【第20回】手話通訳士への道「法令にみる手話通訳(士)のあり方と手話通訳士の危機的状態-その2」
1.社会保険と税
前回、「みんなの負担」と言われている「税」を財源に働く公務員のあり方、仕事のやり方が人権保障にあることを紹介しました。
これまで触れてきたように、国民の必要を満たすために、みんなで負担し合う税の仕組みは憲法が描く社会をつくるための原資です。みんなで負担し合い、支え合う財源である税は、国会で決めた法に基づいて強制的に徴収されます。なぜ強制的に徴収できるのかについて、神野さんは、憲法の「納税の義務」を理由とする『義務説』(憲法第30条を根拠とすると同語反復)と社会の形成が国民の利益で、公共サービスの利益全体が税負担全体と対応する等価原則とする『利益説』(神野直彦「財政のしくみがわかる本」岩波ジュニア新書P59~P62)の二つをあげています。
そこで、国税庁のホームページ「税の学習コーナー」をのぞいてみました。そこには、「税金は、国民の「健康で豊かな生活」を実現するために、国や地方公共団体が行う活動の財源」と書かれていました。
何のための税か。
その目的実現のために働く税。
だから強制的に徴収できる。という流れでしょうか。
税により公務員は、行政活動を展開しています。
繰り返しになりますが、憲法の描く社会に向け、法律で、みんなで負担する「税」のしくみを設け、公共サービスの提供のために公務員を雇い、行政活動を展開しています。
手話通訳事業はその公務員による行政活動(手話通訳はできないが、手話通訳事業を具体的に事業化し運営するのも行政活動)の一領域なのです。
行政活動の範囲について少し考えてみましょう。
行政活動の範囲は時代によって変化しています。「国鉄」が「JR」に「日本郵政公社」が「日本郵政グループ」の例のように行政サービスの「民営化」です。
社会福祉の世界では、「規制緩和」(規制緩和という衣を着た民営化)という手法でその範囲を変えてきました。
いわゆる社会福祉基礎構造改革です。この社会福祉構造改革は、1980年代の少子高齢化を出発点に、1989年の高齢者の医療費や介護などの基盤整備の出発点となった「高齢者保健福祉推進十か年戦略(ゴールドプラン)」をスタート地点に、「税による仕組み」から「社会保険制度による介護保険制度」を誕生させます。
社会保険制度について、厚生労働白書では次のように解説しています。
「社会保険は、人生の様々なリスクに備えて、人々があらかじめお金(保険料)を出し合 い、実際にリスクに遭遇した人に、必要なお金やサービスを支給する仕組みである。」(平成24年版厚生労働白書第3節日本の社会保障制度1社会保険とは何かより)とあらかじめ事故に備えるという点、保険料を払わなければそのサービスが受けられないとする点などから自己責任による仕組みと言ってもいいと思います。
使い道を限定せず(目的税もあるが…)、みんなの困りごとや利便性の向上等のために徴収する税を財源に国民生活を保障する「税による制度」とは趣が異なっています。手話通訳事業が税を財源とする社会福祉事業である理由は、この趣の違いにあるのではないでしょうか。
私は、社会保険制度(医療、介護、年金、災害補償、雇用の5つ)で想定している事故はそのどれもが誰にでも起こり得る事故という性格から自分で備える「自己責任型の社会保険制度」ではなく、みんなで負担し、支え合う「税による制度」であるべきだと私は思っています。
また、これまで、障害、高齢等社会の未熟さゆえに生じる生活上の課題がより集中的に表れる対象者を限定して提供していた社会福祉(行政)活動が、近年、全国民を対象とする言動がみられるようになっています。その意味では、事故と考えることに無理があるようにも思います。
手話通訳制度は、聞こえない者も聞こえる者も必要とするものですが、聴覚・音声優位の社会で生きるろう者に対する社会福祉制度として発展してきた歴史があることはこれまで述べてきたとおりです。
障害のある子どもが生まれるかもしれない。明日、事故に遭い聴覚に障害を負うかもしれない。朝起きたら耳が聞こえにくくなっているかもしれない等、いつ障害を負った人生を生きるようになるかわかりません。誰にでも起こりうる出来事です。
みんなで助け合う。みんなで支え合う。という活動は、個人が個人や社会に対して行う側面もありますが、そこには限界があります。したがって社会システムとしての活動が求められ、税を財源に雇われ人の活動によって取り組まれるものになっているのです。
自己責任型の制度では、みんなで助け合うという思想は育たず、税そのものの考え方もやせ衰えてしまうのではないかと私は危惧しています。
2.公務員と手話通訳士・者
前回、憲法と公務員について触れました。
憲法第九十九条は、誰に憲法遵守義務を課しているか明示しています。
条文は「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。」で、その働きの財源を税による者たちを列挙しています。
仕事に手話通訳を含む公務員等憲法に明示されている任を担う者以外、民間の機関で働く手話通訳士・者はその義務規定は適用されないのでしょうが、手話通訳事業が税を財源としていることから考えると手話通訳士・者は、憲法遵守義務を基に、その任に当たるようにすべきだと考えますが皆さんはどう考えますか。
私は、最低、税を財源とする手話通訳士・者は、憲法の描く社会の実現の担い手であり、「個人の尊重」、「自由・人権の尊重」をそのあり方に据えることが求められていると考えています。
少し古い資料ですが、社会福祉領域だけでなく教育、労働、放送分野も含めた委員で構成した「手話通訳制度調査検討委員会報告書」から手話通訳者の働きについての評価を紹介します。
この報告書は、当時の厚生省が1982(昭和57)年度予算に手話通訳制度調査検討事業(手話通訳士制度の検討)を予算化し、全日本ろうあ連盟に委託し、ろうあ団体関係者(4名)、関係行政機関(3名)、言語教育等専門家(4名)、学識経験者(3名)からなる委員会が取りまとめたものです。その第1部の2.ろうあ者のコミュニケーションをめぐる問題点に、「ろうあ者の復権の歴史の中で、手話通訳者はろうあ者に対して、口代わり、耳代わりにコミュニケーションや情報面の援助をするのみならず、ろうあ者について十分な理解ができていない社会を時には啓蒙したりして、ろうあ者と共に生活を守り高めるような役割を担っており、手話通訳者が、ろうあ者の自立や社会的地位の向上に果たした役割は大きい。」と第3者を含む委員会で、手話通訳者が憲法の描く社会の実現に努力してきた歴史を評価し、手話通訳士制度への一歩となったことを見ると歴史の節目となった事業だったといえます。
公務員同様、税を財源とする手話通訳士・者は、憲法の描く社会の実現に向け、手話通訳(士・者)のあり方を深め、実践することが社会的役割と考えていいのではないでしょうか。
3.手話通訳士の危機的状況
今回は地域的な偏在に注目してみます。
データは3年前なのですが、人口10万人当たりの手話通訳士数をグラフにしたものです。
平均が3.03人なので、平均を下回る都道府県が多く、最低と最高の差が6倍となっているなど地域格差の大きさがわかると思います。
一人で人口10万人を支えている佐賀県、約6人で10万人を支えている東京都。
前回の年齢構造などと併せて考えていただけると危機的状況が理解できるのではないかと思います。
川根紀夫(かわね のりお)
手話通訳士。1974年、聴覚障害者福祉と手話言語通訳者の社会的地位の向上のため、手話言語、手話言語通訳や聴覚障害者問題の研究・運動を行う全国組織である「全国手話通訳問題研究会」の誕生に伴い、会員に。1976年、手話言語通訳の出来るケースワーカーとして千葉県佐倉市役所に入職。1989年、第1回手話通訳技能認定(手話通訳士)試験(厚生労働大臣認定)が始まり、1991年には、手話通訳士の資質および専門的技術の向上と、手話通訳制度の発展に寄与することを目的に「一般社団法人(現)日本手話通訳士協会」が設立され、1993年、理事に就任。日本手話通訳学会、日本早期認知症学会、自治体学会に所属。第4回JACI特別功労賞受賞者。