【第19回】手話通訳士への道「法令にみる手話通訳(士)のあり方と手話通訳士の危機的状態-その1」

連載の第6回第7回で手話通訳事業の法的な位置(第2種社会福祉事業)づけを紹介しましたが、今回は法令から手話通訳(士・者)のあり方を取り上げてみます。

社会福祉法の手話通訳事業、身体障害者福祉法の手話通訳事業、障害者総合支援法の意思疎通支援事業の手話通訳関係事業(遠隔手話サービス)が法令の規定に規定する社会福祉領域における手話通訳事業です。この社会福祉領域の手話通訳事業は、税を財源としています。同じ税財源ですが、政府の会見やハローワークの就業相談等の職員との意思疎通のための手話協力員(手話通訳のでき る人)の配置などもあります。政見放送も公営分野なのでこれも税財源です。

税財源ではないのですが、聞こえる人と聞こえない人・発話の困難な人の電話利用に関するサービス(通訳オペレーターが手話(手話通訳とは言わずに手話通訳オペレータ)・文字と音声とを通訳する)である電話リレーサービス(聴覚障害者等による電話の利用の円滑化に関する法律)があります。この制度は、 電話提供事業者携帯電話事業者、固定電話事業者、IP電話事業者等の事業者)が、私たち電話の利用者から1電話番号毎に毎月集めた費用と聴覚障害者等の利用料を財源にしているので「みんなで負担し合う」という意味では税金に近い制度だといってもいいかもしれません。

「みんなの負担」以外に、企業や団体が自らの負担で手話通訳を用意したり、手話の出来る・手話通訳の出来る職員を採用するところもあります。

大雑把な分類ですが、手話通訳の財源は、税財源やある事業のための財源を負担し合う「みんなの負担」と民間の企業や団体等が「自ら財源を負担」する2つの方式で成り立っているといってもいいのかもしれません。

今回は、法令にみる手話通訳のあり方なので、「みんなの負担」、とりわけ税財源を中心に考えてみたいと思います。

法令で、税財源で働く者のあり方や仕事の仕方について明確に示されている代表例の公務員、手話通訳事業、手話通訳士・者を取り上げてみます。

先ず公務員です。

【表1】

1.憲法と公務員

はじめに、税を財源に、国民のために働く公務員と憲法の関係です。 

憲法は、公務員に対して憲法遵守義務を課しています。

憲法を踏まえて、国家公務員は、国家公務員法97条で、地方公務員は、地方公務員法第31条と各自治体の条例で、憲法の遵守を宣誓してからでないと、その職務に就くことができないとしています。

【表1】は、私がかつて働いていた佐倉市の職員の憲法遵守義務をまとめたものです。

憲法と公務員の関係をもう少し深めてみましょう。

さて、憲法が誕生したころの日本は、憲法の描く姿とは程遠い時代でした。しかし、今や障害者の権利に関する条約(平成26年1月批准)、SDGsの取り組みなど障害のある人の人権、平和がテーマになっています。

障害のある人の人権も私たち同じように憲法13条の「個人の尊厳」が、平和と並んで人権の基盤であることは一般に知られているところです。

憲法が生まれたてホヤホヤの頃、美濃部達吉さんも日本評論社の「新憲法逐条解説」で「個人の尊厳」を国政の基本と解説しています。

憲法遵守義務が課せられている公務員にとって「個人の尊厳」を基本に据えた仕事のあり方、やり方が求められているといえます。

国を縛り、権力から国民を守ることをその原理とする憲法の下で働く公務員は、税(みんなの負担)を財源として雇われ、税を財源とする様々な事業を行う性質上高い人権意識が求められ、人権を守る仕事のやり方が必要なのです。

手話通訳を例に考えると、ろう者の「個人の尊厳」が尊重される人権施策としての手話通訳事業をこの社会に根付かせることです。

しかし、目の前の障害者、ろう者、手話通訳の現状を見るとまだまだ遠い世界のように感じてしまいます。

先日、私が働いていた佐倉市でお世話になった方たちの集まりがあり、そこで話す機会がありました。今年は「共に生きる」というテーマでした。

公開講座ということもあり、障害関係者の参加もありました。

なんと目の前に、障害のある子どもを持ち、同じ大学の教員で、知的障害のある子を抱える親たちの会にも関わり活動している人生の大先輩が座っていました。勉強会終了後、その先生とお茶していた時、先生が、「障害者の問題は、『薄皮を一枚一枚はぐような歩み』だった。」としみじみ話されました。その一言にどれほどの想いがあったのか。私の想像をはるかに超えるものがあったに違いありません。

1946年憲法誕生から80年近く経た今日も薄皮を一枚一枚はぎ続けているのです。社会の未熟さを痛感した一言でした。

障害者運動、私たちでいえばろう運動は憲法の描く日本の姿に近づけようと、『薄皮を一枚一枚はぐような歩み』を重ねてきたのだと思います。

同じように、公務員のあり方、公務員の仕事のやり方も『薄皮を一枚一枚はぐような歩み』を重ねているように思っているのは私だけではないように思います。

今回は公務員までで、次回、手話通訳事業、手話通訳士・者に触れたいと思います。

2.手話通訳の危機的状況

 手話通訳事業は、税を財源(みんなの負担)とする事業が大半です。にもかかわらず恩恵的な事業の域を出られずに、公務員の本来の働き方(あり方・やり方)から言えば起こりえない状況が生まれています。

その一例です。それは、10年に1回行われていると思われる社会福祉法人聴力障害者情報文化センターの2009年と2019年に行った「手話通訳士実態調査」結果を見ると明らかです。

(1)性別

男性は、11.4%から9.3%に減少、女性は、86.3%から89.5%に増加

養成段階で受講希望者任せ、不十分な身分保障などと思われる課題から性別の偏りがみられます。

(2)年齢構成

60歳以上の方の比率が11.4%から40%弱に増加

僅か10年で一気に高齢化が進んだといえます。これも理由は(1)と同じではないでしょうか。

社会福祉法人聴力障害者情報文化センターのホームページにある手話通訳士試験の受験者数と合格率をグラフにしてみました。

2019年調査で手話通訳士試験に合格するまでの手話・手話通訳学習年数の中央値は10年、平均値が10.4年で最も多い5~10年未満が31.5%、10年~15年未満が28%で6割となっています。養成、受験者、合格率がこれまでと変わらないとすればかなりのスピードで高齢化が進み制度の根幹を揺るがすことになってしまいます。

これが危機的状況の一つです。少し長くなってしまいました。憲法にもとづいた公務員の働きを期待しながら次回は税財源による手話通訳士・者について考えたいと思います。


川根紀夫(かわね のりお)

手話通訳士。1974年、聴覚障害者福祉と手話言語通訳者の社会的地位の向上のため、手話言語、手話言語通訳や聴覚障害者問題の研究・運動を行う全国組織である「全国手話通訳問題研究会」の誕生に伴い、会員に。1976年、手話言語通訳の出来るケースワーカーとして千葉県佐倉市役所に入職。1989年、第1回手話通訳技能認定(手話通訳士)試験(厚生労働大臣認定)が始まり、1991年には、手話通訳士の資質および専門的技術の向上と、手話通訳制度の発展に寄与することを目的に「一般社団法人(現)日本手話通訳士協会」が設立され、1993年、理事に就任。日本手話通訳学会、日本早期認知症学会、自治体学会に所属。第4回JACI特別功労賞受賞者。