【第13回】手話通訳士への道「 コロナ禍 手話言語通訳者の仕事がどう変わったか 」

2023年5月、新型コロナウイルス感染症の位置づけが、いわゆる2類相当から5類感染症に変更となりました。

そこで、「コロナ禍の手話言語通訳者の仕事について」一般社団法人日本手話通訳士協会副会長の高井洋さんに課題となったことを中心に振り返ってもらいましたので紹介します。

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一般社団法人日本手話通訳士協会

副会長 高井洋

今回、川根さんからコロナ禍での手話通訳者、手話通訳派遣事業所の状況や見えてきた課題を書いてほしいと依頼があり、皆さんに厳しい状況を知ってもらえる貴重な機会を得ることができました。

私は、手話通訳士の職能団体である日本手話通訳士協会の会員であり、社会福祉法人東京聴覚障害者福祉事業協会の「東京手話通訳等派遣センター(以下、派遣センターという。)」に勤務しています。

勤務先の財源は、行政や民間団体等から1件当たりの手話通訳等の派遣単価などで運営していますので新型コロナウイルスによる社会活動の制限による影響は大変大きなものでした。

2020年3月13日、コロナ対策の特別措置法が成立しました。このころから、手話通訳依頼の多くがキャンセルとなり、4月7日の「緊急事態宣言」の発出は企業活動の停止、個々人の活動も自粛となり手話通訳の派遣依頼が激減しました。

手話通訳者の収入減はもとより、事業所の収入が前年比30%まで落ち込む月もあり、事業所そのものの継続も危ぶまれました。

1.手話通訳者

 手話通訳者の働き方は「登録型」と「雇用型」に分かれます。全国で、2,000人強の「雇用型」通訳者は、自治体や福祉・医療分野などの団体に雇用されていますが、手話通訳の担い手の大半は8,000人を超える「登録型」通訳者に依存しています。

その「登録型」の通訳者は、自治体や団体に「登録」され、雇用関係や労働契約の締結もなく、その時々の仕事の依頼を個人請負の形で受ける不安定な個人事業主(フリーランス)です。

 そして、手話通訳者の現状で大きな課題となっていることに、高齢化が挙げられます。令和元年12月に報告された「手話通訳士実態調査報告書(社会福祉法人聴力障害者情

報文化センター)」によると、手話通訳士のうち60歳代と70歳以上で39.7%。50歳代以上となると8割近くと報告されています。

2.派遣事業体

 手話通訳の派遣事業には、社会福祉法に規定する第2種社会福祉事業に位置付けられている自治体が行う個人や障害者団体を対象とした「意思疎通支援事業」と企業や団体などを対象とした手話通訳派遣事業があります。前者は、自治体が直接行ったり、社会福祉法人などの団体が自治体から受託して実施しています。後者は、社会福祉法人が担ったり、企業が手話通訳者を派遣したりしています。

 

3.コロナが与えた影響

1)手話通訳者

 前述の通り手話通訳者の殆どが登録型なので、依頼が無ければ収入がなくなり、収入が80%減った人も出てしまいました。

また、後進の育成や現任研修等指導をしている手話通訳者は、講習会や研修会が軒並み中止になり、収入が途絶えてしまった人もいましたが、「持続化給付金」の恩恵を受けた手話通訳者もいました。しかし、残念なことにこれは、初年度のみでした。

 手話通訳依頼、講習会や研修会の機会の減少は、手話通訳技術獲得、維持、向上に大きく影響を与えました。手話通訳回数の減少や研修機会が激減したことによる技術低下や新人手話通訳者の現場経験の不足による技術向上の機会の喪失等によるものです。

2)派遣事業所

派遣事業所では、手話通訳派遣の他、聴覚障害者の相談や支援、手話通訳者養成や研修などの事業を行っています。しかし、そのほとんどが自粛せざるを得ない状況となりました。派遣センターでは前年比5,6月(2021年)の依頼数は、60%も落ち込みました。

さらに聴覚障害者は相談や支援を受けられず、さらに孤立化が進み、コロナ対策が正しくできないといったことがありました。

4.今後の課題

1)身分保障

このような状況では、手話通訳という職業から離れてしまう者、手話通訳という職業を選択できない者が増えてしまいます。コロナ前からの課題でしたが、自治体等が正職員で雇用することや、登録型の手話通訳者を専門職にふさわしい待遇とすることが求められています。

2)人材不足

現在は、社会活動が一定程度回復し、手話通訳ニーズも回復してきました。政府による会見のほか、首長による会見にも手話通訳が挿入されることが散見されるようになり、手話通訳ニーズが広がっています。しかし、それを担う手話通訳者が、コロナ禍で感染のハイリスクや一瞬にして収入が減ってしまうなどの不安定な状況を経験したことで手話通訳離れの進行と高齢化が人材不足に拍車をかけていることが顕著になりました。

3)聞こえない人の暮らし

先の2つの課題が、聞こえない人の暮らしに大きく影響を及ぼします。

障害者差別や文化の違いから、情報や社会から孤立せざるを得なかった聞こえない人の支援を兼ねた手話通訳、企業活動や文化など多岐にわたる手話通訳が求められているなか、不十分な身分保障による手話通訳者不足から、手話通訳依頼に応じられないことが生じ始めています。

さいごに

手話通訳者の身分保障や人材の確保が、聞こえない人の暮らしを豊かにし、社会そのものの発展につながっていきます。専門職にふさわしい身分保障を望んでやみません。

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 高井さんから新型コロナウイルスの蔓延が明かにした手話通訳の担い手の状況を教えていただきました。戦後、ろう運動は、いついかなる時にでも手話通訳が保障される体制を求めていましたが、我が国の「通訳」をめぐる認識と体制の未熟さが明かになりました。 

この教訓をこれからどう生かしていくのか私たち一人ひとりに問いかけられた出来事だと思いました。

高井さんありがとうございました。

ちょっと素敵な寄り道をしてしまいましたが、次回からアナウンスしていたように、手話通訳事業がイメージできるように手話言語通訳を具体的に紹介しながら私の成長に触れたいと思いますので、今後とも変わらぬお付き合いのほどよろしくお願いします。


川根紀夫(かわね のりお)

手話通訳士。1974年、聴覚障害者福祉と手話言語通訳者の社会的地位の向上のため、手話言語、手話言語通訳や聴覚障害者問題の研究・運動を行う全国組織である「全国手話通訳問題研究会」の誕生に伴い、会員に。1976年、手話言語通訳の出来るケースワーカーとして千葉県佐倉市役所に入職。1989年、第1回手話通訳技能認定(手話通訳士)試験(厚生労働大臣認定)が始まり、1991年には、手話通訳士の資質および専門的技術の向上と、手話通訳制度の発展に寄与することを目的に「一般社団法人(現)日本手話通訳士協会」が設立され、1993年、理事に就任。日本手話通訳学会、日本早期認知症学会、自治体学会に所属。第4回JACI特別功労賞受賞者。