【第1回】トップの通訳「外国人社長付き通訳者の仕事」

こんにちは。日英会議通訳者の菱田奈津紀です。三寒四温の頃が過ぎ、春の陽気を感じる季節となりました。想定していた繁忙期は、世界的なウイルス感染拡大によって失われ、通訳業界も漏れなく大打撃を受けています。このような中、Zoomを活用した遠隔セミナーや朝活などで、通訳業界を盛り上げてくれるJACIに改めてお礼を申し上げたいと思います。私も皆様に刺激を頂いて、自分の通訳訓練法を見直したり、以前購入してあった英語書籍を音読したり、はたまた初めてのe-Taxに挑戦したりと、普段なかなかできないことに時間を活用しています。このような時期だからこそ、横のつながりを強くしていきたいですね。

私は10年の社内通訳を経て、現在はフリーランスの会議通訳者として活動しています。社内通訳時代は数社の多国籍企業に勤め、主に外資系企業の日本法人社長付き通訳を経験しました。通訳者が付く社長は、外国人であることが大半ではないでしょうか。本連載では、七転八倒してきた私の経験も含め、外国人社長付き通訳者の仕事をご紹介していきたいと思います。

連載第一回は、外国人社長付き通訳者として通訳技術以外に必要なことと、通訳する会議の種類について見ていきたいと思います。

通訳技術以外に必要なことと言えば、すべての通訳に通じることですが、まずは知識です。自社の企業概要や事業内容、組織体制、沿革など。社長が会社説明をする際に出てきそうな内容は、頭に入れておきます。中期経営戦略や成長分野、抱えている課題などは頻繁に話題に出ます。また会社にビジョンやミッションがある場合は、いつ発言に出てくるかわからないので、対訳と共に覚えておくか、すぐに確認できる場所に持っておきます。営業体制やサービスのしくみなど、フロントオフィスを理解していることに加え、会計の基礎知識や人事に関する法の動きなど、バックオフィスの知識がとても役に立ちます。おまけの知識としては、ビジネスマナーや会食マナーなどです。私の場合は、若かりし頃に取得した秘書検定の知識が、思いがけず役に立ちました。「応接室ではどこに座るべき?」「いただいたギフトをその場で開けていいの?」など、日本のマナーをこっそり通訳者に聞きたい外国人社長は多いのです。

こういった知識に加え、私が大事だと感じているのは、ちょっとした心構えです。心構えというと大げさに聞こえますが、通訳者は案外社長に頼りにされる役どころです。海外から日本に移り住み、言葉の通じない中で組織をまとめ上げ、意思決定をしていくわけですから、「側にいる人にちょっと聞きたい」と思うことが、実は多々あるようです。日本の商習慣や、日本人の発想についてはよく尋ねられますし、本音と建て前を使い分ける日本人部下の説明について「本当のところはどうなのかな?」、「彼はなぜあんな風に言ったのだと思う?」などと聞かれたりします。移動時間に通訳者と冗談を言い合い、リラックスする時間を大切にする社長もいました。お勧めのレストランや観光地を紹介すると、大抵喜ばれます。これらは通訳とは直接関係ないようにも見えます。しかし社長の小さなニーズに応えていけることは、信頼関係に繋がり、結果的に通訳のしやすさや精度に繋がります。信頼関係ができることによって「今日の会議では、このメッセージを強く伝えたいからよろしくね」といった事前情報をどんどんもらうことができるようになります。また、社内通訳に発生しがちな『一人で長時間通訳』といった過度な負荷がかかる状況でも、通訳者側の希望を伝えやすくなります。特定の個人と一定期間、近い距離で仕事をするわけですから、おもてなしの心を持って、通訳パフォーマンスがきちんと出せる適切な距離を確保しながら、社長と付き合っていく心構えが大切だと思います。

最後に、通訳する会議の種類を簡単に見ていきたいと思います。社長が出席する会議の種類は多岐に渡りますが、対外的な会議では、取引先企業の社長や重役との会議、業種によっては関連省庁の要職との面会など。また業界団体の会合や式典など、社交的な場面も多くあります。社内の会議では、タウンホール会議、経営会議、部門会議、事業所訪問(工場があれば工場訪問)、社員とのOne on Oneミーティングなどです。またレセプションでの挨拶やランチ会議、夕食懇親会といった飲食を伴う場での通訳も発生します。日本全国の拠点を訪問し、会議室にコーヒーとお茶菓子を用意して、現場の若手社員から日々の様子や思いをざっくばらんに聞く機会を定期的に設ける社長もいました。お堅い場面から比較的カジュアルな場まで、さまざまなシチュエーションで社長の言葉を伝える役割となるので、TPOに合わせた言葉遣いや振る舞いもできると良いと思います。

今回は、外国人社長付き通訳者に必要な知識と心構え、通訳する会議の種類についてご紹介しました。それでは次回まで元気でお過ごしください!


菱田奈津紀(ひしだ なつき)

会議通訳者。2004年に通訳者デビュー。2005年より1年間アメリカ・ロサンゼルスへ留学し通訳訓練を受ける。10年の社内通訳を経て、現在はフリーランス。社長付き通訳や秘書の経験を活かし、政府関連や産業分野で広く活躍。東京在住の2児の母。