【第15回】手話通訳士への道「手話通訳士(者)の仕事を考えてみます Vol.2」

前回は、聞こえること、そして音声言語が前提の社会で暮らすろう者の通訳に対する認識、そのことをふまえた手話通訳士(者)の動き方、仕事のあり方・やり方、そして通訳を通じての人間育ちについて触れてみました。

多くのろう者は「通訳はお願いして」用意できるものと考えているようです。

実際のろう者の認識からすると、人権施策とは程遠い状況にあると考えているのは私だけではないと思います。

私が市役所で手話言語通訳を兼務していた時、

ろう者:「〇月」「〇」「時間」「3」「半」「学校」「3者」「面談」「通訳」「お願い」

私  :「その」「日」「通訳」「依頼(多い含む)」「難しい」「?(かも)」

ろう者:「なんとか」「探す」「お願い」

私  :「もし」「いない」「場合」「日延べ」「OK」「?」

ろう者:「仕方ない」

 この後、通訳の手配が何とかできたのですが、日延べをお願いしたとんでもない私、いなければ仕方がないと答えるろう者。ここには人材不足といった問題が横たわっているのですが、この他に、学校自らが通訳のいる3者面談の予定を組むのではなく、ろう者任せにしていることが常態化、常識化しているところにあるのではないでしょうか。

  前回の事例同様音声日本語の渦の中で、何が話されているのかわからないことだらけの状態を受け入れざるを得ず、仕方ないとあきらめ暮らすことが、生きる知恵になってしまっている現状があります。

 前回の葬儀の通訳事例で、「あなたも手話言語通訳を頼めるよ」と勧めた設置通訳者の動き方を紹介しました。

では、ここで、税金など国民から集めたお金、「みんなの財布(財源)」を原資に展開されている行政活動をめぐり、ろう者に関する訴訟となった事例を紹介します。

高松手話通訳派遣拒否事件訴訟

2011(平成23)年、高松市在住のろう者を親に持つ聞こえる子が、県外にある専門学校のオープンキャンパスに行きたい。保護者説明会もあるので母親にも一緒に来てほしいと話し、母親は、親として娘を東京で生活させるのは不安であるし、どのような学校でどのような講師がいて、どのような教材・機器が用いられ、どのような教育が行われるか知りたいと考えた。

また、資料には、親が知りたい学費のことも細かく記載されていなかったので直接話を聞ければ安心できると考え(訴状より)手話通訳を申請したところ、

①派遣場所が本件要綱第5条にて定める本市(・・)()()域内(・・)()なく(・・)、かつ、通訳内容が、市長が特に必要であると認める程度の客観的な重要性(・・・)()乏しい(・・・)こと、

②派遣対象について、専門学校のオープンキャンパスに伴う保護者説明会は、義務(・・)教育(・・)()それ(・・)()()ずる(・・)高校(・・)()()関する(・・・)以外(・・)()もの(・・)()あ り、本件運用基準第1条区分(5)「教育に関すること」で定めた派遣(・・)対象(・・)事項(・・)()該当(・・)しない(・・・)

ことを理由に高松市が手話通訳の派遣を拒否したことに端を発した裁判です。

この裁判は、2012(平成24)年2月28日に提訴してから2年8ヵ月後の2014(平成26)年10月22日に高松地方裁判所において、原告と被告高松市が一歩前進した形で和解しました。

和解条項は次の通りです。

原告と被告は,高松市地域生活支援事業(手話奉仕員派遣事業・要約筆記奉仕員派遣事業)実施要綱が廃止され,新たに高松市意思疎通支援事業実施要綱が平成26年4月1日から施行されたことに伴い,被告が原告に対し,聴覚障害者に対して意思疎通支援者(手話通訳者及び要約筆記者)の派遣の必要性と市外派遣がより広く認められるように,新たな要綱をその趣旨に従って誠実に運用することを約束したことを踏まえて,下記のとおり和解する。

1.原告は,被告に対する本件請求中,行政処分の取消しを求める部分の訴えを取下げ,被

告は,この取下げに同意する。

2.原告は,その余の請求を放棄する。

3.訴訟費用は各自の負担とする。

2014年10月22日 和解成立! – takamatsu-haken ページ!(jimdofree.com)より

永井訴訟

児童扶養手当の支給をめぐって、行政は、児童扶養手当制度の存在を広報する義務があるのに怠ったとして京都府と国を相手に提訴した事例です。

提訴したろう者夫婦が、夫はろう者で、収入が少なく生活が苦しい中、妻が出産したことを区役所の福祉事務所等は本人たちからたびたび聞かされ知っていた。

しかし、児童扶養手当受給手続きについて行政からの情報提供(広報)がなかったため制度を知らず、申請が遅れ1年5か月の給付が受けられなかったことから訴訟になった事案です。

1991年2月5日京都地裁判決(原告勝訴)

京都地裁は、行政の周知徹底義務については「広報(この種の)は、社会保障制度の実効を確保するためのものであり、してもしなくてもよい行政サービスや(行政の)自由裁量に過ぎないものではなく法的な義務である。」とした。(京都新聞1991⦅平成3⦆年2月6日朝刊)

1993年10月5日大阪高裁判決(原告敗訴

大阪高裁は、「資格者が漏れなく制度を知ることができるよう広報することは当然で、広報は単なる行政サービスではない」と指摘。しかし、現行法には広報を義務付ける規定がないことから「広報は法的義務ではなく、法的強制を伴わない責務」と判断した。(京都新聞1993⦅平成5⦆年10月6日朝刊)

この判決に対し、こんな見解も

市民の側から、「児童扶養手当について具体的に質問しない限り、これについて教示する義務はない」というのは、いかにも「お役所的発想」「お役所的対応」ではないだろうか (そもそも知らないのだから、具体的な質問などできるはずがない)。

控訴審判決も、窓口 において「的確に答えないで、誤った教示をする」というような場合であれば違法になると認めているのであるから、本件の場合は、それと「実質的に等しい」と考えることも十分に可能であったであろうし、そのような構成により何らかの広報義務・教示義務違反を導き出すことも可能であったかと思われる。

さらに、行政側に広い裁量が認められるとされる一般的な広報の段階においても問題がある。市民に配布される広報紙類における児童扶養手当制度の説明の記載は、一般市民には判りづらい表記であったり~以下略~ (中京法学46巻3・4号 ⦅2012年⦆行政による情報提供-社会保障行政分野を中心に-長尾英彦)

コミュニケーションとは、人間が生きるときに、ライフラインと言っていいぐらい重要な権利 (二宮厚美「福祉国家の姿とコミュニケーション」文理閣P80)です。

事例に目をやると、未熟な私、未熟なろう者、未熟な教員、未熟な市役所・学校、社会が透けて見えています。通訳依頼を日延べしてもよいか? 仕方ない。と言わせる環境があります。手話言語による行政(広報)活動をほとんど目にすることがありません。「行政(広報)活動と手話言語」の課題も未熟な社会であることを示しています。

今回紹介した事例、判例をみると手話通訳事業が人権施策として位置づいているのかどうか…。

少し長くなってしまいましたのでこの辺で終えて、たくましき小学校1年生の事例を次回考えてみたいと思います。


川根紀夫(かわね のりお)

手話通訳士。1974年、聴覚障害者福祉と手話言語通訳者の社会的地位の向上のため、手話言語、手話言語通訳や聴覚障害者問題の研究・運動を行う全国組織である「全国手話通訳問題研究会」の誕生に伴い、会員に。1976年、手話言語通訳の出来るケースワーカーとして千葉県佐倉市役所に入職。1989年、第1回手話通訳技能認定(手話通訳士)試験(厚生労働大臣認定)が始まり、1991年には、手話通訳士の資質および専門的技術の向上と、手話通訳制度の発展に寄与することを目的に「一般社団法人(現)日本手話通訳士協会」が設立され、1993年、理事に就任。日本手話通訳学会、日本早期認知症学会、自治体学会に所属。第4回JACI特別功労賞受賞者。