英語ではLGBTQ+が、スペイン語ではGLBTIが一般的であることも報告されています。ただ、そうすると「+」は何を意味するのだろう?という疑問が出てきそうですが、これは今後もまだ定義が増加することを見越して、「+」という記号でそれらを表彰しようということなのです。

現在のところ、私が知る限りでの最長略語は、LGBTTQQIAAPです。果たしてこれがまだ伸びるのか、それとも減少していくのか、はたまた新しい単語や略語が登場するのか、全く予想は出来ません。ただ1つ言えることは、日々言葉は進化し、変化していくということ―我々通訳者は(そしておそらく翻訳者も)、常に言葉のアンテナを張り、時代に応じた、また言葉にまつわる人権を意識し、差別や偏見のない表現を目指していくことが必要でしょう。

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参考文献
1. A guide to how gender-neutral language is developing around the world

2. Word of the year 2019: Merriam-Webster

3. Legal Consciousness and LGBT Research: The Importance of Law in the Everyday Lives of LGBT Individuals

4. Past and Present: From Misunderstanding Sexuality to Misunderstanding Gender Identity in Australian Refugee Claims

5. American Translators Association 60th Annual Conference


毛利雅子
豊橋技術科学大学総合教育院准教授。民間企業、外国公館勤務などを経て、フリーランス会議通訳者に。通訳に従事しつつ、博士号取得。関西外国語大学外国語学部講師を経て現職。