【第7回】はじめての通訳~通訳と訓練方法に対する誤解「単語は全部覚えないと通訳できませんか?」
答え
全部覚えるのは無理です。確かに、会議の前には200から300語の単語を覚えますが、それでも全部ではありません。しかも短期記憶用です。
日本語でも知らない単語はありますよね。
ましてや外国語ですし、日々新しい単語が登場するのですから、全部覚えようとするのは大変です。
でも、単語がわからないからといって通訳できないわけではありません。
なぜこんな質問が?
理由は2つ考えられます。
1つは通訳訓練を始めたばかりの人もしくは初級クラスの人からの質問でいったい何個単語を覚えればいいのか、上限を知りたくて質問してくる場合。
もう1つは、通訳訓練を続けてはいるものの、伸び悩んでいる人からの質問です。
(1)聞いていてわかったのにいざ訳出しようとすると訳せない。⇒単語を正確に覚えていなかったことに気づく⇒いったいいくつ単語を覚えればいいのだろう?と思ってしまう。
(2) 1つ知らない単語が出てきた、または覚えている単語の意味がその文脈と合わないとその1語のために聞こえてきた文章が全部訳せなくなる⇒単語力が不足しているのが原因だ、と思ってしまう。
ではどうすれば?
(1) まず、通訳に必要な語彙力は10,000語から15,000語といわれています(第3回参照)。
(2) 次に、聞いていてわかったのにいざ訳出しようとすると訳せない、という状況ですが、これは単語にアクティブ用の語彙とパッシブ用の語彙があるのを知らないことから生じているようです。ここで、両者の定義を確認します。
Passive Vocabulary (パッシブ・ボキャブラリー)とは
リーディング・リスニングにおいて単語の意味は理解できるけれど、スピーキング・ライティングで使うことはできない単語。受動語彙とも呼ばれる。
Active Vocabulary (アクティブ・ボキャブラリー)とは
スピーキング・ライティングにおいて使い「こなす」ことのできる単語。能動語彙とも呼ばれる。
「聞いていてわかる」「なんとなくわかる」が、「訳出できない」という方の場合、パッシブ・ボキャブラリーはあるものの、アクティブ・ボキャブラリーの数は少ないということになります。
アクティブ・ボキャブラリーを増やすのに有効な方法がクイックレスポンスです。クイックレスポンスとは日本語もしくは英語を見て/聞いて、瞬時にその対訳を口頭で発するという練習法です。
通訳の場合、話者が話し終えた段階でその文脈を理解し、訳出できる準備が整っていなければならない訳ですが、アクティブ・ボキャブラリーが少ない方は、単語の訳に時間がかかり、その間に聞くのが疎かになって、結局実際の話している内容をよくわかっていなかった(木を見て森を見ず)ということがあります。
(3)1つ知らない単語が出てきた、覚えている単語の意味がその文脈と合わないとその1語のために聞こえてきた文章が全部訳せなくなる場合
まず、1つ知らない単語があっても前後から意味を類推する力を養うことです。
これは長文を読みながら訓練していくことができます。1つの単語がわからず頭が真っ白になってしまう方は「単語がわからなかった」⇒「訳出できない」と反射的に脳がネガティブの反応をしてしまう傾向にあります。普段から類推する癖を養っておくと1つ不明な単語があってもあきらめずに食らいついていくことができます。
次に1つの単語には複数の意味があることを認識して覚えることです。よく授業でリーディング(サイトトランスレーション)をすると、明らかにその文脈に合わない訳出をする方がいらっしゃいます。よく聞いてみると単語を辞書で調べたものの1番目から3番目までの意味を確認するだけにとどまっており、7から8番目の意味を確認せず疑問に思いつつもそのままにしていたことが判明します。リーディングの勉強を通じて単語に複数の意味があり、文脈から今まで知っていた単語と異なる意味もあることに気づく力を養うことが必要です。
そして、単語の意味がわからないから通訳できない、という考え方から脱却してほしいのです。通訳は1つ1つの単語の訳出の組み合わせではなく「この単語がここで使われた話者の意図」とか「この文脈での意味」という分析や理解をするものです。日本語でも本来の使われ方とは異なる用法を用いたり、ときには話者固有の言葉の使い方をしたりしていても背景から類推して人とコミュニケーションを図っていると思いますが、なぜか通訳になるとこのことをすっかり忘れてしまう方がいらっしゃるようです。
終わりに
この質問、単純なようですが指導する側と受講生の両方にとって悩ましい質問です。というのもターム開始時に「1つわからない単語があって訳せませんでした」と受講生自身が訳出できなかった理由を分析されるのでこちらがアドバイスをします。ところが、タームの半ばになっても同じコメントをされて、弱点を克服できずに何回も同じクラスを履修する方すらいます。
ぜひ、この記事を読んで発想の転換をし、弱点を正しく分析して正しい努力をしていただけると幸いです。
次回は通訳に必要な条件―素質と言っていいかもしれませんが―を取り上げます。
菊池葉子(きくち ようこ)
英語通訳者、英語講師、京都女子大学非常勤講師。2008年通訳デビュー。主な通訳分野は技術、IT, 建築、IR。2011年に通訳学校卒業後、同年通訳学校の講師として稼働開始。主に通訳初心者向けの授業を担当。また、2015年より大学講師として会議通訳演習を担当。受講生からは、最初から順を追って丁寧に指導してもらえる、飽きさせない授業をしてくれる、との評価を受けている。