【第5回】手話通訳士への道「情報の取得・コミュニケーションの重要性が「法」にー人権の質、ふくらみと広がりがー」

前回あたりから少しリラックスして書けるようになってきました。

緊張が少し…。あまりリラックスしすぎないように気を付けないととんでもない脱線をしそうです。身を引き締めて進めるように心がけますので今回もお付き合いください。

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手話通訳の担い手がほとんどいない中、手話奉仕員としてスタートした私です。

そんな私は、手話通訳に求められる資質は、そばにいるだけでいいという素朴な願いや社会的な認識から手話通訳士(手話通訳技能認定) 試験で求められる水準にまで高まっている現在まで共に時を過ごしながら成長することができた幸運の持ち主なのです。

私が手話奉仕員から通訳士となるまでの道は、手話通訳事業の発展の道でもあったのです。タイトルの手話通訳士の道は手話通訳事業の道といってもいいのです。

さて、前回「山の神」から、「現在の手話通訳事業の概要を紹介しておいた方が理解しやすいよ」と受けた指摘に従って手話通訳事業の概要を紹介します。

そんなことは知っているよと言われてしまいそうですが、手話通訳事業は、税金を原資にしています。

税金が原資なので、みんなで、手話言語通訳を必要とする人たちに、手話言語通訳を用意し、いつでもどこでも必要な時に届けることができる「言語的平等」を保障する社会的な営みだと理解しています。

●画期的な法律が誕生しました

情報の取得・コミュニケーションの重要性を踏まえ、国や地方自治体の施策に係る責務を明らかにした情報・コミュニケーションに係る法律(この原稿は6月に書いたもの)が誕生したので、ここで少し紹介します。

2022年5月19日全会一致で可決、成立し、5月25日公布された『障害者情報アクセシビリティ・コミュニケーション施策推進法 ー議員立法ー以下、「情コミ法」という。)』です。私は、手話通訳事業維持発展させるために努力してきた関係者の努力の賜物だと思っています。

情報の十分な取得・コミュニケーションの重要性と国、地方公共団体の役割を法制化したのです。

画期的な出来事だとですよね。

「情コミ法」の目的を読んでいただけるとそのことに気づいていただけると思うので、紹介します。

「全ての障害者が、社会を構成する一員として社会、経済、文化その他あらゆる分野の活動に参加するためには、その必要とする情報を十分に取得し及び利用し並びに円滑に意思疎通を図ることができることが極めて重要である」

と十分な情報の取得と意思疎通の重要性をあげているからです。

生活するうえで、情報の十分な取得と意思疎通に困難を抱える人(障害者)を対象に据え、情報と意思疎通の重要性を法制化したことについて、全日本ろうあ連盟、日本視覚障害者団体連合会、全日本難聴者・中途失聴者団体連合会・全国盲ろう者協会の4団体は、共同声明で、2022年5月20日全会一致での成立を歓迎し、「情報・コミュニケーションを豊かにしていくための大きな一歩となる」とその意義に触れています。

声明の中で特に重要な点は、「障害当事者の望む形を保障することが必要であり、これが担保されて「アクセシビリティコミュニケーション」という人権が行使できる』と、人権施策(当事者主体)としての法制化であることを強調している点です。

ここに、この法の制定に向けた関係団体、当事者の並々ならぬ努力を伺い知ることができます。

この法の成立にあたって、手話言語法の立法を含め、手話に関する施策の一層の充実の検討を進めること等5項目の付帯決議がされていることは注目に値します。

付帯決議にある手話言語法の立法についていえば、音声による言語を優位としてきた言語観を変え、系統の違う言語である手話言語も音声言語と対等・同質な言語として認め、この社会に手話言語が根付くスタートラインとなるよう立法府、行政府のさらなる取組が期待されています。

情報の取得、利用そして意思疎通に係る施策の基本理念を定め、国、地方公共団体等の責務を明らかにした「情コミ法」の成立・施行は、長年のろう運動をはじめとする障害者運動によるものです。

手話言語が音声言語と同等の地位を得、すべての人が自ら望む言語で豊かに暮らせる社会づくりに大きく寄与する運動であり、その成果の一つがこの法律だと私は思っています。

●手話通訳事業を運営する行政活動

立法府が「情コミ法」制定したことから、行政活動への期待が高まっている状況を踏まえ、少し行政活動に触れてみたいと思います。

大きな話になりますが、憲法第三章の国民の権利及び義務規定は、手話言語、手話言語通訳と不可分の関係あると思っているのは私だけでしょうか。そんなことはないはずです。

少なくとも、ろう者をはじめ、手話言語関係者、団体は、国家(地方公共団体含む)に対し、国民に保障する自由と権利の基盤に十分な情報の保障と意思疎通があることを求め、運動を展開していることをみると明らかです。

手話言語通訳の担い手の善意に頼り、専門性に対する低い評価等まだまだ未成熟で不十分な点の多い手話通訳事業ですが、運動により、憲法に規定する自由と権利の基盤事業として、税金を原資とする行政活動の一つとして取り組んできた歴史が物語っています。

税金は、皆で、みんなの安全・安心を保障するために、公務員を置き、その公務員がみんなのための仕事をするために出し合うお金のことです。

税金を原資にみんなのための働く(同時に労働者でもあります)公務員には、憲法99条で、憲法尊重擁護義務が課せられています。

この規定を受けて、国家公務員法、地方公務員法では「服務の宣誓」が義務付けられています。

国家公務員法の規定による職員の服務の宣誓に関する政令には、宣誓書の提出について、職員がその職務に従事する前にするものとされ、採用されて一番にする大きな仕事なのです。

宣誓書の様式は次のように定められています。

宣誓書
  私は、国民全体の奉仕者として公共の利益のために勤務すべき責務を深く自覚し、日本国憲法を遵守し、並びに法令及び上司の職務上の命令に従い、不偏不党かつ公正に職務の遂行に当たることをかたく誓います。

地方公務員は、自治体の条例で、国家公務員と同様の規定がされています。

手話言語に対する社会的認識、手話通訳事業の未成熟さ、不十分さは、国民個々の障害や障害者に対する意識、社会全体の意識もあるでしょうが、行政活動が、社会的障壁をなくす責務を負っていることを示しています。

求められる重要な行政活動について、2007年に署名、2014年に批准書の寄託、同年にわが国での発効した「障害者の権利条約第8条」の一部を抜粋して紹介します。

第8条 意識の向上

1 締約国は、次のことのための即時の、効果的なかつ適当な措置をとることを約束する。

  • 障害者に関する社会全体(各家庭を含む。)の意識を向上させ、並びに障害者の権利及び尊厳に対する尊重を育成すること。
  • あらゆる活動分野における障害者に関する定型化された観念、偏見及び有害な慣行(性及び年齢に基づくものを含む。)と戦うこと。

行政による「情コミ法」の具体的な取り組みと付帯決議にある「手話言語法」の制定への期待は、手話通訳事業の新たな段階を迎えたことを示しています。

そろそろ就活年齢となった私は、千葉県で開かれた第1回の手話奉仕員養成事業に参加することができ、古希の今、情報・コミュニケーションをテーマとする法律の制定、そして手話言語法の制定に向けた取組に参加し、情報・コミュニケーションの障壁の除去と手話言語で生き生きと暮らせる社会を実現する運動に参加できる幸福を実感しながら今回は終えることにします。

次回は、この新たな段階を迎えるに至った手話通訳事業の概要を取り上げますので、懲りずにお付き合いください。


川根紀夫(かわね のりお)

手話通訳士。1974年、聴覚障害者福祉と手話言語通訳者の社会的地位の向上のため、手話言語、手話言語通訳や聴覚障害者問題の研究・運動を行う全国組織である「全国手話通訳問題研究会」の誕生に伴い、会員に。1976年、手話言語通訳の出来るケースワーカーとして千葉県佐倉市役所に入職。1989年、第1回手話通訳技能認定(手話通訳士)試験(厚生労働大臣認定)が始まり、1991年には、手話通訳士の資質および専門的技術の向上と、手話通訳制度の発展に寄与することを目的に「一般社団法人(現)日本手話通訳士協会」が設立され、1993年、理事に就任。日本手話通訳学会、日本早期認知症学会、自治体学会に所属。第4回JACI特別功労賞受賞者。